第17話 準備万端2

 『どうした? 腹でもいたいのか?』


 突然泣き出したランゼーヌに皆驚く。

 精霊のワンちゃんが驚いて聞いた言葉に無意識にランゼーヌは、違うと首を横に振った。


 「お嬢様……」


 リラもどうしていいかわからない。

 まさか、こんな事でクレイが怒ると思わなかったのだ。


 「泣かないで下さい。あなたに怒ったわけではなく、「あの女」に対して憤りを感じたのでその者は誰だと聞いただけなのです」


 クレイもまさか、泣かれるとは思ってもみなかった。二人の様子から、ランゼーヌに対して怒りを感じていると捉えられたと思い、これまた早口で言う。


 「え? 私に嫌気が差したわけではないのですか」

 「違います」


 よかったぁっと二人は安堵する。


 「怖い思いをさせてすみません」

 「いえ……」


 (そっか。恐怖を感じて涙が出たのか、私……)


 「あなたの様な方が口にするような言葉ではなかったので、余程の事かと思い問いました。ですが言いたくなければ、いえ、言えない事なのでしょうから……」

 「アーブリー様です」


 ランゼーヌがぼそっと、クレイが話している途中で名前を口にした。

 その名前に聞き覚えがあるも思い出せないクレイは聞く。


 「その方は、どなたでしょうか。聞き覚えがあるような気がするのですが」

 「はい。お義母さまです」

 「え? 母上?」


 自己紹介の時に聞いたのだとクレイは気づく。


 「彼女は知っての通り、後妻で私とは血の繋がりがありません」

 「え!」


 クレイがランゼーヌの予期した反応と違う為、ランゼーヌも驚く。


 「ご存じなかったのですか?」

 「はい……父上は知っていたとは思いますが」


 普通は、アーブリーが後妻だなどの家族構成は、先に伝えてある。だからこそ、ランゼーヌ達も会ってはいないが、クレイに姉がいた事を知っていた。


 (婚約する本人に教えないって、さすがはお父さまのご友人。きっと私と同じく前日に言われたのだわ)


 「そうですよね。前日に言われれば、家族構成など……」

 「はぁ? 前日!?」

 「え? 違うのですか?」


 クレイは、額に手を当て、う~と唸っている。


 「私は、一か月以上前に聞かされています。仕事の休みを調整する為にも、最低それぐらい前でなければ、帰ってこられませんから。それより前日に言われて来たのですか?」

 「あ、はい……」


 ランゼーヌは、なんと言っていいのかわからず、返事だけ返す。


 「父上も父上だが、君の父上もまた……」


 はぁ。とクレイがため息をついた。


 「すみません」

 「あなたが謝る必要などありません。私は父上がなぜ、兄がいるあなたに家を継がせるはずだと思っているのかと思ったのですが、彼は連れ子だったのですね。しかし夫人を寵愛しているとはいえ……」

 「いいえ、ちょっと違います。アルド様は、旦那様の子です。旦那様とは血の繋がりがあるのです」

 「え?」

 「お父さまは、婿養子で継ぐのは私だとわかっていて、クレイ様と結婚させ嫁に出そうとしたのです」

 「………」


 二人が話す内容にクレイは唖然とする。

 彼の中で、整理しないと話しについていけなかった。


 「つ、つまり、彼とは腹違いという事ですか?」


 そうだと、二人はこくんと頷く。

 そういう事かとクレイは頷く。義母のアーブリーの嫌がらせで、精霊の儀を受けさせてもらえなかった。


 「あなたと婚約の顔合わせをしてよかった」

 「え?」


 クレイの言葉に、ランゼーヌはドキンとする。


 「あの場がなければ、あなたは聖女になれなかったのですから」

 「あ、そっち……」

 「え?」

 「いえ……」


 (そっちって何?)


 ランゼーヌは、聖女になる人物を失うところだったとクレイに言われ、その言葉になぜか悲しい気持ちになっていた。


 「話はわかりました。お金の件は、通常なら令嬢は十歳なので本人ではなく、保護者につまり親にお給金が支払われます。ですが、ランゼーヌ様は幸いにご成人されておられますので、ご本人に渡す様にする事が可能です。その様に、手配致します」

 「本当ですか? ありがとうございます」


 クレイの話に、ランゼーヌは安堵する。

 聖女の務めを終えた後、そのお金を借金に当てて減らす事が可能になった。

 もしモンドの手に渡れば、絶対に借金に当てずにアーブリーに言われるまま、彼女に使ってしまうだろうと容易に想像が出来る。

 ただランゼーヌが戻るまでに、耐えられるかという所だろうか。一年なら持ちこたえられそうだが、五年となれば、帰る家がないかもしれない。

 だからと言って、都度支払いに回していたらそれを当てにして、更に借金を重ねるかもしれない。

 お給金を借金のカタに回して帰る家が無くなっていたら、目も当てられない。

 聖女のお勤めが終わっても借金しか残っていなかったら洒落にならないので、お給金は都度返済に当てないで、自分が戻る時に持参出来る事にしようと、ランゼーヌは決めた。


 「あの、お金は分割ではなく一括でいいです。聖女でいる間はお金は必要なさそうなので。自宅に帰る時に、お給金を頂きたいです」

 「わかりました。その様にお伝えします」

 「ありがとうございます」

 「これで未来が見えましたね。お嬢様」


 リラがよかったっと、嬉しそうにランゼーヌに言うのだった。

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