第11話

 

 白い泡を切るように海の中を深海鉄が進んでいく。細かい水の泡が窓から見えた。いくつも生まれては凄い速さで後ろに置いていかれ、時々海藻の切れ端が窓に張り付いてくるのが可愛い。まるで深海鉄のデコレーションだ。


楕円形の窓から太陽が降り注いでいる海底が見える。


アナウンスが流れた。

先に到着した深海鉄の影響で海底に少し停車するようだ。

ゆっくりとスピードを落とし完全に止まる。

静かに佇む深海鉄の周りに色とりどりの魚たちが集まってきた。

大きな亀、歯の鋭い棘を持った大型魚種、固い殻に覆われた触覚をもった多足生物。発光している鼻の長い浮遊生物。


海は生物で溢れている。


「凄い!凄いね!綺麗だね!」まっすぐに伸びた黒い髪を大きく動かして少女がはしゃぐ。


「ほんとだね、凄いね!綺麗だね!」隣の少年も負けずに笑顔で言う。


「あれは何?ふわふわ浮いてるよ」


雪のように上から降ってくる茸型の生物を見た。


「あれはねー、確かここに載ってたような…」

分厚い図鑑の中身をひっくり返しながら少年が目当てのページを探している。


「あった!これ!これだよ!海月!」

図鑑を広げて高く掲げる少年は、自分が第一発見者のように得意げだ。


「わ、凄い凄い!ほんとにいるんだね!」

少女は図鑑と外とを見比べとても嬉しそうだ。


「海にはね、一千万種類以上の生物がいるって言われてるんだよ。ここで見てる生物なんてほんっの少ない種類なんだ。この図鑑にチェックを入れたのは僕が今まで見れた種類だから、今日も見れるかもしれないよ。」

少年は目を輝かせて図鑑を少女に渡した。


「一千万!?一千万ってどれくらい?何回これに乗ったら一千万になる?」

少女がぴんとこないという顔をして聞く。


「一千万はいっぱいだよ!数えられないくらいたくさん!一千万種類の海洋生物を見れたら、世界一海を知ってる人になれるかもしれないね、いいなあ、なりたいなあ、あ、あれは!見て!」


夢見るような顔をした男の子はすぐに海の世界に夢中になった。


「いっぱいってどれくらい?ねえ、ねえ~!」


海に夢中な少年の肩へ少女は体当たりをしている。

少年は重みも気にせず図鑑を開いては海をじっくりと眺めている。


アナウンスが流れた。


「お待たせいたしました。これより発車致します。まもなく地上に到着しますので揺れにお気を付けください。」機械が一定の音量で告げた。


「上に上がるって。シートベルトしてね」


少年は急に神妙な顔をして、自分の上に乗っていた少女を席に戻し赤いシートベルトをつける。

カチッとはまる音を確認すると少年も席に大人しく座った。

深海鉄は発車を始め、海底に魚たちを残して無音のままスピードをぐんぐん上げていく。

少年は窓に額をつけて残された生物を可能な限り眺めていた。

少女は少しだけ緊張した面持ちだ。


地上に近づいてきた深海鉄がゆるりと揺れる。

銀の塊は酸素を望みぐんと速度を上げた。もうすぐ地上だ。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 嫌な夢を見た。ご都合主義な夢だ。

深海鉄に乗ったところで海の中なんて見えない。

海洋生物だって、発見されている種類の方が少ない。

彼の見ている図鑑は絶滅図鑑だ。

図鑑に載っている海洋生物はとっくの昔に滅びたと言われている。まさしく夢だ。


窓のない二重構造の耐圧殻で出来た丸みを帯びた巨大な塊。


地上に出る為に深海鉄を待つだだっ広い銀の待合室が無機質で嫌いだった。

皆地上への時間を今か今かと待っていた。あの異様な緊張感も苦手だった。

案内所はいつも忙しく、手荷物検査は時間がかかりすぎる。

一日に1便。地上におりたところでそこはただの汚染地帯だ。


あの待合室のラテはいつもかびの匂いがする。

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