オヌマ・アマルケイン
粗末とまではいかないが、比較的簡素な作りの一軒家。
現在その中を食欲をそそる芳しいにおいが満たしていた。
内臓が丁寧に処理され、下味もしっかりとつけられた肉厚の魚はたっぷり脂がのっている。焼かれたそれは噛みしめると臭み消しの香草の香りと、良質な魚油の甘みが広がった。焼き加減も丁度良いのか、非常にしっとりとした食感である。まったくパサついていない。
バターと花の蕾の酢漬けが使われたかけ汁はコクを損なわず、なおかつさっぱりとしている。焼いた際に溶けだした魚の出汁がたっぷり含まれた油も合わさって、最高の味に仕上がっていた。
付け合わせの揚げた芋にもそれが反面にしみ込み、カラッと揚がってぱりぱりとした部分と汁がしみ込んだ場所で違った旨さが味わえる。汁の酸味がまた芋の甘みとよく合っていた。
リアトリスはそれを魚の骨以外余すことなく平らげ、かけ汁すら一滴も無駄にするものかとパンを皿にこすりつけ口に放り込んだ。
次いで用意されていた葡萄酒を杯に注ぐこともせず、瓶をひっつかんで豪快にあおる。
それの中身を飲み干し空になったところでやっと……「ぷはぁ!」っと息を吐き出し、満面の笑みを浮かべた。
「ごちそうさま! ああ、美味しかった! 一年ぶりのまともな食事! しかもオヌマあんた、結構料理美味いじゃないの。驚いたわ!」
「そりゃ、ドーモ。……ところでおチビさん。お前は本当に食べなくていいのか?」
「……俺は平気。気にしなくて、いいから」
「そうか? でも腹減ったら言えよ。簡単なもんならすぐ作れっから」
オヌマが人好きのする笑顔で言えば、少女は居心地悪そうにそわそわとした様子で身じろぎしながらも小さく頷いた。
その様子に「嫌われちまったかな……」と少々落ち込むオヌマであったが、気を取り直して満足そうに腹をさする女を見る。
「お前さぁ……。しかめっ面、仏頂面、無表情がほとんどだったくせに、食事一つでその顔か? 単純な奴ー」
「なんとでも言いなさいよ」
「ま、本当に一年ろくなメシ食ってないなら納得だけどさ。で? 生贄にされたお前が何で生きてんだよ。あと、何で俺んとこ来た? まさかメシたかりに来ただけなわけじゃねぇよなー」
「…………」
オヌマの台詞に、リアトリスはそっと視線をそらす。オヌマの顔が引きつった。
「え、待って。まさか本当にメシたかりに来ただけ?」
「お金は払うわよ。あとで」
「そう言われてお前に金払ってもらったことねーんだけど!? 主に学生時代!」
「しょ、しょうがないでしょ! 昔はお金無かったし、師匠の弟子や宮廷魔術師になってからは色々忙しくって忘れてたし、今も、手持ちは無いし……。ほ、本当にそのうち、ちゃんと返すから……」
言い訳がましくもごもご口ごもるリアトリスにオヌマは呆れたようにため息をつく。
それなりに裕福な家の出身であるオヌマは、今まで生きてきた中で特に金銭に困った事が無い。リアトリスに貸した金額も彼にとって大したものではなかった。
しかしだからといって、返さなくていいというわけではない。人に借りたものは返す。それが基本だ。
(でも、それを今言ってもなぁ……。そもそもこいつに貸した金なんて、冥途の土産ってことでくれてやったつもりだし)
今さら返せというのもみみっちいかと、これ以上は言うまいとオヌマは口を噤む。まあ返してくれるというなら受け取るが、本人が言う通り見る限りでは現在金を持っているようには見えない。
なにしろみすぼらしい外套の下は、外套以上に見るも無残に汚れてよれて破損している布切れだ。もとはドレスだったのだろうが、今は見る影もない。連れの少女に至っては、伺い見るにどうやら外套の下に服すら着ていない様子だ。
彼女たちを跳びはねさせたところで、小銭一つ出てはこないだろう。そんな相手に金を返せと要求するほど、オヌマは心の狭い男ではなかった。
とりあえず、今は金の事は置いておこうとオヌマは頭を切り替える。
「まあいいや……。で、だ。この一年の間の事聞かせろよ。まさか食うだけ食ってだんまりってことはねえだろ?」
机に肘をついて頬を支えると、オヌマはジト目でリアトリスに問いかけた。
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