第5話

「ではーーーー」


 私はテーブルに置かれたケーキを手に取り、ひと口食べてみた。


 ほんのりとした甘み、中はとてもしっとりとした生地で紅茶にもよく合う。まるでお店で売られているもののような素晴らしい出来だ。


「美味しい。私がよく使用人に頼んで買ってきて貰うお店のものと同じ味だ。すごい。マシュー嬢、お菓子作りお上手なんですね」


 こんなに美味しいケーキを作れるなんてマシュー嬢はお菓子作りの才能があるのかもしれない。


 お店のものと比べて遜色ないというより、全く同じだ。


「そ……そう、それは良かったわ」


 マシュー嬢は顔を引き攣らせ、そう呟いた。


 何だかびっくりした時のような、または若干怒っているような表情なのだが何かまずかっただろうか?


 私としては褒めたつもりなのだけれど、褒め方ーーーーあるいは褒めどころを間違えてしまったのかもしれない。


 気をつけないと。せっかくの楽しいお茶会が私のせいで台無しになってしまう。


「あ、本当だ! とっても美味しいよ!」

 

 オリバーはそんな何の飾り気もない素直な感想を口にした。


 私はそんなオリバーの安易な感想に肝を冷やした。そんな感想ではマシュー嬢は絶対に喜んでくれないに決まっているからだ。最悪、さらに機嫌が悪くなるかもしれない。


 私は慎重に横目で左隣に座るマシュー嬢の様子を伺った。


「本当ですかー!? マシュー嬉しいー! やったー! オリバー様に褒めて貰えたー!」


 と、マシュー嬢はまさかの大喜び。


 私はほっと胸を撫で下ろす反面、自分の判断にほとほと嫌気がさした。


 マシュー嬢はあれこれと感想を語るよりも、素直にシンプルに、美味しいとだけ伝えた方が効果があるようだ。


 マシュー嬢はストレートな表現を好む。


 情報は有益だ。忘れないようにしっかり覚えておかないと。


「美味しい。うん、美味しい。本当に美味しい。美味しい。お店のものと同じくらい美味しい。うん、本当美味しい。美味しい。美味しい。すごく美味しい。一番美味しい。うん、美味しい。美味しい。これは美味しい。美味しい」


 しっかりと味わいながらストレートな感想を私は口にする。


 けれどマシュー嬢の表情は冴えず、どころか私を見るその視線から怒りの感情を感じるのは、なぜ?


「うん、確かに。本当に美味しいよ! ありがとうマシュー、僕のために」


「そんな、大げさですよー! でも、オリバー様に喜んで貰えて良かったですー!」


 上手い。オリバーのシンプルで感謝を込めた感想のおかげでマシュー嬢はとても上機嫌になった。


 これはチャンスだ。そう考えた私は次なる一手を打った。


「ガイアン嬢、オルテン嬢。お二人もケーキどうですか? 本当に美味しいですよ」


 私はガイアン嬢とオルテン嬢にもケーキを勧めた。美味しいものを食べれば人は皆、幸せな気持ちになるものだ。


 そうしてガイアン嬢とオルテン嬢も機嫌が良くなって、マシュー嬢はさらに機嫌が良くなって、今回のお茶会は大成功! という流れになるはずだ。


 そう考えた私だったが、しかし現実はそう上手くはいかなかった。

 

「え……いや……それは、ちょっと……」


「私も……それは、オリバー様の……」


 ガイアン嬢とオルテン嬢は何だか言いづらそうにそう呟くと、視線を落としケーキを食べようとはしなかった。

 

 二人はダイエット中なのであろうか。残念、作戦は失敗のようだ。


 ちらりマシュー嬢の様子を伺うと、さっきはあれほど機嫌が良かったのに今は横目で鋭く私を睨みつけていた。


 ああ……。私のせいだ。ガイアン嬢とオルテン嬢が食べてくれなかったから、また機嫌を損ねてしまったらしい。


 こうなったら私が二人の分まで食べてーーーーいや、だめだ。今日の私は裏目に出てばかりだ。私が動けば必ず逆の結果になる。今は動いてはだめなんだ。


 そうだ、ケーキはもう終わりにしよう。別のことに視線を向けよう。


 たとえダイエット中でも、出来る楽しいことを。


 必死に考えを巡らせていると、答えは足元に落ちていることに今更ながら気が付いた。


 お茶会といえば、美味しいお茶、美味しいお菓子、楽しい会話、ではないか。


 お茶とお菓子はあれど、会話が抜けていた。


 そんな基本中の基本である簡単な事を忘れているだなんて、うっかりにもほどがある。


 人はコミュニケーションをとって仲を深めるものなのだ。


 そうと決まれば後は会話の内容だ。


 あ……。私ときたらまたしてもうっかりとしていた。


 会話をするよりも前に、私の素性を明かさないと。


 今の今まで何となくその場の雰囲気に流されていたが、私と他の御令嬢達はほぼ初対面なのだ。


 そんなよく知らない人間とお茶を飲んでも美味しいはずがない。


 それにいつまでも素性を明かさないなんてむしろ相手に失礼だ。


 もしかすると、私が一向に素性を明かさないからその事で御令嬢達は怒っているのかもしれない。


 そこまで考えて、私は大急ぎで自身の素性を明かす事にした。


 苦手だが、出来るだけ自然で爽やかな笑みを浮かべて。


「ご挨拶が遅くなり大変申し訳ありません。私の名前はアーリィ・アレストフ。こちらのオリバー・マカロフ公爵令息と三ヶ月後に結婚する予定のものです。皆様、どうぞよろしくお願い致します」


 途端に静寂が訪れた。





 

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