第二章
1話「幼馴染の過激派ファンと新たな事実」
優司がテレビのニュースを見て心にしこりを残したまま数日が過ぎていくと、未だに自分達を狙った者が見つかる事はなく、これと言った情報もなかった。
そればかりかまったく関係のない事で彼は面倒事に巻き込まれる始末だ。
「おいお前! 幽香たんと一緒の部屋だからって如何わしい事はしてないよな!?」
「そうだぞ! 我らのアイドル幽香ちゃんに、その薄汚い手を出してみろ! 貴様のケツに竹刀をぶち込んでやるッ!」
優司が小休憩の間に自動販売機へと向かおうとすると、曲がり角から突如として姿を現した同学年の男子生徒二名。どちらもふくよかな体型をしているのが印象的だろう。
そして二人の額には【幽香LOVE】と書かれたバンダナが巻かれている。
「な、なんだよお前達は……。俺は一刻も早く飲み物を買いに行きたいんだが……」
目の前の二人は出会い頭に一体何を言っているのだろうかと優司は思うと道を塞がれてしまい進めなくなった。そしてバンダナへと視線を向けると、それは手製なのか無駄に完成度の高い品物である事に気づく。
「話を逸らすなこの童貞ッ! まずは我らの質問に大人しく答えよ!」
一人の男子がそう力強く言い出すと手を大きく振って主張してくる。
「おい親友よ、待ってくれ。その単語は我らにも返ってくるぞ」
だが直ぐに隣の男子が特定の言葉に対して注意を促していた。
そして優司はこれは何かの茶番かと思い乗ってみる事にした。
「ど、どど、童貞ちゃうわッ!」
この手垢が凄く沢山ついた台詞をささやかな演技と共に彼は言うと、二人の男子は目を丸くして固まってしまった。
なんだろうか、こういうノリではなかったのだろうかと優司は少しづつ羞恥心を募らせていく。
「お、お前……意外とノリが良いヤツだったんだな。……っしっかーし! これとそれとは話が別だ。さあ答えろ! あんな可愛い男の娘と一緒の部屋で過ごしてるんだから、何もない訳がないだろ!」
一瞬気を許したかのような素振りを見せてきた男子だが、彼にも譲れないものがあるらしく尚もしつこく聞いてくる。
「はぁ……やれやれ。本当に何もなっ……」
そこで優司は溜息を吐きつつも無実である事を言おうとしたのだが、その瞬間に何時ぞやの光景が脳裏を過ぎった。それは幽香がベッドの上で優司の制服を抱えながらしていた行為である。
その記憶は今も彼の中で思い出そうとすれば余裕で鮮明に蘇るのだ。
しかしそんな事をこの二人の男子に言ったら血祭りに上げられること間違いないと思うと同時に、こんな秘め事を他の人に言える訳がないと優司は墓場まで持っていく覚悟である。
「おや……言葉が止まったようだが? 何か心あたりでも?」
優司の異変を察知したのか、もう一人の男子がすかさず声を掛けてくる。
一体ここで何と言ったら無事に解放されて、尚且つ幽香に被害が飛ばないかと彼は後退りしながら考える。
――――そして唐突にも一つの閃が望六の暗い脳内の荒野に輝いた。
そうだ、もうこれしかないと。
「ふっ、すまんな! 何も律儀に友達でもないお前達に説明する義理はない! 俺はこのまま教室に逃げさせて貰うぜ! はははっ!」
優司はそう言い放つとその場から去るように回れ右をして一目散に自分の教室へと向かって走り出した。
「なにっ!? やはり、お前は幽香たんに手を出したんだな! この外道め!」
「ぶっころ! ぶっころ!」
彼の背後からは二人の男子による罵声が飛んでくるが、走って追いかけようとする気持ちはないらしい。
優司は少し進んだ所で振り返ると彼らは悔しそうな表情を浮かべて地団駄を踏んでいたのだ。
そして優司は走りながら考えると頭が重くなった。
最近はこう言った幽香の過激派ファンが時折、自分の前に現れてはある事ない事、もしくは脅迫紛いな事を言ってくることに。
最近で特に一番酷く優司の頭に残っている出来事としては、放課後に女子のみで構成されたファンに大量の藁人形と共に赤文字で書かれた手紙を渡されたことだ。
手紙の中身を確認してみれば”幽香に触れただけで殺す”や”常に監視している”とか幽香の下着を寄越せ”とかだったのだ。藁人形に至っては本当に謎であり、未だに意味不明で怖いのだ。
さらに優司はそれに連想して、とある疑問がずっと頭の片隅に残っているのだ。
それは生徒会長や篠本先生は三大名家という事もあってか尊敬の眼差しや生徒から慕われていると言うのに自分はなんでこんな扱いなのかと言うこと。
思い返せば入学当初から、あまりいい出来事がない。
もしかして犬鳴は名ばかりの三大名家なのかと、優司はここ最近否応なしに考えてしまうのだ。
――それから優司が何事もなかったかのように教室へと戻って授業を受けると、放課後にはまたもや幽香の過激派ファンが襲来してきてひと悶着起こった。
主に先程話しかけてきた頭にバンダナを巻いている男子二人が教室の出入り口で待ち伏せていたのだ。
それに対してまたもや相手をしないとけないのかと優司が憂鬱になっていると、幽香が颯爽とその二人に近づいて「迷惑になるから辞めて」と冷たい声色と共にゴミを見るような視線で返したのだ。
すると何故かその男子二人は妙に興奮した様子で大人しく帰っていった。
なんだかファンの対応に手馴れてきた幽香に優司は何とも言えない気持ちを抱くと、そのまま彼に手を引かれながら教室をあとにしたのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
そして時刻は夕食も終わって特にやることもない十九時を回った頃である。
二人は寮部屋にて自習や除霊具の手入れをしているが、そこで優司が突然思い出したかのように声を上げた。
「し、しまった!? 限定のジュースが今日までの販売だった……くっ! 今ならまだ売店で売ってる筈だ! すまん幽香ちょっと出てくる!」
「あ、うん……分かった」
余りにも突然な事で幽香はシャーペンを持ちながら引き気味の表情と声を見せてきたが、優司はそれだけ言い残すと直ぐに部屋を出て行った。
……しかし限定ジュースなんて物を買いに行くと言うのは嘘であり、幽香に怪しまれないように彼が即興で考えたものだ。
それにはちゃんと理由があってそれは何時ぞやに幽香がベッドの上で何かをしていた時に優司が彼も男子なら溜まるものがあるだろうと思い、裕馬に頼んで秘密裏に村正ライフ先生の同人誌を仕入れて貰いそれを受け取りに行く為のなのだ。
本来なら自らが厳選した物を幽香にそれとなく渡したい所だったのだが、生憎優司にはそんな時間はなく常に隣には彼が居る事から選ぶ余裕すらなかったのだ。
「さて、約束の時間だがちゃんと裕馬は例のブツを持ってこれるのか? 先生方に見つかって没収されていなければいいが……」
受け取りの場所に到着すると優司は周りから不審がられない程度に警戒して裕馬を待っていた。
そして暫く待つと彼の目の前には萌え絵が描かれているシャツを着た裕馬が右手に紙袋を携えて姿を現した。
「ふむ……あの絵は村正ライフ先生の新作絵の物だな」
優司は萌え絵を一瞬だけ捉えると直ぐに分析してその絵の正体を導き出した。
「待たせたな同士。寮長の見回りに出くわして、ちょっとばかし遅くなっちまった」
どうやら裕馬は寮長と予期しない遭遇の為に遅くなったようである。
「なに、気にしてないさ。それよりも……例のブツは大丈夫だろうな?」
だが優司は直ぐに同人誌の安否を訊ねた。
最悪の場合は寮長に見つかって没収という行為であるからだ。
しかも担任の篠本先生まで報告が言ったら唯では済まないだろう。
「ああ、問題ない。軽くいなして回避してきたぜ。……さあ受け取れ、俺のお気に入りを
ふんだんに入れておいた特性の福袋だ」
優司の不安を他所に裕馬は親指をぐっと立てながら決め顔を披露してくる。
「ふっ、色々と手間を掛けさせてすまないな。感謝するぜ」
彼は差し出しされた紙袋を受け取った。
するとその袋はかなりの重さがあり、裕馬の言っていることは本当だったようだ。
「まったくだぜ。あーあと変なシミを付けないようにしてくれよな。それと毛も落とすなよ」
裕馬はお気に入りの同人誌を汚さないように強めの口調で言い放ってくるが、この同人誌を使うのは優司ではなく幽香なのだ。表向きは優司が村正ライフ先生の同人誌が恋しくなって裕馬に仕入れて貰ったが、裏ではそのまま幽香に渡して捌け口としてもらう予定なのだ。
「分かってる。んじゃ、これは次の休日に返す。なぜかここ最近は寮長の警戒が強いみたいだからな」
優司は取り敢えずその場凌ぎで返事をすると、それとなく同人誌の期限を休日にして話題を寮長へと持って行く。
「確かにな。噂では寮長は彼女と別れたとか、イケメンの医者に寝取られたとか色々とあるが……まあ大方ストレスを抱え込んで俺たちに八つ当たりしてんだろうさ」
裕馬は両腕を組んで難しい顔を見せてくると寮長についての噂を語りだしたが出処が不明の為に聞いている優司は謎が深まるばかりであった。
「まじか……迷惑な事この上ないが、あの筋肉ゴリラに彼女が居た事に驚きだ。……っと噂をすれば寮長のお出ましだな。んじゃまた明日教室で」
話を聞いて優司は男子寮の寮長こと通称【筋肉ゴリラ】を想像すると、あんな角刈り頭で筋肉が異常に発達していて肩に小さな重機を乗せているかも知れない男に彼女の存在がある事自体驚愕であった。
……そして話していると筋肉ゴリラを呼び寄せたのか、こちらに向かって歩いてくる姿が優司の視界に入った。
「ああ、そうだな。くれぐれも没収されないように気を付けてくれ」
筋肉ゴリラに絡まれるのだけは避けなければならない事案で、裕馬のその言葉を最後に二人は各自の寮部屋へと戻る事にした。
◆◆◆◆◆◆◆◆
優司が寮部屋へと戻ってくると幽香はシャワーを終えた後なのか体から湯気を立ち上らせて、その姿は完全に寝巻き姿であった。
それから彼は幽香と少し言葉を交わしたあと紙袋を意味あり気に机の上に乗せるとシャワー室へと入った。しかしそれらの一連の行動は全て幽香を誘うための罠である。
「あとは俺が普通にシャワーを浴びて様子を伺えば……ってところだな」
優司は服を脱ぎながそんな事を呟く。実はここ最近で分かった事なのだが幽香がベッドの上で例のアレをしだす時は彼がシャワーを浴び終わった後と偶然にも重なるのだ。
あとは幽香自身が好奇心に負けて紙袋の中身に手を出せば作戦は全て成功するのだ。
――それから彼がシャワーで全身を洗い流したあと、妙に緊張する右手で扉を少し開けて幽香の様子を確認しようとする。
「どれどれ……おぉっ!? こ、これは!」
やはり優司の見立ては合っていて幽香は同人誌を片手にベッドの上でもぞもぞと動いていた。
これで当初の目的は達成したのだが今出ると気まずい事になるのは間違いないので、彼は幽香の動きが落ち着くのを待つことにした。
……それから三分ぐらいが経過すると幽香は突然動きを止めて何やら表情を険しいものにさせていた。そして何を思ったのか彼女は急に、
「ふ、ふざけるな! こんな絵で優司が興奮する訳がないだろッ! 優司はちゃんと現実の人間で興奮する筈だっ! ……ならば誰だ……一体誰が私の優司にこんなふざけた本を渡したんだ。……まさか裕馬のヤツか?」
手に持っていた同人誌を床に叩きつけて怒声を上げると同時に直感で犯人を推測しているようだった。だがしかし、それを見て優司は静かに思う。
「幽香って萌え絵や二次元に反対派だったのか……。くっ、それは誤算だったな」
まさか彼女がそれらを嫌っている側の人間だった事に優司は思わずドアを握る手に力が入る。
あわよくば彼はそのまま自身が村正先生のファンであることや布教しようと思っていたのだ。
だがその夢もたった今打ち砕かれ、もはや隠し通さねばならない事となってしまった。
「まったく、面倒だかこれ以上優司に変な性癖を覚えさせないように裕馬は明日殺るとして……。それとは別に少しばかり優司とお話しないといけないなぁ。ねえ? ゆ・う・じ」
幽香は恐ろしくも含みのある笑みを浮かべて呟くと優司は最後の台詞で彼女と目が合った気がした。もしかして最初から幽香は彼が覗いていた事に気づいていたのだろうか。
答えは分からないが優司はジャージ姿へと身を包むと、何処となく彼女に対して湧いてくる恐怖心を抱きながらシャワー室から出る準備を整えるのであった。
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