18話「美少年は早くも噂の中心」

 学園見学を始めて一通り学園内を歩き回ると時刻は既に昼頃となっていて、一旦寮に戻るとそこで裕馬とは別れることになった。なんでも彼は同じ寮部屋の人と昼食を食べに行く約束をしているらしいのだ。


 やはりあの手の人種はコミュ力が高くて友達作りには事欠かないのだろうと優司はつくづく思う。


「さてっと、俺達も食堂に行くとするか?」

「うむ、そうしよう。学園中を歩き回ったせいで、もうお腹ぺこぺこだ」


 裕馬を見送ったあと優司と幽香は寮の廊下にて立ち話しながら自分達も食堂へと行くかと話し合っていた。幽香は裕馬が居なくなったことで先程までの不機嫌な表情からいつもの可憐なものへと戻っていたが、これはよっぽど彼の事を嫌っているなと優司は思うと気が重くなった。


「なにをしている? はやく食堂に行くぞ優司!」


 食堂へと向かうべく幽香が先に歩き出す。


「あ、ああ。分かってる。てか、そんなに焦らなくとも飯は逃げやしないぞ」


 だが気が重くなっている優司は心なしかその足取りさえも重くなっている気がした。


 別に優司は幽香の好き嫌いに口を出すつもりはないが、このままだと裕馬と村正ライフ先生の話をする時に彼に気づかれないようにしないといけなく、いつでも話せるわけではないが辛い所なのだ。

 

 さらに付け加えるなら優司は学園見学をしていた時に幽香がトイレへと向かって待っている間に裕馬に自分も先生のファンであり、そのパーカーは良いセンスだと伝えて共に同士という事を確認すると固い握手を交わした仲なのだ。


「はぁ……。まあそれは後々なんとかしていけば良いか」


 そう呟きながら髪を掻くと彼は幽香のもとへと小走りで向かい、二人は寮を出るとそのまま食堂へと向かった。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「ここが学園の食堂なのか! 思ったよりかは広くて先輩達も使っているみたいだね!」


 食堂へと着くと幽香は周りに顔を向けて何処かそわそわしている感じが伝わってくる。

 確かにここの食堂には先輩達や教員達も使っているみたいで、その殆どは一つのグループとなって食事をしているようだ。


「そうだな。……おっと? あそこに居るのは裕馬と例の同じ寮部屋のヤツかな?」


 だが優司が何気なく視線を向けた先には、さっきまで一緒に学園内を徘徊していた友人であり同士の裕馬がカレーを食べているところが映ったのだ。そして彼の対面する席にはメガネを掛けて如何にも勉強できます感を出している男がパスタを食べているようだ。恐らく彼が相方なのだろう。


「……ねえ優司。あっちに席が空いているから行こ?」


 急に横から幽香が声色を低くした感じで服を引っ張りながら言ってくる。


「お、おう分かった。分かったからそんなに服を引っ張らないでくれ……伸びてしまうぞ」


 またなにか地雷でも踏んだのだろうかと優司は考えたが、いまいち彼が不機嫌になる原因が分からなかった。


 どうやら幽香がたた不機嫌になる原因も今後考えねばならない課題なのだろうと優司は思案しながら席へと向かった。

 だがしかし――――


「って待てよ幽香! まずは食券を買わないと駄目だろ!」


 流されるように席へと誘導されて歩いていた優司だが、一番大事な料理を注文していない段階で席に座るのはおかしいと思い出しその場で足を止めた。


「そ、そうなのか? 僕こういう所初めてだから……」

 

 すると幽香はなぜか体をもじもじとさせてその台詞を言ってきた。

 その言い方が許されるのは別の場面だと優司は言いたかったがぐっと堪えると、


「幽香って友達と外食したことないのか?」

 

 冷静を装いつつ質問を投げかけてみる事にした。


「ないよ? だって僕がご飯作らないと父さんだけじゃ何も出来ないし」


 幽香は当たり前かのように表情を真顔のまま答えてくると、それは数ヶ月間一緒に過ごしていた事から優司も納得の理由であった。実は鳳二は誠実そうに見えても結構だらしない部分があったりするのを彼は何度も目撃していたのだ。


「あーそうか、そうだよな。んじゃ、俺が外食の作法とやらを教えてしんぜよう!」


 親指を立てながら精一杯の笑顔を作って自分に任せておけと自信気に優司が言う。


「ほんとっ!? ありがとう優司!」


 一瞬にして幽香の表情は向日葵のように晴れやかなものとなった。


 だがこんな事でそんなにも喜んで貰えるとは、もしかして幽香は意外とちょろいのではと邪な考えが浮かんだが取り敢えず食堂の使い方を教えるべく彼は動き出した。


「まずはこの券売機で食べたいもの選ぶ事が大事だ。というかそれ外にやることなく、逆に言えばそれだけの事だ。どうだ? 実に簡単だろ」

「う、うん! じゃあ早速……僕はこのうどん定食を選ぶぞ!」


 優司の説明を聞いて幽香は頷く反応を見せると、震える人差し指で券売機のボタンを押してうどん定食を購入していた。そして横から小さい一切れの紙が出てくると幽香はそれを掴んで、


「こ、これが食券というものなのか……! さすがは都会の学食、凄くハイテクだな!」


 と言いながら食券を両手で大事そうに持って歓喜している様子だった。

 それを見て優司はまるで箱入り娘か世間知らずのお嬢様のようだと思ったが、急激に腹が減ってきて急いで自分の食券も購入した。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「うむ、見事なうどんとご飯と漬物のセットだ」

「意外とここの飯は量が多いんだな。てか昼間からそんなに食べられるのか?」


 食券を購入したあと二人は食堂のおばちゃんに料理と交換して貰うと、そのまま空いていた席へと戻って腰を落ち着かせていた。


 優司の目の前には自分が頼んだカツ丼が湯気を纏いながら卵と肉の合わさった何とも食欲をそそる匂いを漂わせていて、対面の方には幽香が注文したうどん定食が熱そうに湯気をたてながら置かれていた。


「問題ない。学園見学をしてる時に感じたストレスを糧に食べるからな」


 そういう幽香の瞳は何故か光が無くて表情も何処か無機質ものに優司は見えた。

 しかし彼の言い方では暴飲暴食をしようとしているように伺える。


「……それはどうなんだろか。まあ取り敢えず頂くとするか」


 まだ学園初日だと言うのに大丈夫なのだろうかと優司は心配になったが、自らの腹の虫を抑えるべく二人は頂きますをしてから料理に手をつけた。

 ――それから二人が雑談を交えながら料理を堪能していると、


「……なあ幽香。俺の気のせいかも知れないが、なんか周りから凄く見られてないか? 主に一学年のやつらに」

 

 優司はふと周りから妙な視線の数々を向けられている気がして幽香に尋ねた。


「奇遇だな優司。僕もちょうどそれを思っていたところだよ。まったく、裕馬が言っていたことは本当だったと言うことか……」


 どうやら幽香も同じことを思っていたようで視線を向けられていることは間違いないようだ。

 そして彼は唐突に箸を置いて頭を抱え出すと学園見学をしていた時に裕馬が言ってたことを思い出したようだ。


 実は三人で学園見学をしながらグラウンドを歩いている時に、裕馬が突然一組のクラスメイト達のこと話し始めたのだ。優司はそれを話半分で聞いていたのだがその内容は自己紹介を終えて二人が教室出て行ったあとのことらしく。


 裕馬曰く、一組に残っていた男子と女子は口を揃えて「あの美少女? 美少年? は一体何者なんだ!」とか「ああ、なんて美しいマドモアゼルなんだ」とか「私、初めて性別なんてどうでも良いと思えた……」とか色々な声が幽香に対して起こっていたらしいのだ。


「……どうやら、この感じから察するにそうみたいだな」


 優司はお冷を飲みながら周りに視線を向けると、一組で起こったことは既に他クラスにも噂か何かで伝わっていると予想出来た。


 つまり学園初日にして幽香は男子女子共に多数のファンが出来たということだろう。

 そんな気落ちしている様子の幽香を横目に優司はカツ丼に付いてきた沢庵たくあんを食べて、


「ご馳走様でしたっと」


 米粒が丼に一つも残っていないか確認してから両手を合わせて昼食を終えた。


「あ、いつのまに! ま、待って僕も急いで食べるから! …………んぐっ!? ごほっおえっ!」


 優司の食べ終えた姿を見て幽香は遅れてはならないと思ったのか、急いでうどんを啜っては盛大に噎せていた。


「別に焦らなくてもいいぞ。ちゃんと待っててやるから」

 

 その光景を見てなんとも微笑ましい気持ちに優司はなったが、周りから向けられている視線の数々が背中に刺さるような感覚を受けて、額から変な汗が流れ落ちていくむず痒さを覚えた。

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