【冬・聖夜祭編】闇を祓う光の翼②
王宮にて、カレンへの取り調べを終えたサディアスは薄暗い廊下を一人歩いていた。
なにを聞いてもパトリシアへのよく分からない恨み言を口にするだけで、こちらの欲しい情報は出さないので今日のところは切り上げるしかない。
それにしても静かな夜だ。
監視対象に付けている部下たちから動きがあったとの報告もない。
「……ん?」
その時、物音が聞こえ、夜の静寂は破られた。
「サディ、アス、さま……ぐっ」
血だらけの利き腕をぶらりとさげ、足を引き摺りながら部下がやってくる。
「すみませんっ……自分、以外は……おそらく、全滅、しました」
(嘘、だろ……)
彼はマクレイン家に付けていた護衛の一人だ。部隊の中でも戦闘能力の高い選りすぐりを数十名も配置していたというのに。
「アンデットが大量に……おそらくターゲットの仕業かと」
早く作戦を立て直さなければ。報告がない事から察するに、恐らくターゲットに付けていた監視役も全員やられている。
「教会に連絡しエクソシストの派遣要請を。あとはB班を集め、班長の指示を仰いで」
後ろに控えさせていた部下が頷いたのを確認して、サディアスは駆け出した。
本来ならば自分も増援を引き連れて向かうべきだということは、分かっている。
けれど、それまで待てるはずがない。パトリシアが危ないと思うと居ても立っても居られない。
(クソッ、聖夜祭での騒ぎはフェイクで、本当の狙いはこっちか)
サディアスは抱きしめた彼女のぬくもりを思い出し、それを失う恐怖に顔を歪ませたのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「やはり、カレンより貴様が欲しかった」
見覚えのない男性だったが、そう言われ察する。
「あなた、チェンバレン伯爵ですね」
「いかにも。パトリシア、わしはずっと貴様が欲しかったのだよ。なのに貴様はいつも釣れない態度だ。田舎の村の村長も山賊の若僧も、貴様を連れて来ると約束したくせにまったく使えない奴らだった」
村長とマシューはこの男に惑わされていたのかもしれない。
「のう、パトリシア。もう一度聞こう。わしの娘になるのだ。そうすれば、貴様だけは助けてやろう」
「お断りします」
「そうか、残念だ。ならば消えてもらうしかないな!!」
伯爵が手を翳し発動させた魔法陣から、闇色の毛に覆われた魔獣が飛び出し牙を剥いて襲い掛かってくる。
パトリシアは光の壁でそれを防御したが、力負けしてそのまま窓の外へと吹っ飛ばされた。
紅蓮の目を光らせ狼みたいな頭が二つある魔獣も、パトリシアを追うように窓から外へ飛び出してくる。
「くっ」
同時に二つ以上の魔法を発動させられないパトリシアは、なんとかその攻撃を体を捩り避け、地面に叩き付けられないよう風魔法で着地する。
「……っ」
だが、足元がふらついた。
家の人たちを守るために大掛かりな結界を張り続けている影響で、だいぶ魔力を消耗してしまっているようだ。
一瞬結界を解除して戦闘に集中しようか迷ったが、家族たちを危険に晒すリスクは選べない。
「ホーリーライト!」
浄化魔法を使ってみたが、魔獣はパトリシアが作った魔法陣を弾き飛ばし襲い掛かってくる。
(だめだ、祓えないっ)
ならばと風魔法で突風を巻き起こし、魔獣を吹き飛ばすと体勢を整えた。
「クックック、わしの力をその程度の魔法で祓えるはずなかろう」
もう一体召喚させた魔獣の背に乗って中庭へ降り立った伯爵がこちらを嘲笑う。
魔獣の背から下りた伯爵を守る様に、闇色の化け物が八つの目を紅蓮に光らせ威嚇してくる。
「貴様をいたぶるのもよいが、あまり長期戦になるのは避けたい。そろそろ終わらせようか、出来損ないの聖女殿」
(どうする……中級レベルの浄化魔法を使ってみる? でも……)
初級魔法よりは強力な浄化を広範囲にかけられるけれど、魔獣二体とそこらに潜むアンデットたち全部となるとパトリシアの魔力がもたないことが予想された。
「ようやく、ようやくだ……長年の野望にもうすぐ手が届く位置までわしは来ている。それを、第一王子の若造に潰されるわけにはいかないっ」
サディアスが監視していた本命はカレンではなく、チェンバレン伯爵だったのだろう。
「カレンは、貴様を処刑に追い込むと意気込んでいたが、本当に使えない奴だ。だが問題ない」
伯爵は禍々しい闇を身体から吐きだしながら高笑いをしていた。
幻覚魔法でサディアスの姿を模し、サディアスの部下をアンデットにして操る。目撃者を数人残して皆殺しにすれば……どうなるか予想するのは容易い。
「第一王子サディアスは弟ブレントに劣等感を抱き、王の座を手にするためブレントとカレンを罠にはめた。しかし、パトリシアと仲違いをし自分の陰謀を隠ぺいするためにマクレイン侯爵家を襲ったのだ」
そんな強引な話、誰が信じるのか。しかしブレントを王に推している派閥の力があれば、そんなこじつけも真実として通ってしまうのかもしれない。
「ブレントが王となれば、この国はわしの思いのまま。そしてずっと邪魔だったマクレイン侯爵を始末できるとなれば一石二鳥だ!!」
「そんな企み、わたしに話しちゃって大丈夫なんですか?」
「問題なかろう、貴様はここで始末されるのだから!」
伯爵が威嚇するように放った魔力の波動に飛ばされそうになったパトリシアは、なんとかその場で踏ん張った。
本気を出した伯爵の片目は、妖しく紅蓮に光りだす。
このままじゃ瞬殺される。風圧に耐えきれなくなりパトリシアは吹き飛ばされた。しかし。
「きゃっ」
「パトリシア!」
そのまま地面へ叩き付けられるかと思ったが、誰かがパトリシアの身体を後ろから受け止めてくれた。
そして間髪入れずに襲い掛かってきたアンデットも、その誰かが手を翳した瞬間に地面に浮かぶ闇色の魔法陣に動きを封じられ、まるで糸の切れた傀儡のようにその場に崩れ落ちる。
「サディアス様!」
「怪我はない?」
目の前に現れた本物のサディアスを見て、僅かに強張っていたパトリシアの気持ちが解ける。
パトリシアはサディアスへ、自分は大丈夫だと気丈に答えた。
「ククッ、王子さまのお出ましかい?」
こちらを嘲笑うような伯爵を一瞥すると、サディアスはパトリシアを背に隠すようにして立ち上がった。
「ご無沙汰しております、チェンバレン伯爵」
「相変わらず貴様は、生意気な若造じゃ」
ただそれだけの言葉を交わすと、先手必勝と言わんばかりに二人は互いに向けて闇魔法を放つ。
だがそれは、力が拮抗するようにぶつかり合い消滅した。
自分の攻撃を潰されるとは思っていなかったのか、憎しみの籠った目付きをした伯爵は、すぐさま魔獣二体を操りサディアスを襲わせる。
「ふん、せっかく闇属性を持ち生まれてきても禁忌を恐れ極めないなら意味がない!」
「闇に呑まれて、人の心を保てなくなっているようじゃ、極めたとは言えないのでは?」
「なんじゃと!!」
サディアスの魔法により、伯爵の展開していた魔法陣が破壊されてゆく。
彼に牙を剥いていた魔獣は、噛み付く寸でのところでパズルのピースがバラバラに散らばるように原型を無くし消滅した。
(すごい……)
闇魔法には詳しくないけれど、禁術を解禁している伯爵と互角かそれ以上の技量をサディアスは持っているのではないか。
パトリシアは、ぶつかり合う魔力の波動に飛ばされないよう耐えながら、彼の背中を見守った。
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