【夏・学院祭編】ヒロインの立ち回り
カレンが怪我人に手を翳す。すると掌から溢れ出した光が怪我をした足に注がれてゆく。
遠巻きに様子を窺っていた生徒たちから「おぉっ」という歓声が上がるなか、怪我をした生徒の顔色もみるみると良くなっていった。
「あれ……痛くない。治った、のか?」
「ふふ、もう大丈夫ですよ」
カレンが天使のような笑みでそう伝えると、怪我を治してもらった生徒は頬を赤らめなからお礼を言った。
パトリシアも、良かったと肩を撫でおろしたのだが。
「見たか、なんと慈悲深い! カレン嬢こそ、まさに聖女の鏡だ!! それに比べ……」
野次馬の中から一人飛び出して来た神経質そうな男子生徒が、軽蔑するような目でパトリシアを見やり大げさに溜息を吐く。
「同じ力を持っているはずなのに、それも王太子の婚約者であられるはずの自称聖女が、怪我人を見殺しにしようとするなんて」
男はカレンに心酔しているようで、パトリシアを蔑み彼女を持ち上げるような言葉を大声で言い放ち始めた。
それに同調するように、野次馬たちは「確かに」と、ひそひそ話し始める。
あまり居心地の良い雰囲気ではない。
記憶にはないけれど、このシーンもアニメと同じで、こうやって徐々に自分は生徒たちからの信頼をなくしてゆくのかもしれない。そう思うと恐怖で咄嗟に上手く言葉が出なかったパトリシアだったが。
「パティの行動のどこを見たら見殺しにしようとしていたなんて言えるの? 彼女は皆さんが遠巻きに見ているだけの中、一番に駆け付けて板をどかせる手伝いをしていたのに!」
普段は大人しめのマリーだが、ひそひそとする話し声を掻き消すように声を張り、最初に絡んできた男子生徒に凄んだ。
辺りはしーんと静まり返り、これでこの場は治まるかと思ったのだが。
「でも……わたしなら、目の前で苦しんでいる人がいたらこの力で助けたいって思います」
カレンは、他の誰でもなく真っ直ぐパトリシアの目を見てそう言った。その眼差しはまるで宣戦布告のようだった。
「そう、ね……でも、わたくしはブレント様以外に力を使う事はできないのです」
パトリシアは言い争いにならないよう、慎重に言葉を選んだつもりだったが。
「そんなっ、力を使う相手を選ぶなんてっ」
信じられないと言うようにカレンが声をあげると、それでまた野次馬たちがざわめきだす。
「なんだ、この騒ぎは」
そこに今は現れて欲しくなかったブレントまで現れパトリシアは表情が引き攣りそうになった。
(なに、これ。タイミングがよすぎる。やっぱりアニメのシーンが再現されているんじゃ……)
「ブレント様、なんでもないんです……きっと、無暗に力を使ったわたしが、全部悪かっただけでっ。ごめんなさい」
「なにを言うのです! カレン嬢はなにも悪くない!」
「そ、そうですよ! あの、おれの怪我、治してくれてありがとうございます」
しゅんと俯いたカレンを男子生徒二人が慌てて庇う。
いつの間にかパトリシアがなにかしてカレンをいびっていたような雰囲気だ。
「こいつになにかしたのか?」
そうブレントに問われ、もうどんな態度が正解なのか分からなかったが。
ウルウルと小動物のように瞳を潤ませているカレンを見やり、いつまでも彼女の存在に怯えているだけじゃダメなのだと気持ちが奮い立った。
(……そっちがその気なら)
こちらだって、悪役に徹するつもりなどない。
「いいえ、何もしていないのに、突然絡まれて困っていたんです」
パトリシアは、やましい事などしていないのだから堂々としていなくてはと、起きたことを正確に伝えた。
目の前で事故が起き助けようとしたこと。自分は治癒魔法を使わなかったこと。
「そうしたら、そこの人に突然自称聖女と罵られて……」
「なっ!?」
先程まで粋がっていた男子生徒は、パトリシアの言葉とブレントの刺すような視線に青ざめる。
「だ、だが、治癒能力がありながら、貴女が怪我人を見過ごしたのは事実じゃないか……」
尻すぼみになりながらも、男子生徒はパトリシアに向ってそう主張するが。
「貴様は誰に向って物を言っている。こいつはオレの聖女だぞ。オレの許可なく他の男にも聖なる力を使えと言うのか!」
「そ、それは、そのっ」
「だいたい、こいつがオレ以外に力を使う事は王室の決まりにより禁じられている」
「えっ!?」
パトリシアは力を出し惜しみしていたわけではない。大勢の前でブレント以外に力を使えば大事となり、自分だけではなく相手の生徒にも迷惑を掛ける結果になる可能性があるので控えていた。
それを知らなかったのであろう野次馬たちも、皆事実を知り気まずそうに口を噤んだ。
ブレントは、男子生徒を一瞥した後、「行くぞ」とパトリシアをその場から連れ去ってくれたのだった。
「あの、ありがとうございます」
人気のない場所まで避難した後お礼を言うと、ブレントは眉を顰める。
「まったく。この忙しい時期に、あまりオレの手を煩わせるな」
「はい」
「それから……本当にカレンにはなにもしていないんだろうな」
「え……」
「アイツは最近まで庶民だったからな。擦れていない分、危なっかしいところがある。そのうえ、治癒魔法を持っているのに正式に認められていないため、王家の加護もない。そんな不遇の中でも腐らずに頑張ってるヤツなんだ。オマエも、少しぐらい貴族の常識を知らないからといって、アイツに冷たく当たるなよ」
だからほっとけないんだと言いたげな態度だ。
これは……思っていたよりも、知らぬところで二人の仲は進展していたのかもしれない。
「…………」
「なんだ、急に黙り込んで」
「あの……お願いがあります」
「言ってみろ」
「今度の後夜祭、わたくしと一緒に過ごしてくれませんか?」
「…………」
もしかしたら、もうカレンと約束をした後なのかもしれない。
そう思いやけくそだったが、パトリシアは一か八かの賭けに出た。汗を搔く掌をグッと握りしめ緊張しながら。
「なんだ、そんなことか。花火にはあまり興味がないが、いいだろう」
だが拍子抜けするぐらいブレントはあっさりとそのお願いを受け入れてくれた。
「いいん、ですか……?」
「なんだよ。オマエから誘ってきたくせに、嬉しくないのか」
「嬉しいです。よかった……」
「そんなに嬉しいのか?」
「はい」
ほっとして顔を綻ばせたパトリシアを見て、ブレントは口元を緩める。
「ま、まあ、このオレと後夜祭を過ごせるんだ。当然の反応だな」
「ありがとうございます、ブレント様」
「忙しい中、付き合ってやるんだ。感謝しろ」
これで、学院祭の悪夢は回避できただろうか。
少しの不安を残しつつ、この時のパトリシアは、ほっと肩を撫でおろしたのだった。
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