【春・出会い編】ヒロインと初めての接触②

 あくる日の放課後。パトリシアはブレントを中庭に呼び出した。


 ブレントは「なんだ突然」と少し訝しげな表情を浮かべている。


「あの、特別な用事があったわけじゃないのですが」

「用もないのに呼び出した、だと?」

 ご機嫌を損ねてしまったかもしれない。

 だが今さら逃げ腰になるわけにはいかないので、単刀直入に本題へ入る。


「わたし、もっとブレント様と仲良くなりたいと思っていて」

「…………は?」

「仲良くなるためには、一緒の時間を増やすのが良いんじゃないかと考えたんです」

「…………」

「……だめ、ですか?」


 やはり慣れないことをすると緊張する。


 パトリシアが沈黙に耐え兼ね不安げに声を掛けると、彼は動揺を隠すように咳払いをしてから言葉を発した。


「フン、珍しく素直だな。いつもそのぐらい素直だと可愛げがあるんだが」

 ブレントは口元をニヤつかせ、気分を害してはいなさそうな反応だったが。


「でも、今日はダメだ。先約がある」

「そう、ですか……」

 残念だが、それは仕方ない。とパトリシアは素直に思った。


 だが、その時。


「あ、ブレント様!! みつけた!!」


 愛らしい声と共に栗色のふわふわとした髪を揺らしカレンがこちらに駆けてきて……ブレントの腕に躊躇なく触れた。


「こんな所でなにをしていたんですか?」

 言いながらパトリシアの存在に今気付いたと言いたげなカレンは、パッとブレントから手を離し表情を強張らせた。


「あ、ごめんなさい。わたしったら、お邪魔してしまったみたいで……」


 カレンはパトリシアを見て怯える。

 一応彼女とは初対面のはずだが、なぜか怖がられているようだ。しかしパトリシアも今まで避けてきたヒロインとの対面に表情が強張ってしまう。


「正面玄関で待ってろと言っておいただろう」

 そんな重たい雰囲気をこの場でただ一人察していないブレントが、やれやれといった様子でヒロインに声を掛けた。


(もしかして、ブレント様が言っていた先約って……)


 サーッと血の気が引いてゆく。


 今のところ二人が特別親しげにしている様子はなかったので油断していた。

 けれど、自分の知らないところで既に二人は……。


「あの、先約があったなら、わたくしはもう帰ります」

 動揺を表に出さぬよう平静を装った。


「ああ、そうか。オマエも知っている通り、コイツは命の恩人だ。今日はその礼を兼ねての食事会があるんだ」

「わたしはそんなの良いって言ったんですけど……お城でのお食事会なんて荷が重いです」


 カレンは控えめな態度でそう言うが、ならば自分はなにもしていないと正直に言えばいいのに。彼女は決してそれをしない。


 アニメとは違い怪我を負ったブレントを治癒魔法で治したのは、紛れもなくパトリシアなのに、カレンはそれを自分の手柄としている。


 そこに控えめな態度とは裏腹なズルさを感じた。


「……楽しんできてくださいね」

 けれどここでそんな事を言い出しても揉め事を起こすだけだ。証拠を出せと言われても証明できないなら言わない方が良い。


 パトリシアはモヤモヤした感情を飲み込み、会釈をするとその場を潔く立ち去ったのだった。






 ブレントと良い関係を築くために頑張ろうと思ったが、タイミングが悪かったせいでなんだか虚しい結果に終わってしまった。


 今、馬車乗り場に向ってもまた二人と鉢合わせてしまうかもしれないので、パトリシアは時間を潰すためにトボトボと図書室へ歩き出す。


 すると偶然すれ違ったカップルたちの楽しそうな会話が耳に入ってきた。


「絶対に聖夜祭の参加権を得てみせるから、ぼくのパートナーになってくれるかい?」

「もちろんよ!!」


 まだ夏も来ていないのに気が早いカップルだが、聖夜祭は男子生徒の中でも選ばれた優秀な者だけしか参加できず、女子はそんな男子にパートナーとして誘われなければ参加できない。

 そのため参加したい者たちは春のうちから努力しているのだろう。


 なぜかよけい虚しい気持ちになって、パトリシアは小さく溜息を零していた。




「どうかしましたか? ドアの前でぼうっとして」

「っ!!」


 いつの間にか図書室の前まで辿り着いていたようだが、中に入ろうとしないパトリシアを見かけ、サディアスが不思議そうに声を掛けてきた。


「少し顔色が悪いようですが……」

 眼鏡と前髪でいつもと同じく表情は読みづらいけれど、その声音に少しだけ心配の色が伺える。


「大丈夫です。なんでもありません」

「そうは見えませんが」

「本当に大したことないんです。ただ、ブレント様とカレンさんの……」


 そこまで言うと、サディアスは察したように「ああ」と頷いた。


「そういえば今日でしたね、チェンバレン家との食事会」

「……サディアス殿下は参加されないのですか?」

「ええ、俺が参加する必要は特にないので」


 アニメでも確かお礼のお食事会があった。食事会の後、城のバルコニーでブレントとカレンは語らって二人の心の距離が近付き始めるのだ。


「食事会の件で不安になっていたのですか?」

 今さら取り繕っても意味がないのでパトリシアは素直に頷いた。

「……意外です。貴女も、そんな風に心乱されることがあるんですね」


「ありますよ……わたしをなんだと思っているんですか」

 婚約者が別の女性と食事をするという状況を気にしたり、不安になるのはごく普通の反応だと思うのだけど。


「いつも女性に囲まれているブレントを見ても、さほど気にした素振りのない印象でしたので」

「それは……」

 確かに、普段そんな光景を見てもなにも思わない。


「ブレントが気になる?」

 パトリシアはその問いに答えられなかった。


「……自分の気持ちが分かりません」


 ブレントとカレンが一緒にいると焦りの感情が生まれてくる。

 けれどこの気持ちが恋愛の情からくるものなのか、断罪を恐れるあまりの執着からなのか。


 いつかの初恋みたいに朝から晩まで恋焦がれるような感情はないが、あれも今思えば洗脳に近く依存させられていただけで、恋ではなかったのかもしれない。


 考えれば考えるほど自分の気持ちが分からなくてぐちゃぐちゃしてくる。


「今回の食事会は、チェンバレン伯爵のゴリ押しで急遽開催されることになっただけです。父上たちは乗り気じゃなかった」

「え……」

「大丈夫ですよ。本物の聖女の刻印でも現れない限り、カレン嬢が聖女候補として認められることはないと思うから」


 だから安心できないのだ。カレンはいずれ、聖女の刻印を手に入れる可能性がある。


 けれど、そんなことサディアスに訴えても仕方ない。だから、これ以上心配を掛けないようパトリシアは頷いた。


「そうですね。わたくしったら心配し過ぎてしまったみたい」

 気持ちを切り替えて完璧に笑えていたはずだった。なのに。


「……不安な時は無理して笑わなくてもいいのに」

「っ」

「君って、なかなか他人に心を許せない人だよね」

「そんなこと……」

「分かるよ、俺も同じだから……でも、たまには捌け口が欲しくなるでしょ?」


「…………」

「俺なら、いつだって君を受け止めてあげるのに」

「え……?」

「いつでも愚痴りに来ていいよ」


 戸惑いを浮かべたパトリシアに、どこまで本気か読めない笑みを浮かべそれだけ言うと、サディアスは図書室へ入る事なくその場を去って行った。


 自分がサディアスを頼る事はたぶんない。アニメではカレンに恋をしてパトリシアの断罪に協力をした存在だから。


 そんな考えが自然と浮かんでからパトリシアは自嘲した。


(サディアス様の言っていることはその通りね)


 自分はこうしていつも心に壁を作っている。優しくされても裏切られるかもしれないと想定して心を許せない。


 今サディアスが言ってくれた言葉は彼の本心で、裏なんてないかもしれないのに。ただの優しさなのかもしれないのに……

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