三章 学院編【春・夏】

【春・出会い編】ヒロイン登場、波乱の入学式①

 癒しの力を持つ乙女が見つかり、チェンバレン伯爵に保護されたらしい。

 クラウドにそう聞かされてから二ヶ月が過ぎた。


 パトリシアの心境といえば「ついにこの時がきたか」といった感じだ。


 でもまだヒロインとブレントは出会っていない。

 本当に聖女候補となるかもまだ分からず、下町で暮らしていた彼女には貴族令嬢としての教養もないため王子たちには会わせられないのだとか。


 そんなヒロインは、けれどチェンバレン伯爵のごり押しにより、この春からクレスロット王立学院に入学が決まっている。

 聖女として認められていなくとも貴族令嬢となった彼女には、学院に入学する資格があるのだ。


 そしてついに明日の入学式でブレントと彼女は運命的な出会いを果たす、かもしれない。


 そうしたら物語りの幕開けだ。




「ウィンド・ビュレット!!」


 宙に浮かんだ状態のまま、パトリシアは地上の泉に向って風魔法を連射した。


「はぁ、はぁ……」

 地上に降り立った頃には、魔力の殆どを魔法陣に吸い上げられヨロヨロとした状態だったが、この短期間で同時魔法を扱えるようになったことに感動する。


「やるな、パティ」

「師匠のおかげです!」

 これも全部あの夜に出会った妖精との特訓の成果だ。


「でも、もっと戦闘力を上げておきたいので、これからもご指導お願いします」

「おいおいっ!? 貴様は、本当になにを目指してるんだ。これで十分。私から教えることはもうなにもない」


「そんなぁ」

「捨てられた子犬みたいな目で訴えかけてくるな!」

 半眼で呆れている妖精に何度お願いしても、修行は今日でおしまいと言われてしまう。


「貴様は十分に強い。それに……これ以上は危険だ。人間離れした強さは、時に身を滅ぼすぞ」

「でも、まだ不安なんです」


「なにをそんなに不安がっているのか知らないが、なにかあれば私も力になってやろう。だから安心して明日からの学生生活を楽しみなさい」

「はい……」

「よしよし、いい子だ」


(確かに入学式までにやれることは全部やった。あとはもう……覚悟を決めるしかないのかもしれない)


 それが師匠とパトリシアの最後の会話だった。その日以降、森へ行っても妖精が呼びかけに応え姿を現してくれることは、なかった。






 今日はついに入学式。登校初日から五月病を発病するかと思っていたが、当日を迎えたパトリシアの気持ちは案外凪のように静かだった。


 胸元の赤いリボンをきゅっと結び膝下丈のスカートを翻す。


 もう見慣れた自分の姿だけれど、この制服に身を包むと「本物のパトリシアだ」と改めて実感した。

 艶やかな黒髪と柘榴色の瞳が相まってニヒルに笑えば立派な悪役令嬢っぽく見える……気がする。


「お嬢様、お時間です」

「はい」

 馬車の準備が出来たと知らせに来てくれたメイドに返事をして、一度だけ深呼吸をすると部屋を出た。




「パトリシア可愛いよ。その制服、すごく似合ってる」

 玄関まで行くとリアムに声を掛けられ、にこにこと嬉しそうにもっとよく制服姿を見せてと拝まれた。


「ありがとうございます、リアム様」

 今年の春に長い留学から戻って来たリアムは、本格的にクラウドの仕事を手伝いだし毎日遅くまで忙しそうにしている。

 それなのに今日は朝からハイテンションでお見送りをしてくれるのだから本当に良い兄だ。


「気を付けて行ってきなさい」

「はい」

 多忙なクラウドが朝から見送りに来てくれるなんて少し驚いた。

 もう一人の聖女候補が現れたこともあり、気に掛けてくれているのかもしれない。


「ふん、あなたみたいにぼーっとした人、どうせご学友も作れないでしょう。独りぼっちで寂しくてどうしてもって言うなら、放課後はわたくしがお茶に付き合ってあげてもよくってよ!」

 リオノーラは朝から安定の高飛車態度だが、わざわざ玄関まで顔を見せに来てくれたので一応これも見送りなのかもしれない。


「良い、マクレイン侯爵家の娘として恥ずかしくない振る舞いを心がけるのよ」

「はい」

 そして一番驚いたのはミアまでが見送りに来たことだ。


 リオノーラの家出騒動後から彼女の態度が少し変わったように思う。あの夜の出来事は、全てリオノーラと二人だけの秘密と約束していたのだけど、もしかしたらミアはパトリシアがリオノーラを連れ戻したことだけは聞いたのかもしれない。


「いってきます」

 気が付けばこうして過保護な家族全員に見送られるような構図となり、パトリシアは登校初日を迎えたのだった。




 聖夜祭以来の学院に到着したパトリシアは、正面玄関前に張り出されているクラス表を確認した。


(Aクラスか)


 自分の名前の他にヒロインの「カレン」の名を探したが、同じクラスではないようだ。


 でも、彼女は存在した。Cクラスにその名を見つけ、パトリシアは思わず目を逸らすとそそくさとその場を立ち去る。

 ヒロインと鉢合わせしてしまうのが怖いからだ。


(確か二人の出会いは今日の放課後だったはず)


「――おい!」

「きゃっ、ブレント様!?」


 突然後ろから肩を掴まれ、振り返るとそこには不機嫌顔の婚約者の姿があった。

 ぼうっとしていたせいで、声を掛けていてくれたらしい彼に気付けなかったようだ。


「なんだ冴えない顔をして。今日からオレと同じ学院に通えるんだぞ。嬉しくないのか?」

 まだヒロインと出会っていないブレントは相変わらずのようだ。

 これからは一緒に過ごせる時間が増えると、普通の婚約者同士なら喜ぶところなのかもしれない。


「……嬉しいです」

「なんだ、その間は。そうだ、今日の放課後はこのオレが学院内を案内してやろう」

「えっ!?」

「な、なんだよ」


 パトリシアが声を上げて驚くものだから、ブレントは「そんなに驚く事ないだろう」と眉を顰める。


「い、いえ……でも、放課後は」

「まさか、オレ以外の奴と約束してるんじゃないだろうな」

 一気にブレントの機嫌が悪くなる。これ以上機嫌を損ねると、ご機嫌をとるのが面倒くさくなるやつだ。


「約束なんて、ありません。よろしくお願いします」

「そうか。じゃあ、放課後に中庭の噴水付近で」

 言いたい事だけ言うとブレントは颯爽と自分の教室へ向かって行った。


(本当にいいの? だってアニメでは)


 放課後にブレントとヒロインは出会う。

 突然の刺客に襲われ不意打ちで怪我を負ったブレントをヒロインのカレンが見つけ、治癒魔法で助けるのだ。


(わたしがいたら成り立たないんじゃ……あっ)


 だが、そこで気付いてしまった。二人が出会うのも中庭だったはず。


(そうか、これでシナリオ通りなんだ)


 そう思うと見えない力に動かされているような気がして、パトリシアは少し怖いなと唇を噛みしめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る