義妹の恋の行方④
先程は奇襲をかけたので敵が動揺している隙に伸していったが、さすがにこちらに警戒している大男を素手で軽々と倒すことは難しい。
(こんな時、もっと魔法を使えたら……)
高名な魔法使いともなれば複数の魔法を同時に使う事もできるが、まだパトリシアの技量では一つ魔法陣を発動するだけで精いっぱいだ。
リオノーラを空に避難させている今、風魔法で攻撃を放つ二刀流の戦い方はできない。
「ククッ、威勢が良かったのは最初だけか、嬢ちゃん」
敵のナイフはなんとか蹴り飛ばしたが、肉弾戦になっても二人掛かりで襲い掛かられてはこちらが不利なことに変わりはない。
「逃げてるだけじゃ、先が見えるぜ」
だが元いた場所から少し離れたところまで逃げ、パトリシアはにやりと口角を上げた。
離れた場所にいるリオノーラをそっと地面に下ろして魔法陣を消す。
「無暗に逃げてたわけじゃないですよ」
全てはリオノーラに手を出されないよう距離を取らせるための作戦だ。
「なっ!?」
パトリシアの余裕の表情に気が付いた男たちが警戒した時にはもう遅かった。
両手を翳したかと思うと、瞬時に新しい魔法陣を展開させたパトリシアは風の刃を放ち、男二人は無抵抗なまま大樹に躯体を打ち付け意識をなくしたのだった。
(魔法陣の展開はだいぶ早くできるようになったみたい)
「ねえ……」
だが、大勢の大人たちを相手にするなら、やはりいっぺんに二つ以上の魔法を発動させられるようになりたい。
けれどそれは中級魔法使い以上の知識と技量が必要になる。独学で学んでいるパトリシアには、今のレベルが限界だった。
「ねえってば!!」
ハッと気が付き顔を上げると、無視しないでよと眉を吊り上げたリオノーラが立っている。見た感じ大きな怪我もなさそうでなによりだが。
「ちょっ、なによ!?」
「じっとしていてください。肘、擦りむいています」
「っ!」
地面に投げ出された際にできたのか、血の滲むリオノーラの肘に手を当てパトリシアは治癒魔法でそれを癒した。
「ふ、ふん!! お礼なんて言わないんだからね」
「いえ、お礼を言いたいのはこちらのほうというか」
「はあ?」
なかなか機会のない実戦をさせてもらえたことには感謝しかない。
「わたくしを迎えに来たのなら無駄ですわ。サディアス様の謝罪がないなら、戻るつもりはありませんから」
「迎えに来たわけじゃないというか、偶然というか……」
そう言い掛け、しかしどうしてこんな森にといわれたら困るので、パトリシアは話題を逸らした。
「サディアス殿下となにかあったのですか?」
だがわなわなと震えて泣き出したリオノーラを見て、ふる話題を間違えたと思った。
「あんな人っ……他の女性と聖夜祭に出るって、それだけじゃないわ。わたくしが聖女だと勘違いしていたから優しくしたんだって、最低よ!!」
(……要するに、振られたんですね)
そう察したがこれ以上ダメージを与えないように口を噤む。
「最低だわ……このわたくしを好みじゃないだなんて! 目がおかしいのよ! もう、なにもかも終わりよー!!」
「辛いお気持ちは分かりますけど、なんでそれで家出を?」
「あなたになにが分かるって言うの!! 好きな人に騙されていたわたくしの気持ちが!! とにかく、サディアス様の謝罪があるまで帰りませんから!!」
つまり、振られたのが悔しいから騒ぎを起こして彼のせいだと復讐したいのか……。
「そんなことしても自分の立場が悪くなるだけですよ」
「ほっといてよ。いつもお父様に気にかけてもらって、聖女で王子様の婚約者で、将来が約束されている人に、いいえ、わたくしの気持ちなんて誰にも、わーかーらーなーいーのーよー!!」
もう好きにしてくれとも思ったが、深夜の森で取り乱して泣き喚いている少女を置き去りにするのは良心が痛む。
「……分かりますよ。わたしも、大好きだった人に、騙されて売り飛ばされそうになったことがありますから」
「へっ!?」
「わたしにくれた優しさは全部、わたしが高く売れるから。それだけだって知った時はもちろん傷つきました」
「…………」
「ただ彼の企みは、わたしを攫っていた山賊のお頭にバレていて、その人はバッサリ斬られ、わたしの初恋はそれでおしまいです」
さっきまで泣き喚いていたリオノーラは、予想外に聞かされたパトリシアの過去に涙が引っ込んだ様子だった。
「……それから、あなたはどう立ち直ったの?」
「う~ん……正直、騙されたと気付いた瞬間に気持ちは冷めたんだと思います」
だから、マシューが目の前で斬られたのを見ても、パトリシアは涙一つ流れなかったのだと思う。
自分の初恋は自分の境遇も相まって炎のように燃え上がり、一瞬で冷めたのだ。
リオノーラは驚いたのか目をパチパチさせている。
「リオノーラ様のお気持ちはどうですか?」
「え?」
「復讐心ではないサディアス殿下への想いは残っていますか?」
「わたくしは……」
「サディアス殿下が本気で好きならムリして忘れようとしなくて良いと思うし、もう彼に興味がないなら、さっさと忘れてもっといい男性をみつければいいんです。リオノーラ様が諦めない限り、なにも終わりじゃありません」
「あなた……さすが図太い精神ですわ」
「そうですか?」
アニメでパトリシアに義理の妹がいた描写は覚えがないから、自分にはこの子の行く末がわからないけれど、それはつまり彼女には自由な未来があるということだ思った。
「……わたしは、あなたが羨ましいですよ」
「こんな、振られてズタボロのわたくしが?」
「愛してくれる家族と居場所がある。それがどんなに恵まれていることか……それに、恋してキラキラしているリオノーラ様、可愛かったから」
悪役令嬢の自分には、もうそんな恋は訪れないかもしれないから……
「ほ、本当? わたくし、可愛かった?」
「ええ、とっても」
「う、うぇ〜んっ」
リオノーラは、また声を上げて泣き出した。今度はパトリシアの胸に顔を埋めて。
彼女の次の恋が幸せなものでありますようにと、パトリシアはこっそり願った。
それから二人で屋敷の前まで戻ると、自分が迎えにいったことは秘密にしてほしいと頼み、リオノーラ一人で玄関から家に帰した。
こっそり魔法でバルコニーから部屋に戻り、玄関の様子を見に行ったパトリシアは、目を覚ましずっと玄関で帰りを待っていたミアとお互い声を上げて泣きながら抱き合うリオノーラの再会を見て自然と笑みが零れたのだった。
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