義妹の恋の行方②

 聖夜祭に行けないならとあからさまに離れていった令嬢たちもいたが、サディアスがようやく一人になったのは夜会も終盤に差し掛かった頃だった。


 ラストダンスの曲が会場に流れる中、喧騒から逃れるように彼は姿を消した。


 リオノーラはこの時を待っていたとばかりに会場を飛び出し中庭へ。

 冬の中庭は雪こそ降っていないが、身震いする寒さだった。それでもちらほらと喧騒から抜け出し語らっている男女が目に入る。


(サディアス様、いったいどこに……あっ、見つけた!!)


 だが女性と一緒にいるのを見て綻びかけた表情が強張る。

 先程までサディアスを囲っていた中にはいなかった女性だ。とても大人びている金髪の巻き毛が艶やかな美女でおそらくサディアスよりも少し年上だろう。


「さむ~い、私、早く中に戻りたいのだけど」

「すみません。けれど、会場で渡して騒がれるのは貴女の迷惑になるでしょう」

「……まあね。それで、例のアレは?」

 サディアスはその金髪美女へなにかを手渡した。


「うふふ、ありがとう。このブレスレットがあれば聖夜祭に出られるのね」


(なんであの人に大事なブレスレットを渡すの!? きっと、脅されて無理矢理……そうに違いないわ)


 リオノーラは頭に血が上り気が付けば二人の前へ飛び出していた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「サディアス様、誰ですの、その女!!」

 突然会話に割り込んできた声に誰かと思って振り向けば、そこには顔を真っ赤にさせ怒りの形相のリオノーラの姿が。


「貴女こそなに?」

 サディアスと一緒にいた伯爵令嬢が不愉快そうに眉を顰める。


「これはマクレイン侯爵令嬢、どうされました?」

 見るからに気が強そうな二人が言い合いにならないよう、サディアスはさりげなく二人の間に入るが、リオノーラの怒りは治まらないようだ。


「そんなけばけばしい女性、サディアス様とは不釣り合いですわ!」

「なっ、なんなの貴女!!」

「どうせ地位とかステータスだけで近づいたんでしょう? そんな人、サディアス様のパートナーに相応しくありません!!」

 自信満々にそう言うリオノーラを見て、伯爵令嬢は吹き出し笑う。


「あははは、やだ、この子。なにか勘違いしてるんじゃなくって? 私から近づいたんじゃありませんわ。彼からどうしてもって声を掛けてきたんですもの」


「そ、そんなはずありませんわ!! ねえ、サディアス様!!」

「落ち着いてください」

「だって、この方が!!」


「彼女の言っていることは本当ですよ。先日、俺から声を掛けたんです。一緒に聖夜祭に出ていただけませんか、と」

「な、んで……」

 予想外の返答だったのか、リオノーラが唖然とする。


「ふふ、な~に? 貴女もこれが欲しかったの? ごめんなさいね」

 プラプラとブレスレットを見せびらかす伯爵令嬢に、リオノーラは今にも地団駄を踏みそうだ。


「サディアス様、どうしてわたくしを誘ってくださらなかったの?」

「そう言われましても」

 別に相手なんて誰でもよかったのだが、サディアスにとって一つだけパートナーを選ぶうえでの条件があった。リオノーラは残念ながらそれを満たしていない。


 少しでも好意を持たれていると感じる女性は除外したのだ。

 もしそれで期待されても、今の自分がその気持ちに応えることはできないから。


「だって、初めて会ったあの日、言ってくださったじゃない。わたくしのこと、一目見て可愛いと思ったって!」

「…………」

 あの時から彼女が自分に好意を寄せてくれていることは、サディアスも察していた。


「それに、わたくしは本当のあなたを知っていても、それでもあなたを想っています! なんの差別も持たず!! 他の令嬢たちにそれができますでしょうか! なのにっ!!」


 彼女の言いたいことは察せられる。他の令嬢は、この素顔を見たら泣いて怯えるけど、自分は違うと言いたいのだろう。

 こんな醜い男を受け入れられるのは自分だけだと。


 だがはっきりと触れなくとも、そんな言い方をする時点でリオノーラも他の女と同じだとサディアスは思った。あなたなんかを愛せるのは自分だけだと、はっきり差別しているじゃないかと。


「……君が言う本当の俺ってなに?」

「えっ」

 思っていたより低く冷たい声音になってしまった。リオノーラも驚いて言葉を詰まらせる。


「ねえ、こんなところで修羅場なんて勘弁してくださる?」

「すみません。貴女は先にお戻りください」

「ええ、そうさせてもらうわ。それじゃあ、聖夜祭当日に」

 サディアスの耳元でそう囁くと、リオノーラの顔を見てクスッと笑い伯爵令嬢は会場へと戻って行った。


「サディアス様……あの」

 リオノーラはサディアスを怒らせてしまったのかと様子を伺ってくる。

 サディアスは一呼吸置いて、口元に笑みを浮かべるといつもの自分の口調を取り戻し声を掛けた。


「ありがとう。そんなに俺のことを思っていてくれたのですね」

「っ、はい! わたくしは、ずっと、ずっと、サディアス様のことがっ」

 リオノーラは、嬉しそうに瞳を輝かせる。これから言われる言葉も知らずに。


「誤解させてしまったなら謝らせてください」

「誤解?」

「あのサロンで、俺が貴女に掛けた言葉は、全部貴女を聖女だと思っていたからです」

「え……」


「聖女の徽章を付けていたから、貴女が聖女だと思い……取り入ろうとしただけです」

「そんな……ウソ、あなたはそんな人じゃありません! 本当のサディアス様は、優しくて紳士で本物の王子様で」

 ブレントより先に聖女の気を惹こうと、リオノーラの好みそうな言動をして理想を演じただけだ。


「俺は、こういう男です」

 サディアスは、言葉を選ぶのをやめはっきりと言った。


「そんな……ひどい! わたくしのこと、騙していたの!」

 サディアスが自分の気持ちに応えることはないと察したのか、リオノーラの瞳に怒りと憎しみが宿りだす。

 それでもサディアスは、動じることなくあえて冷たい言葉を選び続けた。


「人聞きが悪いですね。騙したというなら、自分を聖女だと偽り近づいてきたのは貴女の方でしょう」

「わ、わたくしは別にっ……あれは、その……お姉様がムリヤリ徽章を押し付けてきただけなのに……うぅ、ひどいっ!!」

 リオノーラは手で顔を覆い泣いて見せた。


「……マクレイン侯爵令嬢」

 サディアスは、そんなリオノーラの手を掴み顔からどかせる。

 ウルウルとした目でこちらを見上げてきたが、一筋の涙も零れていない。


「都合が悪くなるとウソ泣きですか?」

 冷静に指摘されリオノーラの顔が羞恥心からカーッと赤くなる。

「恥じる必要はありません。貴女のような女性が好みの男も沢山いるでしょう」

 これは皮肉じゃない。実際に泣き落としに弱い男もいるし、サディアスはそれを卑怯だとは思わない。ただ……


「俺の好みではないですけど」

「なっ!?」

 リオノーラは、頭に血が上ったのか真っ赤な顔をして力任せにサディアスを突き飛ばした。


「こんな人だと思いませんでした、人の心を弄んで最低!! 人でなし!!」

 そんな気はなかったが、誑かしたと言われればそうなのかもしれない。だから黙って罵倒を聞いた。それで彼女の気が済み、自分を諦めてくれるなら。


「もういいです! あなたなんてこっちから願い下げですわ!!」

 やがて浴びせる言葉がなくなったのか、キッとこちらを睨みつけてからリオノーラは走り去っていった。




「……本当の意味で俺の事を知ったら、君だって怯えて逃げたと思うよ」

 サディアスはそんなリオノーラの後ろ姿を一瞥するだけで、後を追う事はなかった。


 リオノーラが指摘したサディアスの醜い部分は、サディアスが隠し持つモノの一部でしかないのだから……

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