第6-32話 蒼穹の魔女②
『
そこを月明かりが照らす中、少女の姿がほどけていく。変質していく。
背が高くなり、体格そのものが膨らむように広がっていく。
――如月イツキの姿へと。
その左腰には、一本の日本刀が構えられている。
完全には抜刀せず、その代わりに鯉口を切って刀身を覗かせていた。
それは、妖刀である。
第六階位『パペット・ラペット・マリオネット』の遺宝を仙境から流れ出る莫大な魔力によって変質させた刀。その刀を片手にした彼に声がかかったのは、頭上からだった。
『――あなた、出禁にしたはずですが』
「魔法だよ」
納刀してから、視線を持ち上げる。
そこには巨大な満月を背景に空に浮かぶ魔女の姿が見えた。先程の『
しかし、その中で左腕だけは、まるで逆再生の映像のように修復された。
「ボクがリンちゃんを1人で
『……随分とまぁ、彼女思いなことで』
階下では、慌ててカジノ館を飛び出す黒服たちがいる。
騒ぎになっているのか、外からは騒々しい声が聞こえている。
けれど、それら全てに無視をして、ここまでを仕組んだ少年は空飛ぶ魔女に聞こえるように――1つを告げた。
「じゃあ、やろうか。《ゲーム》」
その言葉と共に飛翔していたシエルの身体が地面に落ちた。
『……ッ!』
不可視の攻撃に、シエルの表情に焦りが生まれる。
『
それをただ、力任せに引っ張っただけ。
シエルはそのまま穴の内側に引き寄せられたが、寸前で体勢を立て直す。真下にあった瓦礫を吹き飛ばすように暴風を吐き出し、急制動。今度は見上げる立場となった状態で、短く魔法を使った。
『――《再演:
瞬間、目を焼くほどの閃光を伴って魔女の直下から顕れたのは、6本の極光。
それは全て槍の形を
生み出されたばかりの大穴を逆上して、最上階に直撃して貫通。莫大なエネルギーに指向性をもたせた光の槍は、
どろどろに蕩けた真っ赤な液体が穴に降り注ぐ中、魔女はおそらく生きているであろうイツキに聞こえるように叫んだ。
『《ゲーム》中断ッ!
じゅう、という音を立てて猛烈な熱と光を放ちながら、液体となった鉄筋コンクリートの雨を避けるため彼女は再び空高く舞い上がった。
そこに向かって、意趣返しと言わんばかりに炎の槍が2本飛ぶ。
魔法の名を『
しかし、直進する炎槍はシエルが空中でターンを行うことで、行先を失い
それを見ることもなく、シエルは自らの右腕に刻まれている青い刻印に告げる。
『如月イツキと正面戦闘をすることは
ぱ、と青い刻印に光が灯った。
ヘビのように走っている青い刻印が、姿を変えようと蠢く。
けれど、その変更が実施されるよりも先に――地面から声が響いた。
「じゃあ、ボクが縛ってあげるよ。そうだね、今から3回しか魔法を使わないとかどうかな?」
『……ッ!』
その言葉とともに、青い刻印は光を失う。
変更要求は却下され、宙を彷徨ったシエルは歯噛みをすると地面に向かって手のひらを向ける。
『――再演:
瞬間、生み出されるのは無数の氷剣。それが地面に向けられ、放たれる。
しかし、それが着弾するよりも先。雨のように剣が落ちる中、それと入れ違うようにして刀を持った如月イツキが飛び出した。
『
決して逃れることのできない一撃を前にして魔女は一息、ほう、と吐き出した。
『再演:
ぱきり、と音を立てて空気が液体化する。
酸素、窒素、水素が魔女の真正面で液体となり重力に従って降り注ぐ。
しかし、それに向かって放たれるのは火炎の爆槍。
空中で熱を取り戻し一気に復元した気体の中をくぐり抜けるようにして、少年の斬撃が振るわれた。
直撃。けれど、それで祓えるはずもない。
追撃に移ろうとした彼が視線を持ち上げると、魔女が両手を広げるようにしてローブを持ち上げていた。そのローブが満月を隠す。空を隠す。世界を隠す。
『……あなたがやって来るのは想定外でしたが』
そうして、夜空を覆い隠すようにして広がったローブの中心で、シエルが魔力を解き放った。
『本気でやります』
その瞬間、
『私は魔女。蒼穹の魔女』
ローブがほどけるようにして世界に消える。
それが消えた途端、彼の両目を突き刺したのは
「……ふうん?」
周囲を見れば、その身体は雲一つない蒼天のど真ん中に浮かんでいる。
次いで、襲いくる重力。着地に備えて、彼が地面を見下ろす。
そこには自らが半壊させた地面があるはずだった。
けれど、
無限に続く空があるだけだ。
――果てなく続く空の異界。
それを生み出した魔女は、行先を失い自由落下を始めたイツキに向かって手のひらを向けた。
『なぜ私が――蒼穹と呼ばれてるのか、その意味を教えてあげましょう』
「必要ないよ」
落ちていく少年とは対象的に、空に浮かび続ける魔女。
その魔女の背後に生み出されたのは巨大なレンズだった。
魔力で生み出した太陽の光を集約し、それを直撃させる文字通り光速の攻撃魔法。
「だってボクは、全部知ってるからね」
しかし、それを前にして彼は小さく微笑んだ。
「蒼穹の魔女。『
『……よく、調べているようで』
地面に落ちるイツキにも届くように魔力に載せて放った声は、しかし彼の笑みにかき消された。
「調べてるぅ? アハハ! 勘弁してよ、君とボク。一度会っているんだろう?』
『……会っている?』
『嫌だなぁ、もう忘れちゃったの。もちろんボクは覚えてないけどね』
ぱちん、と音がして――その瞬間、イツキの姿が弾けた。
『しょうがないから教えてあげよう。名乗ってあげよう。よく聞きたまえよ』
代わりにそこにいたのは、
『ボクは
一瞬。
魔女は自らの眼の前で起きた事象を理解するのにそれだけの時間を要して、声を漏らした。
『……は?』
『ボクや
偽装魔法。
それは
『キミさぁ、油断しただろ。イツキくんがリンちゃんの真似っ子してると思ってただろう?』
故にマリオネットの遺宝より打ち出した妖刀は、
『けどね、でもね、最初からね。キミと話してたのはボクだったのさ! アハハ!!』
認知を欺き真偽を操る――そうした魔法を、使うことが出来る。
『キミと出会ったのは300年前だって聞いてるよ。
だからこそ、彼もまた模造である。
妖刀に微かに刻まれた記憶の
副産物として呼び出される
そうして高笑いするブリキのおもちゃは空中でくるくると頭を回転させながら、続けた。
『実際、君の魔法は完璧だったよ! イツキくんは、あのカジノには入れない。キミが出禁にしたからねぇ。足りない頭でよく考えたね。褒めてあげるよ。はなまるあげる。でもね、でもね、でもね! キミは誤った。だって、ここなら入れる。そうだろう、イツキくん』
そう言った瞬間、ブリキのおもちゃが消える。
妖刀は持ち主を失い、自由落下を始める。
しかし、それを受け取る手が1つ。
虚空を突き破るようにして出現した。
そうして、腕の持ち主が短く答える。
「うん。その通りだ」
その魔法を『
「じゃあ、《ゲーム》を続けよう」
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