第6-14話 結界

《前回までのあらすじ》


14歳になったイツキは『七五三』で顔を合わせた皐月リンの父親の入院費を稼ぎたいという願いを叶えるために魔法を教えることに。その一方で祓魔師としてアヤとともに仕事をこなす夏休みを送っていた。

そんなある日、たまたま帰っていた父親に自らの望む世界を生み出せる結界魔法を学ぶことに。結界魔法は『界術かいじゅつ』と『恣術しじゅつ』の2つの技法がなければ成立しないため、イツキは父親から『界術かいじゅつ』の前段階――結界の膜となる魔壁の生み出し方について教わっていた。



――――――――――――



 小さな剣道場ほどの大きさがある修練場に、俺と父親は向かい合って座る。

 蝉の鳴き声が庭から修練場の中に入ってくる。わんわんと鳴く音が耳に響く。


「イメージするのはゼリーだな。魔力をゼリーにするのだ」

「…………」


 うちの父親は剣術の説明をさせるとめちゃくちゃ上手いし俺の弱いところや苦手なところをすぐに見極めてくれる名教師だが、残念ながら魔法に関しては感覚派なところがある。


 この辺はレンジさんの方が説明上手いんだよな……と思いながら、俺は目をつむった。


 先ほど感じた魔力の壁の感覚を思い出しながらゆっくりと『導糸シルベイト』を伸ばして、四角形を作った。そうして『形質変化』。魔力が性質を変えて、半透明の壁を作る。

 

「これならどう?」


 そう聞くと、父親は座ったまま俺に向かってまっすぐ手を伸ばした。

そうして半透明の壁をぬっと乗り越えると、そのまま頭を撫でてくる。


「うむ。失敗だな」

「……なんで頭を撫でたの」

「頑張ってるからだ」


 父親は真面目な顔でそう言って、再び『導糸シルベイト』を伸ばして再び『魔壁』を作った。


「何度でも手本を見せよう」


 ありがとう、と言ってから魔壁に向かって手を伸ばす。

 ぬるり、と、何かの膜を通りぬけるような奇妙な感覚。水に油を垂らして、その境目に指を入れたような感じ。こちら側と、向こう側で、何か異なるものがあるのだと分かる感覚。


 集中するために、目を瞑る。

 俺は父親の張った魔壁に手を触れたまま、手元で『導糸シルベイト』を編んだ。

 イメージするのはゼリーではなく、水と油。俺にはこっちの方がしっくりくる。


油のように、とろりと、しかししっかりと壁になるように魔力を変化させていく。

それはちょっと抽象的で分かりづらい変化のさせ方ではあったけど……それでも、確かに俺の魔力は壁になった。


「……これでどう?」

「ふむ。ちょっと魔力が濃い気もするが」


 目を開くと、確かに父親の張った壁よりも俺の方は透明度が低かった。

 たとえるなら、父親の魔壁は互いの表情がはっきりと分かるが間に壁が挟まっていることが分かるガラスだが、俺のやつはすりガラスである。


 会社員時代にそれっぽいパワポ資料になるようオブジェクトの透明度をあれこれイジっていたことを思い出していると、父親が再びまっすぐ手を伸ばした。そのまま父親の腕が壁を通り抜ける。


 抜けたら、今度は指でグッドを作ってきた。


「成功だ」

「やった!」


 俺も内心で、ぐっと拳を握りしめる。

 ようやく1つ進んだぞ、と思っていると父親が続けた。


「とはいえ、これは『界術かいじゅつ』のスタート段階だ。いまイツキが生み出したのはだ。結界ではない。この違いが分かるか?」

「……なんとなく」

「充分だ。次にやるのは壁で現実と結界を切り分けることだな」


 切り分ける? と思っていると、父親が立ち上がって俺から少し距離を取る。

そうして離れたままま『導糸シルベイト』を立方体になるように12本、伸ばした。


1本の長さが1メートルほど。

それが形になると同時に魔力が変化。


半透明の箱の中に父親が立ったまま。


「これが最も簡単な『界術かいじゅつ』だ。入ってみると良い」


 俺も立ち上がると、父親が作った箱の中に入る。

 その瞬間、どぷん――と先ほどとは全く違う感覚が全身を包んだ。少しの息苦しさと、圧迫感。


「違いが分かるか?」

「この箱の中……魔力が濃いね」

「流石だ。よく分かったな」


 父親はそう言うと、箱の中をぐるりと見回した。


「いま魔壁で囲った箱の中に、パパの魔力を満たしている。これが最も簡単な結界だ」


 なるほど?

 分かったような分からないような、そんな微妙な状態を放っておけず、俺はさらに尋ねた。


「結界って、どう使うの?」

「具体例か。そうだな……まずは、にするか」


 その言葉とともに、父親が『導糸シルベイト』を一本、放った。


「今日は暑くてかなわんからな」


 途端に空気が冷え始める。ぐん、と体感気温が下がる。

 さっきまで体感で30℃を超えていたはずなのに、もう20℃くらいな気がしてくる。修練場にエアコンなんて無いはずなのに。


「これくらいであれば、ちょうど良いな」


 汗ばんだ身体が冷やされていく。

 額の汗を服で拭うと、庭先から聞こえてくる蝉の声がどうにも遠く聞こえた。


 そんな状態で、俺は父親に聞いた。


「……これってさ、?」

「良い着眼点だな」


父親が深く頷く。

 そうして、手のひらを大きく開いた。


「イツキ、構えろ」


 瞬間、父親が全身を『導糸シルベイト』で包んだ。


「……ッ!」


俺もとっさにその後を追いかけようとしたら、気温がさらに下がった。


吐いた息が真白に染まる。箱の中にあった湿気が真っ白い霜になり始める。

まるで、氷雪公女の魔法のように真冬が降ってきたのだと勘違いしそうになる。


俺は父親のように全身に『導糸シルベイト』を回すと『属性変化:火』によって温度を上げた。


「先ほどのイツキの質問だが――極論を言えば、どこまででも温度を下げることができる。無論、変えられるのは温度だけでは無いがな」

「……他には、何が変えられるの?」


 父親がそう言うと、足がもさもさとした感触に包まれる。


 ぱっ、と足元を見ればそこには何故か芝生が生えていた。

さっきまでは、ただの木の床だったのに。しかし、芝生は低温に耐えきれず霜が降りると、ゆっくりと枯れていく。まるで、早回しの動画を見ているかのような速度で枯れていく草を見ていると、父親が続けた。


「自ら生み出した世界を、自らのほしいままに書き換える。これが結界術の基本にして、究極となる『恣術しじゅつ』だ」

「…………」


 俺はその光景に、思わず舌を巻いてしまった。


 魔法には、まだまだがあるらしい。


「他には認識を変えることもできる。こんな感じでな」


 どうにも渋い声で父親がそう言うと、眼の前にいる父親の姿がゆっくりと消えていく。

 そうして、完全に透明になった。


「それどうやってるの?」

「結界内にいる人間の認識から外れるようにしたのだ。いまイツキはパパの姿を見ているが、それをパパだと認識できない状態にある」

「…………」


 何を言っているのかはよく分からないが、何が起きているのかは分かるので俺は閉口。


「これを応用したのが、うちに張ってある結界だ。イツキの魔力を隠し、他の“魔”から我が家を見つからなくしている」

「……なるほど?」

「とはいえ、抜け道もいくつかあるがな」


 父親はそう言って白い息を吐き出すと「もう構えを解いていいぞ」と続けた。

 俺がゆっくりと『導糸シルベイト』を解除すると、父親が結界を消した。


 修練場の暑い空気が一気に流れ込んできて、生ぬるい空気が周囲を漂う。

 そうして、父親が続けた。


「とはいえ『恣術しじゅつ』を使うには『界術かいじゅつ』を使いこなせるようになってからだ。練習するぞ、イツキ」

「分かってるよ、パパ」


 俺は静かに頷く。頷きながら、考える。


 『界術かいじゅつ』と『恣術しじゅつ』を効果的に使うにはどうすれば良いのか。

 そもそも『結界の中に使うルール』はどういうものにするべきなのか。


 それを考えながら『導糸シルベイト』を編んでいると、修練場の扉が開かれた。


「お兄ちゃん。ニーナお姉ちゃんから電話かかってきたよ!」


 ぱっと後ろを振り返ると、そこにはスマホを持ったヒナがいた。









――――――――

《あとがき》

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