第5-36話 晴れ、時々
しばらくの間、沈黙があたりを支配していた。
アスファルトの道路に着地した宗一郎は
彼はそれを『
そこには雲のような灰色と、晴天のような青が混ざりあった遺宝がアスファルトの上で光っている。
……勝った。
勝利の実感がじわじわと足元から這い上がってくると共にこみ上げてきたのは嬉しさではなく安堵であった。
『第六階位』を相手にとって誰も死ぬことなく切り抜けた。
そのことに、たまらないほどの安心を覚えて宗一郎は思わずその場に座り込んでしまいそうになった。
しかし、そんなことをやっている場合ではない。
やるべきことが山のように残っているのだ。
無茶な使い方をした刀の手入れがいる。
また『重い雨』や『暴風爆弾』により木々は吹き飛ばされて山肌が見えているところもある。
そこへの植樹、あるいは
それら全てを『
「…………」
宗一郎が線を頭上に持ち上げると、そこには空に浮かび続けるニーナと彼女の側に浮かぶ竜の妖精……彼女の言葉を借りるなら『イフリート』がいた。
宗一郎が知っているイフリートとは全くの別物だが、その疑問を解消するのは後だろう。
そう、問題とは彼女のことだ。
“魔”にトラウマをこじ開けられ、魔法が使えないほどの深い心傷を負った子ども。
それが立ち直っている……ように見える。
本当に立ち直っているのか、そう見えているだけなのかが分からないのだ。
とはいえ、彼女はモンスターを前にしたら魔法も使えないほど怯えていた。
その怯えがなくモンスターを祓わんと立ち向かっただけでも、乗り越えたのではないかと思ってしまうが……それは自分の願望なのだろうか。
宗一郎がそう自問自答していた、まさにその瞬間だった。
――ゴォォォオオオオオンンンンンンン!!!!
「……ッ!?」
突如として、鐘の音が鳴り響いたのは。
そして、その異変に対処する暇もなく
どこまでも晴れ渡った空にヒビが入るとともに、その瞬間、ふ、とあたりが暗くなる。
空の割れ目が、ぐわ、と無理やり開かれるとそこから
当然、人間のものではない。
指の一本ですら10メートルを遥かに越さんとするほどの長さを持った巨大な手のひらが、ぱっくりと開くと
それに気がついたのは、宗一郎だけではない。
ニーナも同じくして振り向くと、彼女はイフリートに何かを命じるように指を巨大な腕に向かって伸ばした。
それは明らかに“魔”を祓うための動き。
ニーナが立ち直ったことを頭の片隅で理解しながら、あまりの無謀に宗一郎は叫んだ。
「逃げろッ!」
その声が届くよりも先に、空を駆けていたニーナの姿が消えた。
――――――――――――――――――――
真っ白になった視界が戻るなり、見えたのは一本として普通の木が残っていない荒れ地だった。
「……えぇ?」
思わず声が漏れる。
周りを見れば石造りの井戸や、山小屋だったと思われる建物の基礎とか、頭から地面に刺さっている1つ目の少年のモンスターがいた。
多分、鍛冶師の
まるで、とんでもない嵐が吹き荒れたかのような光景にしばらくの間、理解が追いつかずに首を傾げる。
モンスターの襲撃だろうか。
いや、でも工房には結界が貼ってあったはずだ。見つけられるはずがない。
状況を理解しようと頑張るが、何も情報がないので理解のしようもない。
俺はすぐに考えることをやめて、地面に刺さっている1つ目のモンスターに話しかけた。
「大丈夫?」
『……へぃ』
声をかけるなり、疲れ切った声が返ってきた。
そして、彼は『よっこらしょ!』と言いながら頭を地面から引き抜く。
その土だらけの顔で、俺を見た。
『坊っちゃんも無事ですかい?』
「うん。僕は、平気だよ」
自分の身体を見回すが、特に傷らしい傷もない。
首にかけたネックレスにはいつのまにか雷公童子と化野晴永の遺宝が戻っている。
他におかしなところが無いか探していると、ふと自分が何かを握っていることに気がついた。
「……?」
自分のことなのに今のいままで気が付かないというのも変な話だが、まるで起きたばかりの感覚……と言えば分かるだろうか。布団や毛布を起きたときにはもう握っていて、それに後から気がついたような不思議な気持ち。
俺が何を握っているのか確認しようとした瞬間だった。
とんでもない鐘の音が響いたのは。
――ゴォォォオオオオオンンンンンンン!!!!
「何の音!?」
『な、なんですかい!!?』
ばっ、と2人して同じ方向を見る。
すると、そこには割れた空とそこから伸びる巨大な腕――そして、
「ニーナちゃん!?」
ぐるりと両目の前に円形に生み出した『
なんで空を飛んでるんだ――?
という当たり前の疑問を頭の端っこの方に流しつつ、俺は右手で『
そのまま引き寄せようと思ったのだが、想像以上に強く引きすぎてニーナちゃんの身体がバランスを崩した。
「……ッ!」
まずい、と思った瞬間に俺は駆け出していた。
両足に『
ぐん、と身体が重力を置き去りにするのを感じながら俺は宙に飛び出した。
しかし、それも想定していた倍の勢いで跳んでいる。
……魔法の威力がちゃんと制御できていない。
歯噛みする。
理由は単純だ。まだ俺の身体を覆っている濃い仙境の魔力。
このせいで、普段の感覚で魔法を使うと大幅に強化されてしまうのだ。
そのアンバランスな状態に少しだけストレスを感じながら、それでも空中でニーナちゃんをキャッチ。
「……イツキ!?」
「ごめん、遅くなった」
ニーナちゃんを落とさないように両腕で抱きかかえた瞬間、ようやく俺に気がついたのか明るい声を出す。
そんなニーナちゃんの側には、不思議な女の人がいた。
頭から角を生やし、まるで炎のように揺らいでいる女の人が。
しかしその人は俺が視線を向けると同時にふっと消えた。まるで妖精のように。
俺は再び視線を前に戻すと、空から降ってきている巨大な腕を見た。
腕は真っ直ぐ地面に向かって伸び続けており、その真下には父親がいる。
いや、まじでどういう状況なんだこれ。
よく分かっていないまま、とにかく俺は巨大な腕に向かって魔法を使った。
「――
キュドッッツツツツ!!!!!!
加速とともに放った極小の黒月が、肉と骨を跡形も残らず飲み込んで巨大な腕に大きな穴を空ける。
しかし、大きすぎるからか腕の全てを一撃で持っていけなかった。
巨大な腕は皮一枚で繋がるとぶらり、と一度宙をさまよい、勢いそのままに皮が千切れて地面に向かって落ちる。
千切れた瞬間、肘から後ろが凄まじい勢いで空に引っ込んだ。
引っ込むと同時に、空の亀裂が塞がっていく。
一体何が起きているのか分からないまま、落ちる腕が父親に当たらないよう俺が『
煌めきと同時に、父親の『
父親が何をしようとしているのか……その意図を読み取るよりも先に、ひゅぱ、と空気の斬れる音がした。
「……?」
音が鳴ってから、瞬きすると地面に向かって落ちた腕が見事に両断された。
数十メートルはあった腕が真っ二つになると、どぱ、と空中に真っ赤な血が花火のように破裂する。しかし、返す刃で父親はその血液すらも両断した。
父親の手によって両断された血液は真っ赤な雨を降らせて川と道路を染めあげる。
それと同時に両断された腕が川と山際に激突。川をせき止めて、ガードレールを引きちぎってから、轟音を立てた。
「……すごい」
ぽつり、とニーナちゃんが呟く。
今まさにそんな離れ業をやってのけた父親は、素早く納刀すると地面に向かって落ちる俺たちに向かって両腕を伸ばす。
その両腕に『
空から落ちてきた俺たちを、まるでそうと感じさせずに強く抱きしめた父親は俺の頭をそっと撫でてから微笑んだ。
「よく帰ってきたな、イツキ」
「うん」
父親に抱きしめられながら、俺は頷いた。
「ただいま、パパ」
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