第4‐34話 パペット・ラペット・マリオネット:下

 目の前に『朧月』が迫る。

 ゆっくりと、漆黒の球体が目の前に迫ってくる。


 一歩誤れば死んでしまうというのに、それに恐怖は覚えない。

 それよりも目の前にいるモンスターに対しての怒りが勝っている。


「任せてって……でも、イツキ。魔法が……」

「覚えてる? ニーナちゃん」


 俺は未だ、魔法が使えない。

導糸シルベイト』を編もうにも魔力が散ってしまったことからも分かるように、俺は『朧月』の影響範囲にいて、魔力が組めないのだ。


「僕が前に魔法使えなくなったこと」


 1年前。

 まだ俺がニーナちゃんと出会ったばかりの頃。


 ニーナちゃんのモンスターに対するトラウマを払拭するべく、学校でモンスターと戦っている時に突如として夜の学校に閉じ込められたときのことだ。閉じ込められた先で、魔法が使えなくなったことがあったのだ。


 何故、使えなくなったのか。


 それはイレーナさんが教えてくれた。

 俺の魔力を打ち消し合う逆位相の『導糸シルベイト』。

 つまりは、黒く染まった『導糸シルベイト』だ。


 それを思い返せば、どうして『複合属性:夜』に捉えられたら魔法が使えなくなるのかも分かる。あれは五属性を掛け合わせることで魔力の波長がめちゃくちゃになって、捉えられた人の魔法が打ち消されることで使えなくなる。


 だから、ずっと……ずっと不安だった。

 もし『朧月』や、魔法の打ち消しディスペルを使うモンスターが出て来た時に、俺はちゃんと祓えるのだろうかと。

 魔法は打ち消され、手も足も出ずに、殺されてしまうだけではないのかと。


 だから、カウンターが必要だった。


 必要なものは打ち消し効果を上回る圧倒的な魔力。

 朧月に限って言えば通常時の81万倍という魔力を超える魔力が必要になる。

 なるのだが、逆に言えば


 だからこそ、俺はカウンターを用意できた。

 『朧月』へのカウンターが。


 それを使う時が、今だ。


「――『来い』」


 俺はニーナちゃんを片手で支えながら、勢いよく真下に手を伸ばした。


 どろり、と俺の影が溶ける。

 俺の影を“核”にして、その周りを固体化しそうなくらいの圧倒的な魔力でコーティングする。そうすれば『朧月』の逆位相の魔力を打ち消してなお、余りある魔力が妖精になるのだ。


 影を基に生み出す妖精。


 ――シャドウ。


 そして俺の生み出した妖精が地面を走るとミノムシみたいなモンスターが生み出した『朧月』に手を伸ばした。


『あーらら!』『泣きの一手かな?』『子供の浅知恵かもね』『朧月はね』『近づくものを粉砕して』『飲み込んじゃうんだよ?』


 モンスターの色んな声が耳に届く。

 腹立たしい声が耳に響く。

 

 『朧月』の性質なんてモンスターから説明されるまでもなく分かっている。

 あの魔法は近くにあるものを全部粉々にして飲み込む。飲み込む過程で黒い球体を覆い隠すからこそ、月に見えるのだから。


 そんなモンスターの言葉を裏付けるように、シャドウの手がバラバラになっていく。

 細かく砕け散って『朧月』に飲み込まれていく。


『ほらほら!』『ほらね!』『君の魔法は』『絶対なんだよ』

「絶対だったら、良かったんだけどね」


 俺がそう返した瞬間、シャドウが『朧月』を

 掴むと同時に、影の世界に落とし込む。

 モンスターを送るのではなく、魔法を送る『影送り』。


『『『…………?』』』

「ふたつ、教えてあげるよ」


 『朧月』に向かって地面を蹴ったことにより、俺の身体は加速している。


「ひとつ」


 急に無くなったとしても、慣性は残る。

 だから俺の身体は『朧月』の奥にいたモンスターに向かい続ける。



 影の妖精、シャドウ。

 彼らは影から身体を起こして現実世界で身体を持つように見えるのだが、あれは逆。彼らにとっては現実世界の身体が影で、影が本体だ。


 だから『朧月』に手を伸ばしてバラバラになったとしても――いや、むしろバラバラになるから、影の範囲が広がる。広がれば『朧月』の影をシャドウで覆うことができる。そして、覆うのであれば『影送り』ができる。


 どこまで言っても簡単な理屈。


「そして、これが2つ目」


 俺が手を伸ばす。

 伸ばした瞬間、俺の影がミノムシのようなモンスターの影に重なる。


「影の世界で、魔法の性質は反転するんだ」


 ずちゅ、と湿った音が鳴った。

 目の前にいるモンスターを見れば、影同士が重なっていた場所……モンスターのど真ん中に、まるでコンパスでぐるりと円を描いたみたいな穴が空いていた。


 のだ。


「ほらね?」

『……っ!』『朧月は』『最強』『だろうに!』

「もしそうならさ」


 俺がやったことは2つ。


「僕は今頃、魔法の練習はしてないよ」


 まず1つ。妖精魔法を使って、モンスターの『朧月』を影送りにした。

 そして2つ。影の世界の『朧月』を限定的にモンスターの身体に放った。


 そうすれば魔法の性質が反転し、あらゆるものを弾き飛ばす斥力の塊がモンスターの身体を吹き飛ばすのだ。だから、モンスターの身体に穴が空いた。


 それは『朧月』の真反対。

 だからこそ、その魔法の名前を、


「『白陽ビャクヨウ』って言うんだ」

『『『…………ッ!』』』


 その瞬間、仮面たちの表情が歪んだように見えた。

 見て分かるほどの怖気。


「ああ、それと」


 足が動く。声が大きくなる。


 ニーナちゃんが安心するように。

 こんなモンスターなんて、取るに足らないんだと教えるように。


「僕はまだ『朧月』が使えるから」


 言うと同時に、俺が『朧月』を放つべく『導糸シルベイト』を撃とうとした瞬間に、モンスターが踵を返した。


『魔法を教えてくれたお礼に!』『私からも一つ』『大事なことを教えよう』


 返すと同時に凄まじい勢いで、俺の身体が弾かれた。

 俺の身体が後ろに飛ばされると同時に、まるで紙を畳み込むように目の前の景色が遠ざかっていく。


 遠ざかりながら、モンスターの声が響く。


『危険な時にはね』『逃げるが』『勝ちなんだよ!』


 俺が魔法を撃つよりも先。


「……逃さない」


 ずっと抱きかかえていたニーナちゃんが、ぽつりと漏らした。


「『私の前に』」


 ニーナちゃんが叫ぶ。


「『連れてきなさい!』」


 きぃん、と音叉のような音が響く。


 その瞬間、世界に溢れ出すのは1匹のピクシー。

 だが瞬きすると同時に、それが2匹になり、4匹になり、8匹になっていく。息をするたびに、身体を動かすたびに、増えていく。まるで海のように。


「……っ!?」


 俺はそれに言葉を失うほど驚いた。

 ニーナちゃんがそんな無数の妖精を生み出すことなんて初めてで、


『妖精たちが』『何匹繋がったところで』『私たちの敵には……!』


 ピクシーが一匹、ミノムシみたいなモンスターに食いついた。

 それを皮切りにニーナちゃんが生み出した全てのピクシーがモンスターの身体を掴む。その瞬間、遊園地が元の景色に戻る。


 戻ると同時。数の暴力によって逃げ切れなかったミノムシみたいなモンスターが俺たちの目の前に連れてこられる。


『……!』『こんなこと』『やめようじゃないか!』『楽しくないよ』『ワンダーランドも無いよ』


 モンスターが身体をよじる。

 よじりながら、激しく叫ぶ。


『私がここで死ねば』『この遊園地せかいは消えちゃう!』『もったいないよ!』


 キンキンと、頭に響くモンスターの声。


「イツキ。魔力はまだある?」

「うん。あるよ」

「じゃあ、お願い。全部、祓って」

「任せて」


 逃げないことが分かっているのであれば、『朧月』を使える。

 そう思った俺が『導糸シルベイト』を伸ばそうとした瞬間に、カタカタと震えている仮面たちの姿が見えた。恐怖に震えるモンスターの姿が見えた。


 そのあまりにも自分勝手な姿に、俺は怒りを一周して疑問が湧いた。


「誰かが死ぬのが、面白いんでしょ?」


 だから俺は『導糸シルベイト』を編みながら、モンスターに告げた。


「だったらさ、笑いなよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る