第4-27話 ワンダーランド

「……なに、これ」

「遊園地……? なんで……?」


 俺とニーナちゃんが合わせて疑問を呈する。


 アルミの扉の先に見えているのは巨大な観覧車。多分だけど、数百mくらいはある。

 そんな観覧車の周りには蛇のようにジェットコースターのレールが走っていて、手前には俺の身長の三倍くらいあるんじゃないかと思うような馬が回り続けている巨大なメリーゴーランド。


 さらに奥の方には巨大な船が振り子のように振られていて、その隣にはUFOみたいに回転し続ける回転ブランコがある。


 俺たちは不思議に思いながら階段を登って、扉の先を見た。


 そこには夕暮れの中、地平線のどこまでも遊園地が広がっていた。


「……夢、かしら」

「ううん。違うと思う……」


 ニーナちゃんが小さく呟く。だが、俺としてはその可能性は低いと思う。

 夢にしてはあまりにリアルだし、ニーナちゃんと俺が同じものを見ている説明がつかないからだ。


 思わず俺は『導糸シルベイト』を伸ばして、扉を閉めた。

 その途端、まるでさっきまでの遊園地が嘘みたいに姿を消して、アルミの扉の向こうから昼の太陽が差し込んでくる。


 間違っても、さっきまで見ていたような夕暮れの景色は曇りガラスの向こうには見えない。


「……なんだったの?」

「分かんない……」


 異様な光景に思わず戸惑う。

 けれど扉に書かれている赤文字の『Welcome!』は未だに健在で、


「……もう一回、開いてみよっか」


 俺は再び『導糸シルベイト』で扉を開いて、その先にある大きな遊園地を眺めた。

 

 夕暮れの遊園地の空には色とりどりの風船が無数に浮かんでいる。いや、空中にとどまっている。まるで見えない天井でもあるかのように、ある一定の高さで止まっていた。


「やっぱり、遊園地だ」

「……ここに学校のみんながいるのかしら?」

「どうだろう……? 僕たちが来いって言われてるだけだし……」


 教室にあった文字、そして扉の前に書かれている文字。

 どちらも屋上に来いと言われているだけで、そこに学校のみんながいるとは書いていなかった。


 書いていなかったのだが、他に行く先もないのは事実。


「そうよね。他に誰もいないみたいだし」


 ニーナちゃんは俺の服を掴んだまま、魔力を手元から生み出した。

 その瞬間、魔力のモヤは形つくると小さな妖精たちになる。俺がさっき生み出した妖精と同じ。『レプリコーン』だ。


 それも十体近くいる。


「他に人がいないか見てきて」

『はーい!』


 俺が生み出したレプリコーンたちと違いニーナちゃんの生み出すレプリコーンは陽気な返事をすると、勢いよく駆け出していった。


 すたたた、と勢いよく駆け出したレプリコーンたちを眺めながら、俺たちは扉の前で立ち尽くす。


「でも、モンスターはいないのね」

「うん?」

「見て。どこにもモンスターはいないでしょ?」


 ニーナちゃんに言われて遊園地の中を改めて見てみる。

 確かに遊具は動いているのだが、逆に他には動いているものはない。


 人もいないが、モンスターもいないのだ。

 それを奇妙に思っているとニーナちゃんの肩に載っていたレプリコーンが口を開いた。


『ニーナ! ニーナ! 何もいないよ! まっさらだ!』

「まっさらじゃないでしょ。建物はあるんだから」

『そう! そう! まっさらじゃない! でも、誰もいないよ!』

「そう……」


 ニーナちゃんは困ったように小さくため息をついた。

 四方八方に散らばっていったレプリコーンたちが1体も見つけていないということは、本当に何もいないのだろうか。


 そんなこと、ありえるのか?


 なんて、そんなことを扉の前でつらつらと考えていた次の瞬間、どん! と、俺たちは強く背中を押されてた。


「えっ、なに!?」


 急な衝撃にニーナちゃんが素っ頓狂な声をあげた。


 あげながら俺たちの身体が前につんのめる。

 扉の敷居を超えて俺たちの身体が遊園地に入る。

 空中で身体を捻って後ろを振り向く。


 そこには遊園地のゲートに挟まるようにしてぽんと設置してあるアルミの扉。まるでそこだけコラ画像のように浮いていて、扉の中には一体のモンスターがいた。それはまるで生花のように生えている人間の腕。


 モンスターのくせに、こちらには欠片の殺意も向けず、元気に手を振る。


『いッてらっしャ〜イ』


 手のひらが、ばかっと開いて口が現れると、そんな遊園地のキャストのようなことを言いながら扉を閉めた。


「……ッ!」


 早撃ちクイックショットの要領で『導糸シルベイト』を放つ。

 だが、俺の『導糸シルベイト』がドアノブを掴むよりも先に、モンスターが扉ごと


 代わりに残ったのは遊園地のゲートと、そこから地平線の果てまで続くまっすぐな道路。


「イツキ。今のって」

「……閉じ込められたみたい」

「そんな……」


 ニーナちゃんの顔がゆっくりと暗くなっていく。

 ひそめていた眉は解け、逆に不安を示すかのようにゆっくりと開くと、ニーナちゃんの呼吸が僅かに浅くなった。


 ひゅう、と息をしているのに空気が抜けているような音を聞いて、俺は慌ててニーナちゃんの手を取った。


「大丈夫。ここから出る方法はあるはずだから」

「ど、どうやって……」

「……とりあえず、歩いてみよう」


 俺はそう言うと、ニーナちゃんの手を引いた。

 特に策があるわけではない。


 ただ――この『遊園地』にはモンスターがいる。

 間違いなく、いる。


 学校内にモンスターが溢れ、他のみんなが消えた理由もこの『遊園地』にあると考える方が道理に叶っている。そう、思う


 この遊園地が『何か』は分からないが、こんな変なことができるのは魔法だけだし、そしてこんな変なことをするのはモンスターに決まっている。そう考えると、遊園地の中を歩けば向こうから姿を現してくると思っていたのだが、


「……ん」


 俺がその考えを達成するよりも先に、太陽が沈んだ。


『おっとおっと!』『もう夜だ』『早いね、早いね!』


 沈むと同時に、空から声が降ってきた。


『お客さんもいるよ』『侵入者じゃないの?』『よく見なよ!』『子供じゃないか』『子供はみ〜んな』『お客様!』


 俺がそのモンスターを見て最初に思ったのはミノムシみたいだな、というぼんやりとした感想だった。


 全身に『導糸シルベイト』を巻き付けて、黒い布で全身を縛り付けたモンスターが空中に浮かんでいる。しかし、天井に向かって『導糸シルベイト』が伸びていて、浮かんでいるというよりも吊るされているように見えた。


 そして、黒い布の間からは無数の仮面が見えている。


 そう、お面だ。

 日本のお面と思われる鬼の面、翁の面、能の面、狐の面。その隣にあるのは……知ってるぞ。俺が印刷会社で働いている時に、大学の学祭で使うからと受けて刷ったポスターに載っていた仮面。ヴェネチアンマスクだ。


『ようこそ!』『ようこそ!!』『歓迎するよ!』『いらっしゃいませ!』


 そんな色とりどりの仮面を全身に貼り付けたモンスターが、いつの間にか浮かんでいた満月を背にして浮かぶ。浮かびながら、身体中に貼り付けられている仮面が口々に騒ぎ立てる。


『ここは幸せの国』『君たちだけの世界』『夢の世界なんだよ!』『ワンダーランドさ!』

「僕たちを、誘ったのは……なぜ?」

『何故?』『なぜ?』『不思議な質問だ!』


 俺の質問に複数の声が返ってくるので、なんだか変な気持ちになる。

 

『子供はみんな』『幸せになる』『権利があるのさ』『アハハ!』


 そう言いながら仮面が回る。ぐるりと回転する。


『けど今は』『夜だよ!』『もう夜だ』『暗いね』『怖いね!』


 モンスターたちの声を聞きながら、距離を測る。

 空中に浮かんでいるから距離が測りづらいが、おそらくは数百メートル。


『夜はね』『寝る時間だよ!』『子供は寝るんだ』『夢の時間だ』『夢の世界だ!』


 だったら、『朧月』でいける。

 そう思って『導糸シルベイト』を伸ばそうとした瞬間、


『『『『眠れ』』』』


 俺の意識が、遠のいた。

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