第4-17話 夢の終わり

 ゴンドラの消失や、俺たちが観覧車から飛び降りたことは一瞬にして遊園地の職員たちに知れ渡ったらしい。


 らしい、というのはモンスターを祓った後の詳しいことを俺は全く知らないからだ。

 後処理係……と呼んで良いのか分からないが、一緒に来た黒服のお兄さんに全ての面倒事を任せたからである。


 というか本人が『これが私の仕事なので』と言って、引き受けてくれたのだ。


 そういう訳で仕事が終わった俺とニーナちゃんは、お兄さんの仕事が終わるのを待つのも兼ねて遊園地を1日かけて楽しんだ。


 まだ乗っていなかったアトラクションに乗ったり、貰ったお小遣いでお菓子を食べたり、記念撮影をしたりしたのだ。


 正直、前世では遊園地で遊ぶ人の気持ちがよく分からなかった。


 だってアトラクションなんて1回乗れば飽きるし、人は多いし、歩けば疲れる。

 そんなところに自分から進んで遊びに行くなんて、と思っていたのだ。


 けど今日1日ニーナちゃんと遊んでその考えも少しずつ変わっていった。


 アトラクションは1回乗ったら確かに飽きるかも知れない。

 だけど誰かと乗って一緒に遊べば飽きないし、人は多いけど待ち時間に友達と喋れば時間が一瞬で消える。歩いて疲れたら休むために、おやつでも食べれば良い。


 そんなことを思ってしまうと、俺が前世で遊園地を楽しめなかったのは友達がいなかったからなんだろうという結論を出さざるを得なかった。嫌な結論だ。

 

 それに考えが変わったのはそれだけじゃない。


 魔法の練習や身体を鍛えるのをたまには休んで、誰かと一緒に遊ぶのも良いなと思ったのだ。

 

 死なないために、そして誰かを死なせないためにと今日まで休むこと無く鍛え続けてきた。でも、それだけでは何も楽しい思い出なんて残らない。今更ながら、そんな当たり前のことに思い当たった。


「ねぇ、イツキ。このストラップとか良いんじゃない?」

「ちょっと小さくないかな?」

「そう? じゃあ、こっちの大きい方にする?」


 俺たちがいるのはお土産売り場。

 ヒナや母親に何かを買っていこうと思ったのだ。


 何を買おうかをニーナちゃんと選んでいると、なんと閉園を知らせる音楽が鳴り出した。

 周りの家族連れがその音楽に急かされるようにして、慌ててレジに向かい出す。


 俺も急いで選び終えようと、グッズに向き直ったタイミングで、ニーナちゃんがぽつりと漏らした。


「観覧車。結局、ちゃんと乗れなかったわね」

「……うん。そうだね」


 ニーナちゃんの言葉を、俺はゆっくりと肯定した。

 つい数時間前に着ぐるみのモンスターと戦った観覧車は運転停止中。


 グッズたちの向こう側にある観覧車を見てみると、そこには1箇所だけゴンドラが無くなった観覧車が夕暮れの光を反射していた。


 ゴンドラの欠けた観覧車は『危険だから』という理由で俺たちが乗った回を最後に運転を停止したのである。

 あるべき場所に必要なものが足りないという光景が、なんとなく歯が1本欠けた人の口の中を想像してしまう。


「でも、途中まででもニーナちゃんと一緒に乗れたし、楽しかったから良いよ」


 俺は観覧車を見ながらそんな差し障りのない答えを返す。


 それにしても観覧車が運転を停止した時には『不慮の事故により』というアナウンスをしていたが、遊園地に来ていた人たちの中にはゴンドラが消える瞬間を見ていた人も少なからずいるだろう。


 こんな感じでモンスター相手に白昼堂々と魔法を使われると、俺たちが何のために魔法を隠しているのか分からなくなる。

 いや、まぁ今回は緊急事態と言え俺も衆人環視の中で魔法を使ってしまったので他人事ひとごとではないのだが。


 そんなことを考えながら、俺は遊園地のマスコットキャラクターのぬいぐるみをヒナに買うことに決定。母親用にはお菓子の詰め合わせパックにした。


 ちなみにニーナちゃんもイレーナさん用に同じものを買っていた。

 俺たちはお土産を同じ袋に入れてもらって、お土産売り場を後にする。


 そして、遊園地の出口に向かった。

 そこが黒服のお兄さんとの待ち合わせ場所だからだ。


 ゆっくりと太陽が建物の向こう側に沈んでいって、影が間抜けみたいに伸びていく。

 俺はニーナちゃんが買ったお土産が落ちないように、袋を強く握り直すとふと尋ねた。


「そういえばなんだけど、ニーナちゃん」

「どうしたの?」

「『仕事』で遊園地に来たことあるって言ってたでしょ? あれ、誰と来たの?」

「私、そんなこと言った?」

「うん。観覧車に乗った時に」


 ニーナちゃんが首を傾げるが、俺としてはずっと気にかかっていたところだ。

 だってニーナちゃんは魔法を教えてもらい出した後にイレーナさんに拒絶されていた期間がある。


 その拒絶期間に、イレーナさんがニーナちゃんを連れて遊園地に『仕事』をやりに来るわけがないのだ。


 だから、誰と来たんだろうというのが引っかかっていた。

 けど、肝心のニーナちゃんは首を傾げるだけ。


「うーん……覚えてないわね。だって私、仕事はイツキとしか来たことないもの」

「……だよね」


 ということは、ニーナちゃんの勘違いだったんだろうか。

 

 俺は追求の手を止めると、ついでに足も止めた。

 お兄さんとの待ち合わせ場所である出口に着いたのだ。


 けど、そこは遊園地を楽しんで帰ろうとする人たちでいっぱいで、とてもじゃないが黒服のお兄さんをすぐに見つけられる状況じゃない。


 俺とニーナちゃんはしばらくキョロキョロと人混みを見渡したが、やっぱり見つからず思わず口にした。


「いないね」

「そうね。まだ仕事してるんじゃない?」


 さらっと答えたニーナちゃんに、俺はあいまいな頷きを返す。


 観覧車から無くなったゴンドラのことや、俺が空中から飛び降りたのに無事なことをスタッフにの人に『魔法』という言葉を使わずに説明するのがお兄さんの仕事らしい。


 確かに時間がかかりそうだ。


 自分で魔法を使っておいて何だが、俺はそれらの出来事をスタッフの人たちに上手いこと説明できる気がしないし、それで納得してもらえる気もしない。


 そう考えるとお兄さんには申し訳ないことをしたなぁと、思ってしまう。


 とはいえお兄さんの仕事が終わっていないんだったら待つしか無いということで、俺たちは人混みから少し離れた場所に陣取って、お兄さんがやってくるのを待つことにした。

 

「楽しかったね、ニーナちゃん」

「そうね。また来たいわ」


 ニーナちゃんと雑談に花を咲かせながら暇を潰していると、人混みの足元に青い色のウサギのぬいぐるみが落ちているのに気がついた。


 とても小さいぬいぐるみで、ストラップくらいの大きさしかない。

 似たようなぬいぐるみをさっきのお土産ショップでニーナちゃんから勧められたので、同じ店で買った誰かが落としてしまったのだろう。


 道行く人はそれに気が付かずに、次々とぬいぐるみを踏んでいく。

 可哀想だな、と思っていると30歳くらいの男性が気づかぬ間にウサギを蹴って地面を転がっていった。


 ぬいぐるみはくるくると回転しながらレンガの上を転がって向きを変えていく。

 その動きが止まるのを暇つぶしがてらじっと見ていると、つぶらな瞳と思わず目が合った。


 清掃の時に誰かに捨てられてしまうんだろうか。

 それとも、拾う誰かが出てくるんだろうか。


 そんなことを考えながら人混みがはけていくのを見ていると、ふっとぬいぐるみが


 立ち上がってから、ぽふぽふとその柔らかそうな手を打った。


『やァ! やァやァ! おめでとう! よくその歳でボクの作ったモンスターを祓ったね』


 拍手しながら、口を開いた。


『ボクの名前は……おっと。名乗るほどのものじゃあないから、好きに呼んで良いよ! 今の姿は、ちょっと酷いね。これじゃあ良いあだ名も難しい。青いウサギで、アオウサとかどうかな? アハハ! 魚の名前みたいだね』


 ぬいぐるみは自分の身体を見下ろしてから高笑いするとそんなことを言った。

 喋っている雰囲気からして、ピンクのウサギとは違うモンスター。


『まァ、呼び方なんてどうでも良いけどさ』


 反射的に『導糸シルベイト』を生み出した瞬間、


『みんなボクのこと劇団員アクターって呼ぶから、それでも良いよ』


 やけに芝居がかった仕草で、ウサギのぬいぐるみはそう言った。







――――――――――――

【あとがき】

なんとこの度、この作品が総合年間1位となりました!

ここまで来れたのも、支えていただいた読者の皆様のおかげです。

本当にありがとうございます!!


これからも凡人転生をよろしくお願いいたします。

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