第4-07話 ガムの味
イレーナさんが帰ってこないままやってきた土曜日。
俺は久しぶりに『
どうして急にそんな話がやってきたのかというと、元はと言えば父親が食い止めていたのだ。
食い止めていたのだが、ここ最近のモンスターの増加で本当に人手が足りなくなったらしい。祓魔師の人手不足、ここに極まれりである。
しかし、それも仕方ないよなぁ……と思いながら、俺はアカネさんに尋ねた。
「……僕もパパみたいに仕事するってことですか?」
「まぁ、平たくいえばそういうことになるの。無論、こちらでもいくつかの配慮はするが」
「配慮って……?」
「初めて1人で仕事をする祓魔師は、基本的にバックアップをつけるものよ。例えば救援隊や、治癒師とかの」
そういうアカネさんは立膝のまま、お茶をすすった。
マナーという概念が抜け落ちているかの態度だが、それが不思議とよく似合った。
ちなみに最初は金髪だった髪は、俺が小学校に入学するときにピンクの髪へと移り変わり、今は輝くような銀髪である。
本人が楽しんでいるなら良いと思うのだが、仮にも巫女っぽい格好をしているのに髪の色で遊ぶのはどうなのか、なんてことを思ってしまう。
「普通であれば15から本格的に魔祓いを始める。しかし、イツキほどの実力であれば魔祓いに出てもおかしくはなかろうて」
「待ってください」
それに口を挟んだのは、俺の隣に座っている母さんだ。
ちなみに、ヒナとニーナちゃんも一緒に『
ニーナちゃんには、別室でヒナの相手をしてもらっているが。
「イツキはまだ子供です。仕事をするには、早すぎです。それに、宗一郎さんに相談もしていないのに……」
「そうは言うがの、
「で、でも……。あの人の時とは状況が違います」
そういって食い下がる母さん。
てか、父親は10歳の時から仕事をしていたのか。
道理であんなに手慣れているわけだ。
「うむ。確かに宗一郎の状況とは違う。しかし、イツキは宗一郎の時と比べて階位も経験も違おうて」
「……それは」
アカネさんの言葉に母さんが口ごもった。
経験、というのを出されると俺も弱い。
だって俺は『雷公童子』を祓っていて、『
「第六階位を2体も祓い、今の時点で
「……」
「
「…………」
「いつか、イツキとて一人立ちをする時が来る。そのために、1人で立つ経験をさせておくのも年長者の努めというものではないのか」
「……でも、まだイツキはまだ7歳で」
「分かっているとも。だから支援をすると言っているのだ。とはいえ、これを最終的に決めるのは、イツキであるがの」
そう言ってアカネさんは、俺の方を向いた。
母さんと口論をしていたのだから、最後まで母さんと話すんだと思っていた俺は急に話を振られて、びっくり。
「……僕が決めるの?」
「まあの。まだ仕事をするのが早いと思うであれば引けば良い。だが、やってみたいと思うのであれば、それを経験してみるのも1つの手であろう」
「う、うん」
そう聞かれて、俺は黙り込んだ。
素直な気持ちで言うと、1人で仕事をするのは怖い。
何が怖いってモンスターに殺されてしまうかも知れないってのが怖い。
それは死の恐怖だけど、それと同じくらいにあるのは未知への恐怖だ。
これから初めてのことをやる。
それが怖いのだ。怖いというよりも、不安と言ったほうが近いかも知れない。
そうだ、俺は不安なのだ。
これまでは父親の仕事の見学をした。
レンジさんと一緒に仕事をした。
イレーナさんに付いて田舎まで行った。
全部、経験者が一緒にいた。
俺1人で仕事をしたことなんてなかった。
だから、不安なのだ。
「その顔、迷っておるの。仕事が不安か?」
アカネさんにそう聞かれて、俺は頷いた。
それに、アカネさんはからからと笑った。
「そうであろう。そうであろう。初めての仕事が不安でない者はおらん。しかし、何事も最初は経験よ」
「あの……」
「どうした」
「もし、僕が仕事をするなら……どんなモンスターになるんですか?」
「そうじゃの。直近で言えば、これかの」
アカネさんがそう言いながら取り出したのはタブレット。
ここでもタブレットかぁ……と、思いつつアカネさんからPDFを見せられた。
そこには住所と、建物の外観が映っている。
「廃工場に巣食っておる“魔”でな。何らかの血を絞って、無差別に送りつけておる。先日、食品会社の社長から『会社の名義を使って変な商品が届けられている』と警察に連絡があったそうでな。調べてみると、この通りよ」
あ、その話……。
俺は知っている話がやってきて、思わず顔を上げてしまった。
忘れもしない。今週の話だ。ニーナちゃんと帰宅しているときに話しかけられた社長が巻き込まれていた事件である。
「階位は『第二階位』。ただ、この“魔”は血を絞っておるだけでな。商品を配っているものは別におる。そっちの方は『第三階位』。仕事をするのであれば、当然に報酬は払うつもりでおるが……どうかの?」
「……もし、僕がその仕事しなかったらどうなるんですか?」
「うん? 他の祓魔師が行くだけよ」
なるほど。
別に仕事として引き受けなくても困らないわけか。
だったら別に、今じゃなくても……。
そう断ろうとしていた俺の耳に、
すると、遅れてヒナとニーナちゃんの声が聞こえてきた。
「あー! 待って、ヒナ。そこは開けたらダメ!」
「にいちゃ、いるよ?」
「イツキはいま大事な話をしてるんだから、開けたらダメなの」
そんな声が聞こえてきて、再び足音が遠ざかっていく。
ヒナが別室から抜け出して、それをニーナちゃんが追いかけにきた感じだろう。
ヒナの面倒を見てもらってありがたいと思いつつ、もしこの仕事の話がニーナちゃんに来たら彼女は受けるだろうか、なんてふと思った。
ニーナちゃんなら、きっと受けるだろう。
イレーナさんに認められたくて祓魔師になろうとしていたニーナちゃんだが、その夢はまだ変わっていない。むしろ、イレーナさんと仲直りすることで、一緒に仕事をしたがってる節まである。
だから、ニーナちゃんならきっとこの仕事を受ける。
いや、そもそもだ。
そもそも『別に今やらなくても』と、あらゆることを後回しにしていたから俺は前世のような人生を送ることになったんじゃないのか。
あの何もなく、鬱屈で、灰色としていて、何かをやらなければという漠然とした不安と、今がよければそれで良いという退廃的な思考が入り混じった人生を。
自分の人生を自分で決めていなかったから、あんなことになったんじゃないのか。
もちろん今だって、死にたくないと思っている。
けれど俺は如月の家に生まれた。
いつかは絶対に祓魔師になると思っていた。
遅かれ早かれ、モンスターを祓うということを仕事にするのは分かっていた。
だから、強くなろうと思ったのだ。
そして、ついにその機会が俺の目の前にやってきた。
断っても良いんだろうとは思う。アカネさんはそう言ってくれたし、母親も乗り気じゃない。
でも、だったら俺はいつまで仕事を断り続けるのだろうとも思ってしまう。
10歳になったら引き受けるのか?
15歳になったら引き受けるのか?
いいや、そんなことは無い。
一度逃げてしまえば、そこから逃げ続けるだけだ。
そして、逃げた先に待ってるのは前世のような人生だ。
だから俺は決めないと行けないのだ。
あんな味のしなくなったガムを噛み続けるような人生を送らないために。
「…………」
俺は静かにそう決意すると、深く深呼吸をしてから頷いた。
「……僕、その仕事をやってみます」
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