第3-28話 恨み晴らさでおくべきか:下

『我を祓うと? あやかしごときが笑わせる』


 ハルナガは俺を前にして、形代カタシロを浮かべる。

 その数は10……いや、12か。


 服の中から出ているっぽいが、さっきから再現なく出てきているあたり俺はあの形代カタシロもなんかの魔法なんじゃないかと思えたりもする。


 そんなハルナガは指を振るって俺たちに形代カタシロを飛ばしながら、口角を釣り上げた。


『祓われるべきは我ではなく、其の方であろう』

「そんなわけないでしょ」


 だが、その形代カタシロの全てが凍りついた。

 魔法になる前に、地面に落ちた。


 氷雪公女の『氷魔法』。

 それが魔法になる前に、全ての攻撃を閉じ込めたのだ。


「氷雪公女はお前のせいで、モンスターになった。そして、誰も殺さなかった。普通のモンスターじゃない」

『見なかったのか? 陸奥の国の術師を2人、殺しているだろう』

「正当防衛でしょ」


 俺は、今でも時々考える。

 前世の最後、あの不気味な男に刺される前に……あの男が刃物を持っていることに気がついていたら俺は死なずに済んだのか、と。


 だが、その答えはいつだって決まっている。

 否だ。無理だ。不可能だ。


 あの異常者は俺を殺すつもりだった。

 そして、とてもじゃないが言葉が通じるような相手じゃなかった。


 だから、俺は強く思う。


 この世には、会話が通じない相手がいる。

 そんな相手がこちらを殺す気で来たのであれば、先に殺さないと……自分が死ぬのだ。


『ふむ。では、我のこれもまた正当防衛であろう』

「ううん。違うよ」


 ハルナガが放つ形代カタシロの全てを氷雪公女が封じているのを見ながら、俺は前に進む。


「お前のは、自業自得だ」


 さっきからハルナガと戦っていて、分かったことがある。


 この男、使う魔法が全て『形代カタシロ』を経由しているのだ。

 俺たちのように『導糸シルベイト』から直接魔法に変化しているわけではない。


 無駄な動作をワンクッション置いているのだ。

 だから、魔法になる前に形代カタシロを破壊してやれば……ハルナガは魔法が使えない。


 そして、それはきっと防御も同じはずだ。


「『雷檻ライカン』」


 俺が放ったのは雷の檻。


 さっきは自分を守るために使ったが、今度のは違う。

 次はハルナガを覆うようにして、雷の檻が落ちる。


『下らぬことを考える』


 そう言いながらハルナガが手元に形代カタシロを取り出した瞬間に、俺の『雷檻ライカン』が自動で反応して形代カタシロを焼いた。


 『機雷キライ』もそうだが、雷魔法は割と自動迎撃がやりやすい。


 だからこその、雷のおり

 それは俺の目論見通りに、形代カタシロを焼く。


『……ふむ』


 その時、初めてハルナガの顔から表情が消えた。

 ひょうひょうとした軽い態度が、消え去った。


『なるほど。我の守りを殺したと』

「そういうこと」


 何も出来なくなった祓魔師は、ただの人間だ。


 いや、既にハルナガは人間じゃない。

 魔法の使えないモンスターだ。


「だから後は……祓うだけだ」


 俺の言葉に合わせるように、ハルナガの足を貫いて氷柱つららが地面から生み出された。

 

「……待ちわびたぞ」


 氷雪公女がアヤちゃんの姿で、言葉を紡ぐ。


「お前を殺せるこの時をッ!」


 蒼い『導糸シルベイト』が煌めいた。

 それが氷雪公女の前で円を描くと、それに向かって息を吐く。


 『導糸シルベイト』の円を通り抜けた瞬間、息は真っ白な風になると俺の『雷檻ライカン』ごとハルナガを氷結させた。


「砕いて殺すぞ、イツキ」

「うん」


 氷漬けにされたハルナガに向かって、俺は生み出した岩を容赦なく放った。


 『隕星ながれぼし』ほど高威力ではないが、『導糸シルベイト』によって高速で岩を放つ『跳礫とびつぶて』という名前の魔法。


 相手は人の姿をしているが、蟲である。

 そして、元の人格は氷雪公女を生み出したクズである。


 ためらうことなど、どこにもない。


 俺の魔法が、氷ごとハルナガを木っ端微塵に砕け散らす……はずだった。


『今のは死んだと思ったぞ、わらべ


 だが氷は砕け散ったのに、ハルナガには一つの傷もついていない。


 ……無傷だ。


「い、イツキくん! ダメです! それじゃあ、祓えません」


 そう窓越しに叫んだのは、未だに視聴覚室にいる白雪先生。


は『呪渡のろいわたし』っ! 自分の傷を、自分と『共鳴』している形代カタシロに押し付ける……共鳴の最奥です!」

『面白かろう? この秘術。使える者は我も含めて数名ほど。準備に時間がかかるのがいささか面倒ではあるが……檻を生み出してから時間をかけすぎたな。わらべ


 ……お、おい。マジかよ。

 そんなこと出来るのかよ……!


 俺は思わず目を見開いて、固まった。


呪渡のろいわたしは便利な術でな。一度使うと、止まるまで形代カタシロ同士で共鳴しあう。故に、使った後に術師が何かをする必要もないのだ』

「…………」


 思わず、歯噛みする。

 そんな魔法があるのか。


 ……知りたい。

 知りたいが、今はそんなことを言っている場合でもない。


『では、これにて失礼しよう』

「ううん。まだだよ」

『まだ? いいや、わらべの術は全てを封じた。わらべでは、我には勝てぬ』


 ただ、やることは1つ。

 相手を祓うことだ。


 生み出す『導糸シルベイト』は5つ。

 始まるのは、命のカウントダウン。


 俺は『朧月おぼろづき』を開発してから、少しの間考えた。


 あれは全てを飲み込む魔法。

 空中に生み出した黒点に向かって、周囲のものが流れ込んでいく魔法だ。

 

 でも、もっと使い勝手の良い魔法はあるはずだ。

 だから俺は考えた。そして、1つの魔法にたどり着いた。


「僕の魔法は……まだあるんだ」

『まだやる気なのか? いい加減にあきらめて……』


 『導糸シルベイト』が5本、放たれると同時にハルナガの身体に巻き付く。


 だが、ハルナガはそれに気が付かない。

 『真眼』を持っていないやつが、俺の糸に気がつくはずがない。


「『呪渡のろいわたし』って、形代カタシロの数だけできるんでしょ?」

しかり』

「じゃあ、その形代カタシロごと消したら……どうなるの?」

『そのようなこと不可能であろう。我が持つ8096もの形代カタシロを、まとめて消すと?』

「うん。


 そして俺は見せつけるように、魔法を使った。


 5つの属性を束ねて生み出すのは『複合属性変化:夜』。

 だが、今回はむき出しの1つを生み出すのではない。

 ぐるりとハルナガを囲むように大きな黒い球体を生み出して、モンスターを閉じ込める。


『結界……? しかし、暗いな』


 これが、俺の生み出した安全策。

 黒い球体の内部だけに消失点を生み出すことで、安全に、そして確実にモンスターを消し去る魔法。


「『堕陽らくよう』」


 俺の詠唱と共に、生み出した黒い球体から、ガガガッ! と、岩盤でも掘ってるんじゃないかと思うような轟音が鳴り響いて、球体が小さくなっていく。今、まさに球体の中でハルナガの身体が飲み込まれていく。


『この程度で、我が祓えるとでも? このような転移封じも行っていない結界の中で……』


 自分の状況に気が付かないハルナガが、未だに余裕そうなので俺は教えてあげることにした。


 もう、詰んでいることに。


「もう何しても無駄だよ。その魔法は、魔法を使えなくするんだ」

『……ッ! 術が、使えぬ!?』


 その時、ようやくハルナガは気がついたようだ。

 魔法が使えないことに。


 かつて同じ『属性:夜』で雷公童子を祓った時に知ったが、この魔法は相手の魔法を封じる。封じた上で、虚無に飲み込む。

 

 誰も、何も、逃さない。

 だからこの魔法は夜なのだ。


『や、やめろッ! 我はまだ生を転じたばかりッ! 永遠に至るまでに、いったいどれだけの物を犠牲にしたと思っているのだ。我はまだ犠牲にした者に報いていないッ! ここで、死ねば、我のために死んだ者たちは……』

?」


 氷雪公女が問いかける。

 球体の大きさは既に半分になっている。


「お前のために死んだ者などいない。お前が殺したのだ。それを認めぬ傲慢さを抱えて死ね。祓魔師ッ!」

『ふざけるな、わらべごときが……ッ! あやかし風情が……ッ!! この我の永遠を閉ざそうとするなど、あってはなら――』


 消えた。

 完全に球体ごと消え去った。


 あまりにも呆気ない最後だが、祓えた。

 その証拠にわずかに遅れてハルナガの使った結界が解けていく。


堕陽らくよう』はモンスターの黒い霧すら残さない。


 けれど、『化野晴永あだしのはるながの遺宝』だけは、地面にそっと残していた。

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