第3-17話 名前持ち

「ど、どうしたの? イツキくん」


 きょとんとした顔のアヤちゃんを前にして、俺はまばたきをして周囲を見た。

 

 俺が立っているのはさっきまでの森の中。

 謎の集落も、変な声も聞こえない。


 ただ、けかけたアヤちゃんを助けたときに伸ばした手だけが繋がれている。


 手を放すと、虹の光が散乱して、消えていった。


 間違いない。

 やっぱり、いまアヤちゃんと共鳴していたんだ。


 そして、最後に聞いた『氷雪公女』という名乗り。

 アヤちゃんのお母さんである桃花さんが言っていたことだが、名前持ちのネームドモンスターは全てが『第六階位』。


 言ってしまえば、雷公童子と同格のモンスターだ。

 そんなものが、アヤちゃんの中に居座っている。


 どうして居座ったのかは分からないが、これでアヤちゃんの魔力が外に漏れていない理由に……簡単だが推測が付けれるようになった。


 もしかして、アヤちゃんの魔力に混じって自分の魔力が漏れることをモンスターが嫌ったんじゃないだろうか。


 だから、魔力が外に出ないようにした。

 その反動で、魔法が使えなくなった。


 そう考えると、道理は通っているように思う。

 だが、それでも解決していない問題はいくつか出てくる。


 何故、『氷雪公女』はアヤちゃんの中に居座っているのか。

 そして、どうして『氷雪公女』はアヤちゃんを乗っ取っていないのか。


 ……もしかして、アヤちゃんの中で力を蓄えているのか?


 例えば……これは本当に仮の話なのだが、氷雪公女が他の祓魔師との戦いで傷つき、その傷をやすためにアヤちゃんの中に居座ったとか……?


 いや、だったら名乗らないか。

 傷ついているんだったら、リスクを自分から背負う必要がない。


 ……じゃあ、なんでだ?


 俺は手持ちの情報で色々と考えてみるが、それっぽい仮説が出ては消えていく。


 そして、俺が考え込んでいると俺のほっぺが二つの手で挟まれた。


「イツキくん?」


 ぱっと目を上げると、不思議そうに首を傾げるアヤちゃん。

 遠巻きに『大丈夫?』と言いたげだった。


 俺はさっきまでの考えを全て振り払って、アヤちゃんに笑顔を向ける。


「ううん。何でもないよ」

「じゃあ、いこっか。こっちだよ!」

「あ、ちょっとまって!」

「……?」


 アヤちゃんの疑問の瞳を前にして、俺は手を差し出した。


「手を貸してほしいんだ」

「うん? うん。別に良いけど」


 もしかして、『拒絶』が解除されているのではと思って、手を繋いだのだが……残念なことに、もう一度共鳴することはなかった。


「……ううん。なんでも無い。今度は転けちゃダメだよ」

「大丈夫だよ! もう転けないもん!」

 そういって先を行くアヤちゃんの後ろを、俺は追いかけた。


 ……この話、本人には言わない方が良いだろう。

 帰ってから父親とレンジさん、そして白雪先生に共有するべきだ。


 ただ、『1ヶ月前に何があったか』くらいは知っておくべきだろう。


「ねぇ、アヤちゃん。聞きたいことがあるんだけど」

「どうしたの?」

「白雪先生にも言ってたけど、レンジさんとのお仕事に行った時にお友達作ったんでしょ? どんな子だった?」


 もしかしたら、その子が氷雪公女かも知れない。

 そんなことを思いながら俺が問いかけると、ア


「うん。えっとね、名前は……」


 アヤちゃんはそこまで言って、口ごもった。


 そして、「うーん」と額に人差し指をあてて考え込む。


「あれ……? お名前思い出せない……」

「ど忘れかもね」

「うん。そうかも! でも、顔は覚えてるよ。私とだったの」

「……うん?」


 そっくり、という言葉でさっき出会った少女のことを思い浮かべる。

 

「それにね働き者で、私と同い年なのに弟の面倒を見てるんだって。弟妹きょうだいが下に3人いるけど、共働きだから家事もしてるって言ってたの。偉いよね」

「……え、家事を?」

「そう! お母さんの代わりにご飯作ってるんだって。凄くない!?」


 目をキラキラさせながら語るアヤちゃんは、純粋にその子を尊敬しているみたいだった。


 しかし、アヤちゃんにそっくりで家事や育児を手伝ってる……ね。

 俺はさっきの『共鳴』で見た景色を思い出す。


 アヤちゃんにそっくりな、1人の少女のことを。


 ……どこだったんだろうな、あそこ。


 アヤちゃんの精神世界であることは間違い無さそうだと思うのだが、だとしてもアヤちゃんがレンジさんと一緒に仕事に行った先が、あんな時代遅れのような生活をしている集落だということになる。


 いや、そりゃ日本には色んな人がいるとはいえ……このご時世に、茅葺かやぶきの家に住んで、洗濯機も使わずに服を洗う生活をしている人がいるんだろうか。


 ……いそうだな。

 世の中いろんな人間がいるので0とは言い切れない。


 だとしても、京都のことを今どき『きょうの都』とは言わないだろう。

 てか紅法師ベニホウシって誰だよ。聞いたことねぇよ。


 うーん。ダメだ。

 考えても考えても答えが出ない。


 そんなことを思っていると、Y字路に突き当たった。

 アヤちゃんはポケットに入れていた地図を取り出して広げると、少し考えて右を指した。


「ここはね、右だよ。イツキくん」

「分かるの?」

「だって、今ここでしょ?」


 ここでしょ、と言いながら地図の一点を指差すアヤちゃん。

 俺は地図を見て、スタート地点から現在地点を辿たどるように指を動かし、ようやく場所を理解した。


「本当だ。アヤちゃん凄いね」

「え、そ、そうかな? 普通だよ!」


 そういってちょっと照れたように微笑むアヤちゃん。

 方向感覚が鋭いんだろうか。普通に凄い特技だと思う。


 アヤちゃんは父親から貰った答えつきの地図を再びしまい込んで、右へと進路を変えた。俺もその後ろを追いかける。


「それにしても、夏なのに涼しいね。イツキくん」

「木がいっぱいあるからだよ」

「海とどっちが涼しいかな」

「えー? 海は暑いからこっちじゃないかな」


 小学生の問いかけに小学生みたいな答えしか出来ない俺。

 見た目は小学生だから良いんだけど、ちょっと思うところが無いこともない。


 なんて、雑談をしながら俺とアヤちゃんが地図に従って歩いていると……どこからともなく声が聞こえた。


「……おーい」

 

 かすれているような、小さな声。


 誰かが呼んでいるのだろうか、周囲を探すが当然人なんていない。

 他にも参加している祓魔師の声だろうか?


「ねぇ、アヤちゃん。声聞こえない?」

「うん。誰かが呼んでる気がする」


 どうやら聞き間違いじゃないっぽい。

 だから俺たちが立ち止まって耳を澄ますと、さらに声が響いた。


「おーい」


 今度は、さっきよりも声が大きい。

 近くにいる。


 どこだろう、と声のする方を見ると……大きな口があった。

 口だけがあった。


 多分、大きさは50cmくらい。

 分厚い唇の後ろから一本の足だけが生えていて、それが木々の間に紛れるようにして立っている。いや、紛れてはいない。めっちゃ目立っている。


 その唇はもごもごと動くと、口を大きく開いた。

 黄ばんだ歯と、唇よりも分厚い舌がでろんと突き出された。


『おーい』


 そして、まるで人を呼びかけるように声を出す。


 ……モンスターだ。


「い、イツキくん」

「うん。分かってる」


 魔法が使えないアヤちゃんの代わりに俺は『導糸シルベイト』を伸ばして、モンスターを撃ち抜いた。


 抵抗することもなく、黒い霧になってモンスターが消えていく。


 手応てごたえ的には『第一階位』と言ったところだろうか。


 でも、なんでこんなところにモンスターがいるんだ?

 まがりなりにも祓魔師の施設だろ……と、思っていると、隣に立っているアヤちゃんが黒い霧を見ながらポツリと漏らした。


「……ねぇ、イツキくんのパパが言ってた『ちょっとしたアクシデント』ってこれかな?」

「うん……?」


 そういえば、そんなことを言ってたような気もするな。


「確かにそうかも」


 なるほど。元はと言えば、祓魔師がペアで物事を成し遂げる大切さを学ぶための訓練。

 だとすれば実践するのが一番早いってことか。


 ……スパルタだな。


 そんなことを思いながら、俺はアヤちゃんと一緒にゴール目指して足を進めることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る