第2-22話 魔法の歴史

 ヒナに妨害されながらも、俺はニーナちゃんに向き直った。


「それで、『凝術リコレクト』はどうすれば良いの?」

「え、えっとね。まず、私は『凝術リコレクト』を完璧には使えないんだけど」

「うん」


 それは知っている。

 ニーナちゃんから聞いた話によると彼女が母親から最後に魔法を教えてもらったのが1年前。


 その最後のレッスンが、『凝術リコレクト』の基礎だったらしい。


「『錬術エレメンス』で生み出した位相の高い魔力があるでしょ? それを身体の外に出して、集めるの。ぎゅっと」

「……うん」


 俺はニーナちゃんに言われるがまま丹田から重たい魔力を取り出す。そして、ぎゅうっと凝縮しようとした瞬間、ヒナが俺の身体を持って大きく引っ張った。


 うぉい!!!


 集中が途切れて魔力が散る。


「イツキ。もう一回よ」

「うん」


 気にするな、と言った俺のアドバイスを丸呑みして、完全にヒナの妨害をスルーするニーナちゃん。


 すごいスルースキルだ。


 しかし俺はスルーできなかったので、服を引っ張ったヒナに注意した。


「お兄ちゃんは魔法の練習してるんだから、邪魔したらダメだよ。ヒナ」

「邪魔してないの!」

「邪魔してないの?」

「うん!」


 なるほど。邪魔してないのか。

 邪魔してないならしょうがない。


 俺はヒナの頭を撫でながら、視線を上げた。


「イツキ、コツはね。身体の外に出てすぐの新鮮な状態で集めることよ」

「やってみる」


 手先に魔力を集めて、外に出す。

 だが、ダメだ。散る。


 今度はヒナの妨害も無かったというのに、上手くいかず散ってしまった。

 やってみて思ったのだが、完全に身体の外に出てしまった魔力を操作する感覚が分からない。


 俺が普段、身体の外に出た魔力を練っているのは『絲術シジュツ』──つまり、身体と魔力の糸が繋がっている状態だ。


 身体と魔力が繋がっているのだから、操作ができる。理にかなっている。


 けれど、『凝術』は違う。

 完全に身体と魔力が離れているのだ。


 それは俺からすると手を使わずに、遠く離れた場所にあるコップを持ってくるような芸当に思えてしまう。つまりは、不可能ということだ。


 いや、俺の考えが間違ってると言うことは分かっている。


 ニーナちゃんが不完全でも『凝術リコレクト』が出来ているということは、身体から離れた魔力を操作できるということだからだ。


「できた?」


 そんなことをつらつらと考えていると、気がつけばニーナちゃんの蒼い目が俺を覗き込んでいた。


「ううん。散っちゃった」

「最初はそんなものよ。何か、入れ物になるようなものがあるとやりやすいんだけど」

「入れ物?」

「そうよ。人形とかぬいぐるみとかに魔力を入れて練習するの。私も最初はそうやって練習したんだから」


 人形ねぇ……と、思って部屋の中を見渡すと、人形があった。

 人形だけじゃなくて、ぬいぐるみもあった。


 全部、ヒナのだけど。


 だから俺はコアラみたいに俺にしがみついているヒナに話を持ちかけた。


「ヒナ、お人形さん貸して」

「や!」

「そっかぁ」


 そう言われてしまえばしょうがない。

 なら他に入れ物になるようなもの無いかな……と思っていると、部屋の扉がノックされた。


「入っても良いか?」

「パパ? うん。良いよ」


 そういって扉が開かれると、そこにはお盆――多分、これはそれ以外の名前がない――に湯呑みを2つ乗せた父親が立っていた。


「お茶だ。お菓子も食べると良い」


 お盆が置かれると、湯呑には緑茶が入っていた。


 ニーナちゃん家の紅茶みたいにオシャレなものではないが、俺はこっちの方が安心感があっていい。ついでにお茶菓子として、まんじゅうまで乗っていた。


 うーん、ウチって感じだ。


「ところで、魔力が散っていたようだが何をしていたのだ?」

「『凝術』の練習だよ」

「ふむ?」


 俺がそういうと、ニーナちゃんが代わりに答えた。


「外に出した魔力を凝縮する……するんです。それで精霊せーれーを作る魔法なんです」

「でも、外に出した魔力を動かせないんだよ」


 俺がそういうと、父親が思い当たったように頷いた。


「あぁ、『式術シキジュツ』か」

「うん?」


 いまなんて言った?


「ん? 『式術シキジュツ』ではないのか? パパは扱えないが、そういうのを得意とする祓魔師もいるぞ。西欧ヨーロッパ式の魔術だな」


 そう言った父親の言葉に俺とニーナちゃんは目を見合わせて、そして同時に跳ねた。


「「知ってるの!?」」


 ばっ、と俺たちに詰め寄られて、少し父親は面食らったように驚いた。そしてすぐに落ち着きを取り戻すと、続けた。

  

「落ち着け2人とも。名前を知っているだけだ。『式術』は日本では廃れた魔法だからな」

「そうなの? なんで?」


 俺がそう聞くと、父親は静かに続けた。


「出力のムラが大きいのだ。魔力量の多い祓魔師でないと完全に扱えない。だから日本では廃れた。逆に向こう……ヨーロッパの方では残ったがな」

「そうなんだ……」


 俺が頷くと、父親は続けた。


「代わりに日本では『傀術クジュツ』と呼ばれる、『絲術シジュツ』の元になった魔法が残った。逆にこちらは向こうでは廃れたが」

「どうして?」


 そう聞いたのはニーナちゃん。

 それに父親は苦々しく続けた。


「魔女狩りだ。君も知っているだろう」


 その言葉に、ニーナちゃんは露骨に顔をしかめた。

 魔女狩り。流石にそれは俺だって知っている。


 多くの魔法使い……祓魔師エクソシストが殺された出来事だ。


「当時のヨーロッパでは何かを『操る』というのが特に危険視された。故に祓魔師たちはその方法を捨て、別の方法を模索したのだ。それが土着の魔法と混じり合って、現代まで進化したのだ」


 そこまで言うと、父親は続けた。


「しかし、今はグローバルだからな。様々な国の魔法を覚えようとする者も多い。まぁ、多くが形にならずに消えていくが」

「どうして形にならないの?」

「魔力が足りないのだ」

「……うん?」


 それは、第五階位でも?


「実戦では様々な魔法が求められる。『属性変化』『形質変化』『複合属性変化』。後者になればなるほど魔力消費が激しくなるだろう」


 それは分かる。

 『複合属性変化』は属性を掛け合わせるにつれて30倍ずつ魔力が跳ね上がっていく。


 その魔力消費量は、馬鹿にはならない。


「だから別の魔法を覚えたとしても、戦いの場で使う時がない。そんなことをするよりも既存の魔力の練度を高めた方が良い。そうしないと、魔力が足りないからな。しかし……そうか。イツキなら、あるいは……」


 そこまで言って、父親は静かに立ち上がった。


「そんなに『式術』……いや、『凝術』というのか。そのやり方を学びたいのであれば、タイミング良く向こうから来た者がいる。その者に聞くのが良いと思うが……」

「向こうから来た人?」


 はて、このタイミングでヨーロッパから日本にきた祓魔師なんて、ニーナちゃんの母親以外にいるんだろうか?


 俺がそう思って首を傾げていると、父親が続けた。


「……いや、しかし、再び向こうへの留学を誘われるかも知れん。辞めておこう」


 ぶんぶん、と分かりやすく首を横に振った父親に、ニーナちゃんが尋ねた。


「そ、その祓魔師えくそしすとは、なんていう名前なんですか……?」

「うむ? 向こうから来たのは君の母親だろう?」


 意外そうに、『何を言ってるんだ』と言いたそうに、父親はそう口にする。


「ニーナちゃんのお母さん?」

「イツキも会ったことはあるだろう。イレーナだ」


 イレーナ……。イレーナ……?


 記憶を掘り起こしていると、すぐに該当した。

 あぁ、俺にイギリス留学を進めてきた人だ。


 そっか、あの人がニーナちゃんのお母さんなんだ。

 通りで似ていると思った……。


 ん?

 じゃあ、イレーナさんは自分の娘に魔法を教えずに、俺を留学に誘ってきたって……こと!!?


 俺が目を丸くしていると、父親のスマホが鳴った。

 

 この音は仕事の着信音だ。


「……仕事が入った。長引くかも知れないから、ニーナちゃんを先に家まで送っていこう」

「え、大丈夫なの? モンスターが出たんでしょ?」

「あぁ、近くにいた祓魔師も向かうらしいのだ。パパも呼ばれたので行かないと行けないが」


 そういうと、ニーナちゃんは「ま、待ってください!」と言って話をさえぎった。


「わ、私も、連れてって! ……ください。モンスターを祓うところを、見たいんです」

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