第2-17話 来客ヌーブ
ニーナちゃんに誘われて、マンションに備え付けられているエレベーター(めっちゃ綺麗)に乗りながら、俺は自分が本当に小学生だったときのことを思い出していた。
つまりは前世のことである。
俺は同級生を家に招くなんてことをしたことがない。
だから友達が家に来たらお茶を出そうという発想すら無かった。
正直言うと、現世になってから母親や
ということは、だ。
ニーナちゃんは6歳にして、来客にお茶を出すという価値観を持っていることになる。やっぱり育ちが良いとそうなるのかな?
なんてことを考えながら、エレベーターを抜けるとなんと内廊下。
内廊下というのはアレである。ホテルみたいな感じといえば伝わるだろうか。
つまりは、扉が外に面しておらず建物内で完結してしまってるのだ。
ここは本当にマンションか?
俺の今まで育ててきた価値観が音を立てて崩れていくのを感じる。
如月家も相当金持ちだけど、ニーナちゃんの家も相当金もってんなこれ。
なんて、そこまで考えて俺は心の中で素早く首を振った。
やだやだ。
大人になるとすぐに金のことを考えるんだから。
「ここよ」
そう言って部屋の中へと案内してくれたニーナちゃん。
扉を開けると、まず最初にアロマみたいな芳香剤の匂いがした。
「いい匂いだね」
「ルームフレグランスよ。ママが買ってきたの」
そう言ってニーナちゃんが指差した先には、透明な液体で満たされたガラス瓶に冗談みたいな木の串が刺さっている謎の物体があった。
確かに言われてみればここから良い匂いがしているような気もする。
あぁ、そうなんだ。
芳香剤じゃなくてルームフレグランスって言うんだ。
知らなかった〜。
……本当に知らなかった。
「イツキ。あがって」
もしかして、海外育ちだから家の中だと靴履いたままなのかな……というネットで手に入れた浅知恵で期待したりもしてみたのだが、なんてことはなくニーナちゃんは普通に靴を脱いであがった。
俺も当然その後を追いかける。
靴を揃えるのも忘れずに。
「ニーナちゃんはよく友達を誘うの?」
「来ないわよ。友達いないし」
俺と一緒だね。
「僕は?」
「イツキは……まぁ、イツキね」
返答になっているのかなっていないのかよく分からない返事がやってきて、俺は閉口。
ニーナちゃんが「ランドセルはそこにおいて」と言うから、カーペットの上においた。違うか。このモコモコしているやつはラグって言うんだっけ? 違いがよく分からん。
前世では『使えればいいだろ』くらいの感覚で、チェーン店の安い家具を買ってきては部屋を満たしていた俺とは大違い。
ニーナちゃんの家は全てが白を基調とした家具で取り揃えられていて、窓際にある観葉植物が良い感じのアクセントになっている。そう思うと、部屋の中にあるニーナちゃんのピンクのランドセルはちょっと浮いているような気もした。
てか、それにしてもテレビでかいな〜。
何インチだろうこれ……。
俺が部屋の中をキョロキョロしていると、キッチンからニーナちゃんが話しかけてきた。
「イツキは何が好き?」
「何って?」
「紅茶よ。色んな味があるでしょ」
紅茶なんて午後ティーくらいしか飲んだこと無いけども。
「なんでもいいよ! 美味しいやつ」
「じゃあダージリンで良い?」
分からん。
ダージリンで良いかと言われても。
しかし、何でも良いと言ったし、何が出ても分からないことには変わりないので俺は「お願い」と返した。
「ソファに座ってて。お茶は持っていくから」
「ありがとね」
じゃあ、遠慮せずに座らせてもらおう。
というわけで、俺は白いソファに腰掛けた。
高いソファは座り心地が違うことがよく分かる。
ちらりとリビングに視線を向けると、ニーナちゃんは慣れた手付きでお湯を注いでいた。まるで毎日やってるみたいな手慣れた動きで俺は少し驚いて、尋ねた。
「ニーナちゃんはよくお茶を入れるの?」
「何? 友達がいないのに飲んだらダメなの?」
「違うよ。紅茶を入れるの上手だなって思って」
「は、はぁ!? どこが上手なのよ!」
そういって大声を出して否定するニーナちゃん。
けれど、それはその顔はどこか嬉しそうで。
「ママがずっといないから、自分で入れてただけよ」
「ニーナちゃんのママは忙しいの?」
「そうね。全然帰ってこないわ。でも、昨日は珍しく帰ってきてたし、次は一週間後じゃないかしら」
どこの国も祓魔師は忙しいらしい。
実を言うとうちの父親も今は長期で出払っているのだ。
ニーナちゃんの母親と似たような感じで1週間は顔を見てないから、そろそろ帰ってくるかも知れない。
けれど、と俺は部屋の中を見渡して思う。
けれど、うちには母親がいる。
ヒナがいる。父親が仕事で出払っていても、家の中で1人になることなんてない。
1人……1人か。
ん? 小学生で??
「てことは、ニーナちゃんは1人暮らしなの!?」
「そうだけど」
「じゃあもうご飯作ってるの!?」
「ううん。作ってないわ。ママがお弁当をお願いしてるの」
「お弁当……?」
「そう。毎日配達してもらえるの。美味しいわよ」
そんなサービスあんの?
金持ちの家ってすげぇな……。
聞いたことのないサービスに驚いていると、ニーナちゃんはお盆――多分、別の名前がある――に載せて、キッチンからリビングに持ってきてくれたのだが、そっちの方は紅茶を入れる手先と違って、危なっかしい。
多分、普段は自分で飲むために紅茶を入れてはいるけど、来客に出したことがないから慣れてないって感じかな。
俺がおっかなびっくりそれを見ていると、ニーナちゃんはじぃっとお盆を見ていたものだから、ラグに
「……わっ!」
まぁ、そうなるんじゃないかなと思ってはいたよ。
俺はあらかじめ用意していた軽い魔力での『
「ご、ごめんなさいイツキ! 大丈夫!? お茶かかってない!!?」
「大丈夫だよ。受け止めてるから」
ニーナちゃんは見たこと無いくらい焦った様子でそう聞いてきたので、俺はすっぽり紅茶とカップを受け止めている『
てかこれ、毎回不思議に思うんだけど俺は『真眼』があるから『
空中に紅茶が浮いてるように見えてるんだろうか。
しかし、ニーナちゃんは宙に浮いているお茶を見るとホッとしたように胸をなでおろして、お盆をテーブルの上に置いた。そして、「良かった……」と小さく漏らした。
俺はそんなニーナちゃんの様子を見て、逆に尋ねた。
「ニーナちゃんこそ、怪我はない?」
「だ、大丈夫よ。別に、ただ
「そっか、なら良かった」
俺はそういうと『
そして、お椀になっている形を
「ありがとう、ニーナちゃん。お茶入れてくれて。飲んでも良い?」
「う、ううん。別に。口に合えば良いんだけど……」
少しだけ照れた様子でそう言うニーナちゃんを見て、やっぱりニーナちゃんはお茶を人に出すのに慣れていないのかな、と思った。
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