第2-07話 人手不足

 入学式自体はつつがなく終わった。


 つつがなく終わらない入学式があるとは思えないのだが……まぁ、とにかく校長先生のありがたい話を聞き、校歌が流れ、保護者たちから温かい拍手を貰って、俺たちは再び1年1組から列になって体育館を後にした。


 教室に戻って先生の話を聞いていると、ぞろぞろと体育館から保護者たちがやってきて参観日みたいになった。そこで、先生が保護者向けの話をして、それが終わるとそのまま解散。


 入学式とは、こんなにあっさりしたものだったのか……と、思わず拍子抜けしたほどだ。いや、多分これは俺が2度目の入学式だからだろうけど。


「イツキ。おめでとう」

「ありがとう、パパ」


 肩からカメラの入った鞄を下げ、スーツ姿の父親は言葉だけならどこにでもいるような普通の父親なのだが、教室の中では異様なまでに目立っていた。

 

 うちの父親は身長も高いし、身体も厳ついし、片目は眼帯だから、目立つのだ。

 目立たない方がおかしい。


 そういや、そうだよな。


 感覚麻痺してたけど、うちの親父って目立つよな。

 祓魔師の中にいると父親みたいに顔に傷があったり、体格が良い人間の方が普通なので忘れてたけど。俺も将来的には、こんな感じでいかつくなるのかなぁ。


「お昼ご飯はお寿司にしよう。イツキの入学おめでとう会だ」

「ほんと?」

「あぁ、霜月しもつき家も来るぞ」

「アヤちゃんたちと」

「あぁ、レンジがせっかく同じ日に入学式をするのだから、一緒に祝おうと言い出してな。せっかくだし、それも良い試みだと思ったのだ」


 そう言って父親がスマホで時間を見た。


 如月きさらぎ家と霜月しもつき家では学区が違う。

 なので、俺とアヤちゃんは別の学校というわけである。


 あーあ。

 アヤちゃんが同じ学校にいれば、最初から友達のいる最高のスタートができたのになぁ。


 ちなみにな話をすると、皐月家のリンちゃんは同じ年生まれだが、年度的には1つ下。つまり、俺とアヤちゃんは早生まれなので一足先に入学したというわけである。とはいっても、皐月家は霜月家よりももっと離れているらしいので例え同じ入学年度でも同じ学校にはならないのだが。


 というわけで、アヤちゃんとの『入学おめでとう会』に乗り遅れないように、ランドセルを持って教室を後にしようとした時に……ふと、気がついた。


 ニーナちゃんの家族が、誰も来ていないことに。


 来ていないのか、あるいは遅れているだけなのか。


「イツキ? 行かないの?」

「ううん。今から行くよ」


 ただ、それだけがとても気になった。




 車に乗り込んで向かったのは、地元にあるちょっと高めの寿司屋だった。

 回らないやつである。とはいっても、ランチ価格なのでそこまで高くない。


 と、まぁ大人の嫌なところである金のことばかりを考えていると、もうお店の前には霜月家が揃っていた。


「イツキくん、久しぶり!」

「先週も会ったでしょ?」

「久しぶりなの!」


 アヤちゃんは初めて見る制服姿で、良いとこのお嬢様感が増し増しだった。

 いや、アヤちゃんは実際に良いところのお嬢様なのでその評価は間違えていないのだが、服装が変わるだけで印象が全然変わってしまうのは、脳のバグなのか俺が単純なのか。


「入学式どうだった?」

「なんかね、あっという間だった」


 そういって笑うアヤちゃん。

 俺もそうだよね、と言って笑った。


 仲間に入れていないヒナだけがちょっと膨れていたので、ヒナの手を引いて俺とアヤちゃんは三人でお店に向かう。


 その後ろでは父親とレンジさんが顔を見合わせて渋い顔をしていた。


「どうだった、レンジ。

「アヤの学校だろ? 見たけど、2人ってところだな。あれじゃ、いざって時に何かあったら困るだろうに。イツキくんのところは?」

「1人らしい。だが、非常勤で学校に来るのは週に半分だと」

「人手不足も極まれりだな」


 ……何の話をしてるんだろう?


 非常勤、という言葉が出たから学校の先生の話をしてるんだろうか。

 それにしては、学校に1人とか2人とか……音楽の先生の話か?


「ねぇ、パパ。レンジさん。何の話?」

「うむ。学校にいる祓魔師の話だ、イツキ」

「……学校にいる祓魔師?」


 なにそれ。

 聞いたことがないんだけど。


 俺が首をかしげていると、レンジさんが続けてくれた。


「イツキ君もよく知ってると思うけど、“魔”は子供を狙う。そして、学校には子供がたくさんだ。そうしたら、どうなると思う?」

「……モンスターが、寄ってくる」

「そう。昔から学校は怪談の舞台になりやすいけどね。あれはそういうことだよ。子供を狙った“魔”は弱いけれど魔法を使えない人だと食われるだけだ。だから、学校は祓魔師を必ず1人は雇うことが決まってるんだけど……最近は祓魔師も数が少なくてね」


 祓魔師が人手不足、というのは父親からもレンジさんからも聞いている話で、俺は嫌でも腑に落ちた。


「僕の学校には祓魔師がいないってこと?」

「いないということではないが、常駐はしていないらしい。入学式が行われる前に校長と話をしたのだが、人が集まらないのだと言っていたな」


 渋い顔で答える父親に『パパがやるのは?』とは聞けない。


 俺の父親は日本でも数少ない存命の第五階位。

 父親にしか祓えないモンスターは日本の各地に湧き、あっちに行ったりこっちに行ったりで1ヶ月くらい家に帰ってこない事もザラなのだ。しかも、それはレンジさんも同じ。


 ということから考えると、学校に勤務している祓魔師は祓魔師ということになるんだろう。しかし、そもそも祓魔師には人をそうやって遊ばせておく余裕はない。祓魔師という仕事自体替えが効かないのだから。


 だから、学校に1人だけ非常勤で……というのが、きっと人数的な限界なのだろう。

 これ、俺の予想だけど非常勤の祓魔師って別の学校と兼任してるんじゃないのかな。


「そうはいってもな、宗一郎。イツキ君がいるんだし、下手な祓魔師をつけるくらいだったら居ない方がマシかも知れん」

「そうだな。足手まといになるだろう」


 ちょっとちょっと過大評価ですよ。

 そもそも戦い慣れてる祓魔師と、まだ片手で数えられるくらいしか実戦を積んでない俺とじゃ話にならないでしょ。


 なんてことを思いながら俺は苦笑いを浮かべながら、2人の会話を流した。


 そもそも俺は万全の状態でモンスターと向き合っているから祓えるのだ。

 雷公童子の一件があったからと言って、調子に乗るほど俺は世の中を楽観視していない。舐めてもいない。いや、そんなことできないとも言っていい。


 人は刃物で刺されただけで死ぬ。

 

 どんなに修行しようとも、それだけは変わらない真理だ。

 だけど、もう死なないために。2度目を味合うことのないように、俺は強くなりたいと思っている。


「あぁ、そうだ。イツキ君。そろそろ『第六感』はつかめるようになってきた?」

「……うん。なんとか、だけど」


 レンジさんに教えてもらった『導糸シルベイト』の感覚を研ぎ澄まし、第六感として感じる訓練はここのところ毎日欠かすことなくやっている。


 そのおかげか知らないが、最近はちょっとずつ『第六感』とやらの感覚が分かるようになってきたのだ。


 引き戸をあけて寿司屋の中に入りながら、レンジさんは微笑んだ。


「じゃあ、そろそろ次のステージに行こうか」

「次?」

「うん。次はね、『結界術』だよ」

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