第19話 新しい家族

 あれから早いもので、一週間が経った。

 俺はいつもどおり剣術の練習をしたり、魔法の練習をしたりして過ごしていた。


 違うところと言えば、


「にぃちゃ! 魔法つかって!」

「うん! 良いよ」


 縁側に座って俺の魔法の練習を見ているヒナ……俺が『生成り』から救った女の子が、妹になったことだろう。


 いや、厳密には妹ではない。

 生成りが本当に治癒しているのかを見るために、如月家うちで保護しているのだ。


 子供は魔力をより多く排出するので、目の前で両親を殺し、その様子を見せることで魔力を食らうというをモンスターはするのだという。


 そのタイミングで祓魔師が介入し、両親を失った子供を保護するというのは祓魔師では珍しいことではないらしい。


 とは言っても、ヒナを保護しているのはそれだけではない。


 なんと意識を取り戻したヒナは事件を含めてそれまでの全ての記憶を失っていたのだ。

 父親からざっくりと聞いた話によると、あまりの衝撃で記憶を封印したと。


 そりゃ目の前で両親を殺されてるのだ。

 そうなってもおかしくない。


 そんな記憶喪失のヒナは……どういうことか、俺の両親を自分の両親だと思い込み、そして俺のことを兄だと思っているのだ。


 それも、記憶の整合性を合わせるための認識らしい。

 そんな彼女をそのままにするわけにも行かず、結果としてウチで保護しているのである。


 父親が言うには、いつかは記憶を取り戻すかも――とのことだが、いつ取り戻すかは分からない。なので、それまではウチで保護するということになったというわけだ。


 そして、そんなヒナは俺の魔法練習をよく見に来る。

 彼女は魔法が使えないが、見るのは面白いらしい。


 そんな俺が立っている庭先には、『神在月かみありづき』家にあったような木の模造人形が並んでいる。


 魔法の練習用に父親が並べてくれたものだ。


「行くよ、ヒナ」

「ん!!」


 俺はヒナが喜ぶようにド派手な魔法を選んで、『導糸シルベイト』を針金のように形成し、槍のように尖らせる。


 そして、『属性変化:火』によって炎上させた!


「わぁ!! あちっ! にいちゃ、あつい!」

「まだまだ!」


 ここまでは、ただの燃えている槍だ。

 弱いモンスターなら倒せるかも知れないが、これじゃ模造人形の表面を軽く焦がすくらいしかできないだろう。


 だから俺は2本目の『導糸シルベイト』を伸ばすと、『属性変化:風』。

 それによって圧縮空気の塊を生み出して、槍を押し出した。


 ドウッ!!!


 凄まじい加速によって、槍が空気を貫く!

 そして、威力を保ったまま模造人形に激突。爆破!!


 ドォオンンンンッ!!!


 空気が張り裂け、人形を木っ端微塵に砕け散る。

 見た目だけではなく、威力も高い新しい魔法を俺はなんて呼ぼうか考えていると……ぱち、ぱち、と間の抜けた拍手が返ってきた。


「にいちゃ! すごい! すご!!」

「ヒナも練習すれば出来るようになるよ」

「ほんと?」

「うん! 本当だよ!」


 当たり前だが、魔力は全人類が持っている力だ。

 ヒナも持っている。だから、モンスターに狙われたのだ。


 ちゃんと測定していないので分からないが、概算でヒナの魔力量は『第二階位』だろう。まぁ、平均的な魔力量だ。


 もし、ヒナがこの先もずっと如月家うちにいるのなら、魔法の練習をすることもあるのかもな。


「イツキ。もう、属性変化を2つも扱えるようになったのね」

「母さん!」


 さっきの魔法の爆発音を聞いて、母親が縁側にやってきた。

 俺はもう5歳になったので、母親のことをママじゃなくて母さんと呼んでいる。


 父親のことをパパと呼んでいるのは、そう呼ばないと露骨に落ち込むからだ。


「ママ! にいちゃ凄いよ! すごい!」

「えぇ。イツキは凄いのよ……。本当に」


 妹と母親に褒められて、俺はまんざらでもない気持ちになる。

 自分のために努力しているのに、それを認められるのは……気持ち良い。


「にいちゃ! 他の魔法みたい!」

「良いよ! どんなの見たい?」

「キラキラするやつ!」


 ヒナからのリクエストに応じて、俺は魔法を練りはじめた。

 俺は前世も現世も一人っ子。


 兄弟なんていなかったのだが……妹って良いな!

 なんか頼りにされてるのがこっ恥ずかしいけど、良いところ見せてやりたいって気持ちになる。それがむず痒いのだけど、悪いものじゃない。


「キラキラする……やつね」


 俺は『属性変化』の組み合わせ方法を考える。


 『導糸シルベイト』の『変化』は1本に1つまで。

 さっきみたいに2つの属性変化を組み合わせた魔法を使おうとする時には、2本の『導糸シルベイト』がいる。


 そして、普通の祓魔師は一度に使える『導糸シルベイト』は3〜4本。

 俺は前に限界まで出してみようとやってみたところ、60本を超えたところで数え間違いをしたので面倒になって数えるのを辞めたのだ。


 そもそも、糸が何本だせるかは重要じゃない。

 父親は魔力量が『第五階位』なのに出せる『導糸シルベイト』は2本だけらしい。


 だが、その2本にしこたま魔力を込めることで魔法の威力を跳ね上げていると言っていた。


 そう、大事なのは強くなることだ。

 モンスターに殺される前に、殺すことだ。


 そのために手段が目的になるのは良くない。


「ヒナ、見ててね」

「うん!」


 俺は『属性変化:水』と『風』を組み合わせて、空いっぱいに水を霧のように撒き散らした。すると、太陽の光がそれを反射して……。


「虹! にいちゃ! 虹がでた!」

「キラキラしてるでしょ?」

「うん! きれい!!」


 こういう攻撃にならない魔法の練習は強くならないと思うが、俺の作った虹を見てきゃっきゃと騒ぐヒナを見ていると、たまにはこういうのを悪くないと思う。


 それに、二重属性操作の練習になるしな。

 俺が自分で作った虹を見ていると、縁側に座っていたヒナが立ち上がると走ってこっちにやってきた。


「どうしたの?」

「もっと見たい!」


 もっと見たい……?

 近くでみたいってこと……??


 3歳の言葉は時々わからないので、俺は首をかしげた。


「ヒナ、気をつけるのよ」


 見ているこっちがヒヤヒヤするような、とたとた走りのヒナに母親が忠告する。

 だが、それも間に合わず彼女はどた、と勢いよくこけた。


 ほら、言わんこっちゃない。

 

 俺は彼女を起こそうと近寄ったが、それよりも先にヒナが立ち上がった。


「だいじょぶだよ!」

「足、りむいてるよ」


 大丈夫と言うが、彼女の足は軽くすりむけていて血が流れていた。

 その様子を見ていた母親が、庭に降りてくる。


「ママ! 見て、足! 血がでた!」

「痛くない?」

「うん! 痛い!」

「そう。じゃあ、ケガ見せて」

「はい!」


 ヒナの差し出した足に、母親がそっと手を触れる。

 その手には『導糸シルベイト』が巻き付いている。


「……?」


 初めて見る母親の魔法に、俺が意識を向けていると……。


「ほら、治った!」

「ほんとだ! ママ凄い!」


 ヒナの足のケガが、治っていた。


「……ッ!?」


 ち、治癒魔法だ!?


「か、母さん!」

「どうしたの? イツキ」

「今のどうやってやったの!?」


 間違いない。治癒魔法だ!

 思わず俺は全身に力がこもる。


 怪我を治せる魔法があるなんて知らなかったけど、もし使えるようになれば死ぬような怪我を負ってもすぐに治せるかも。そうなれば、強いモンスターと戦っても死なないかも!


 目を輝かせながら聞いた俺に、母親は「そうねぇ……」と頬に手を当てて考えた。


「知りたい?」

「知りたい!」

「なら、もう少し魔法の練習をしたらね」

「練習してるよ!」

「イツキは『属性変化』の練習してるでしょ? でも、これは『形質変化』だから」

「形質変化」


 聞いた言葉を繰り返すと、母親にそっと頭を撫でられた。


「そんなに焦らなくても、すぐに教えてあげるよ。イツキ」


 いや、そうは言ってられん……!


 俺はヒナと一緒に母親にぎゅっとされながら、拳を握った。


 今すぐにでも、『形質変化』の練習だ!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る