第12話 怪異

  2年ぶりにみた黒スーツのその男は、3歳のときに『七五三』で俺たちを『神在月かみありづき』家に連れて行ってくれた運転手だ。


「どうぞ、お乗りください」

「うん!」


 2年ぶりなのは、運転手さんだけじゃない。


 車に乗るのも2年ぶりなのだ。

 なんなら家の外に出るのも『七五三』ぶりだったりする。


『第七階位』という人並み外れた魔力を持っている俺は、魔法をちゃんと学んでいないのに“外”には連れ出してもらえないのだ。


 だから、俺は今日という日が楽しみだった。

 ……もし途中でモンスターと会うことになろうとも。


 加速して住宅街に入っていく風景を見ながら俺はぼんやりと窓の外を眺める。

 そんな俺を横において、運転手が会話の口火を切った。


「ご子息の噂は耳に挟んでおります。3歳で『絲術シジュツ』を使えるようになったと」

「あぁ、とても自分の子供と思えぬ天才ぶりだ」

「なんと。あの宗一郎様ですら?」


 運転手が目を丸くして驚いているのが、バックミラーで分かった。

 俺は話でしか知らないのだが、ウチの父親は強いらしい。


 それもちょっとやそっとではなく、とんでもないくらい強いらしい……のだ。


 らしい、というのは『強い』というのを伝聞でしか知らないからである。


「イツキは『第七階位』だぞ? 数百年に一度生まれる天才だ。俺など、足元にも及ばんよ」

「ご謙遜を……」


 そんな話をしながら車は住宅街を抜けて、大通りへ。

 そこからインターチェンジへと向かっていく。


「それで、イツキ様は既に魔法の修行を?」

「いや、今は剣術の方を教えている。今のうちから身体を作っておくに越したことは無いだろう」


 父親の言う通りで、実は俺は今まで魔法をちゃんと教えてもらったことはない。

 あくまでも基礎の基礎である『廻術カイジュツ』と『絲術シジュツ』の2つだけを練習しているのだ。


「しかし、どうしてイツキ様には魔法をお教えしないのでしょう? 宝の持ち腐れのように感じますが」

「今は魔力操作の練度を高める時期だと思っている。魔法は後からでも学べるが、魔力の操作は幼い頃から練習しているかしていないかで差は大きく開くからな」

「……おっしゃるとおりですね」


 ETCのレーンを通り越して、車が高速道路に入る。

 加速。窓の外の風景が後ろに流れていく。


 高速道路の防音壁が邪魔になって外が見えない。……せっかく、外なのに。


 俺がそう思った瞬間だった。


『見せてヤろうかァ?』


 声が、聞こえた。


「……ッ!?」

『ほら、見せテやるよ』


 刹那、防音壁が爆ぜたッ!!


 ドウッッツツツ!!!


 腹の底まで響くような爆発。

 外側から激しい衝撃を食らったのか、高速道路に向かって大きく防音壁に穴が開く。


 そして、その衝撃のまま破片が目の前を走っていた車に向かって飛んでいき、


「だめ!」


 俺の『導糸シルベイト』が、それを食い止めた。


 とっさの出来事だったが、ちゃんと間に合った。

 どうやらこの身体は前世の運動神経が絶望的だった身体と違って、素晴らしい可能性を秘めていることが最近分かってきた。


 そのお陰で、誰かの命を救えたことに安心しながら俺は声のする方を見た。


『楽しくイこうぜ』


 そう言って時速100kmで走る車と併走するのは、毛むくじゃらの化け物。

 巨大な4つの目が、ぎょろりと俺を見て牙だらけの口が笑う。


「……やられたな。このレベルの“魔”が出てくるとは」


 父親がそう言って魔力を練ろうとした瞬間、俺は口を挟んだ。


「待って、パパ」

「どうした?」

「僕が、倒す」

「何?」

「大丈夫。やってみたいんだ」


 俺はそういうと、『導糸シルベイト』を出す。

 その数は、5本。


「大丈夫か? まだ、魔法を教えてないか」

「うん。だって、パパが使ってるのを見てたから」

「……っ!」


 父親がわずかに息を呑む。

 そして、うなずいた。


「分かった。やってみよ。もし、失敗したらパパがすぐに手伝うからな」

「……うん。お願い」


 俺はうなずくと、『導糸シルベイト』を高速道路を駆けるモンスターに向かって伸ばす。

 だが、モンスターはジャンプして俺の糸を回避。


 それで良い。最初の2本はブラフだからだ。

 俺の本命は残りの3本。そして、俺の狙いはドンピシャ刺さって、空に浮かんでいるモンスターに糸が絡まり雁字搦がんじがらめにする。


「ふっ!」


 息を吐きながら、魔力の性質を変える。


 次の瞬間、俺の『導糸シルベイト』は鋭い刃になってモンスターはバラバラになった!


「ほら! 出来たよ!!」

「……そ、んな!!」


 俺のすぐ側に控えていた父親が息を呑む。

 細切れになったモンスターの死体が地面に転がって、そのまま黒い霧になって消えていくのを見ながら、父親が……いや、父親だけではない。母親も、運転手も、俺の魔法に目を丸くしていた。


「い、イツキ! 今のはどうやって!?」

「どうやってって……パパとか、レンジさんが魔法使っているのを真似して……」

「真似……」


 俺の返答に、父親が唖然としていたがそれは嘘ではない。

 

『真眼』のおかげだろうか。

 俺は父親たちが魔法を使う時にどうやって使っているのかが、見えるのだ。


 だから、その真似をした。もちろん、土壇場だから挑戦したわけじゃない。実は両親が寝静まったころに、こっそりとティッシュを相手に練習していたのだ。


 ……でも、上手くいってよかったぁ。


 実戦で使うのが初めてだったので、俺は安堵の息を吐く。


「誰にも教えてもらわずに、魔法を……」

「ちょっと……私は少し目眩めまいがしてきました……」


 運転手さんと母親が連なるようにそんなことを言った。

 目眩なんて、大丈夫だろうか? 俺は母親の体調が心配である。


「……い、いや。確かに誰にも教わらずに『廻術カイジュツ』を使っていたのだ。魔法を使えてもおかしくないが……」


 そんなことを言う父親をよそに、俺は初めて使った魔法の反省会を始めた。


 威力は良し。だが、発動まで少し遅いのがネックだ。

 今回のモンスターは良かったけど、もっと強かったら刃にするより先に拘束から抜け出していたかも知れない。


 ……まだまだだな。


 俺は心の中でため息をついた。


 油断したら死ぬのが祓魔師の世界だと、父親から何度も聞かされた。

 勝って兜の緒を締めよと言うし、今度はもっと早く刃に出来るように練習しても良いかも。


 そんなことを考えている俺を乗せて、車は『神在月かみありづき』家に向かっていった。

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