ΦOLKLORE(フォークロア):オカルトマニアのぼくっ娘と陰キャオタクな先輩のラブコメホラー

大萩おはぎ

第壱蒐

0,1 百舌の早贄 SacriΦce(第壱蒐・始)


 鳥が低く飛んでいる。

 『女心と秋の空』というように、天気が変わりやすい季節だった。

 ふいに雲行きが怪しくなってきた。


「そろそろ降りそうですね。先輩、急ぎましょう」

「『ツバメが低く飛ぶと雨が降る』と言われる理由を知っているか?」

「はへ?」


 ぼくたちは依頼人のもとまで早足で向かっていた。

 急いでいるというのに、のんきにも先輩はそんな謎掛けを始めたのだった。


「し、知りませんけど」

「雨が近くなると鳥が捕食する羽虫の羽が、湿気を吸って重くなり高く飛べなくなるからだ。高度が下がった虫を捕らえるために鳥も高度を下げる。だから鳥が低く飛ぶと雨が降るんだ」

「はへぇー、初めて知りました。けどそれって今回の依頼と何か関係があるんですか?」

「どうだろうな、ただの雑談だ。だが――」


 ポツリ、ポツリと雨粒が振り始めた。

 目的地はもうすぐだ。雨に濡れる前に到着したい。ぼくたちは駆け足になる。

 だからぼくは、先輩が小さく呟いたその言葉に注意を向けられなかった。


「このあたりには――百舌モズが生息しているようだ」


 本降りになる前に目的地に到着した。ずぶ濡れにはならずにすんだ。

 はぁ、と一息つく。

 すぐに中から優しそうな髭面の壮年男性が現れて、タオルを差し出してくれた。


「こんな悪天候の中はるばるご苦労さまです。私がここの園長です」


 ニコニコともてなしてくれる彼が園長さんみたいだった。

 ここは保育園だ。ここが今回の”謎解き”依頼の目的地なのだ。

 園長さんは言った。


「お二人の噂はかねがねうかがっております。お若いのに数々の”謎”を解明してきたと」

「前置きはいいので、依頼内容の確認をさせてください」


 先輩は愛想もクソもない、至極そっけない態度で返した。

 いつも通り、壊滅的なコミュ力だった。


「あ、あはは。すみません、先輩緊張しちゃってるみたいで!」

「おい、別に俺は――」

「ぼくが代わりにお話しますから先輩は謎解きに集中してください」


 ぼくはタオルで軽く濡れた髪を拭きながら、依頼の話を始めた。


「依頼内容は、虫や小動物の不審な死骸について、ですよね。ここに通う園児たちの保護者さんたちや、保育士の先生方からも複数の依頼がぼくらに届いてました」

「ええ、最近このあたりで問題になってましてね。園児たちが怖がって仕方がないんです」

「さっそく現場を見せてもらえませんか?」

「こちらへどうぞ」


 乱れた髪型をなんとか整えようとしていたぼくに、園長さんは傘を差し出してくれた。

 けど、傘立てには傘が二本しか残っていない。

 このままでは園長さんが濡れてしまう。


「おっと、すみませんが今から別の傘を取ってきます」

「いえ、どうぞおかまいなく。園長さんが一本使ってください」

「しかし……」

「ぼくたちは一本でいいですから」


 ぼくが受け取った傘を先輩に「はい」と差し出すと、先輩はぎょっとして「もしかして俺が持つのか?」と今更すぎる返答をした。


「当たり前じゃないですか、先輩のほうが図体デカいんだから。ぼくが持ったら先輩ズブ濡れですよ」

「それは、そうだが……」


 観念したようで、先輩は傘をさしてぼくを入れてくれた。

 ギリギリの大きさで、二人とも濡れないようにするには結構近づく必要があった。

 ぼくの肩が先輩の二の腕に触れる。その時気づいた。

 コレ……”相合傘あいあいがさ”じゃん……!

 頬が熱くなるのを感じる。だ、大丈夫かな。雨が降ってて視界が悪いし、バレないよね?


「どうした、大丈夫か?」

「だだだ、大丈夫でっす! 行きますよ!」

「おい、足元悪いんだから走るな!」


 ふいにドキドキしたのをごまかしながら早足で”現場”に到着した。

 保育園の裏側の塀の上、猫よけであろう先の尖った鉄柵に例の”死骸”はあった。


「これなんですよね。どうなってるのやら、困ってるんです。普段ならすぐに撤去するんですが、今日はお二人が来るので現場を保存しています」

「これは……」


 ゴクリ、ぼくは唾を飲み込んだ。

 想像よりもかなり凄惨な現場だった。尖った鉄柵にはトカゲや虫といった小さな生物の他に、ネズミや猫といった小動物の身体の一部と思わしきモノが刺さっている。


「串刺し……」


 残酷さに目が眩みそうになりながら、園長さんに事情聴取する。


「犯人に心当たりはありませんか?」

「全く。強いて言うなら、園児たちは『ヒサユキくんがやったよ』とみんな口を揃えて言うんです」

「ヒサユキ? その名前に心当たりは?」

「ありません。園児やその家族にも、私の知り合いにも思い当たる人物は……」

「うぅ……謎ですね」


 確かに、園児たちの保護者や保育士さんからのメールにもその名前を見た気がする。

 「ヒサユキくん」、いったい何者なんだろう。その人がこの串刺し事件の犯人なのだろうか。


「なるほどな」


 ぼくがうんうん悩んでいるうちに、先輩は何かに納得したように頷いた。


「そういうことか」

「『ヒサユキくん』の謎が解けたんですか!?」

「いや全くわからない。ただこの串刺しはそもそも“事件”じゃあないし犯人もいないかもしれないぞ」


 先輩は言った。


「”百舌モズ早贄はやにえ”だ」

「はやにえ? 鳥肉の煮物みたいなヤツですか?」

「それはそれで美味そうだがぜんぜん違う。百舌という鳥の習性のコトだ。秋ごろになると、百舌は冬に備えて捕らえた獲物を保存する習性がある。木の枝や鉄柵に串刺しにして、な」

「それってもう答えじゃないですか!」


 ぼくは興奮気味に先輩の仮説に飛びついた。


「このあたりには百舌が生息してますし、季節は秋。保育園の鉄柵といい、条件はばっちり揃ってますよ!」

「ですが――」


 園長さんが口を挟んだ。


「ネズミはまだしも、猫の死骸はどう説明するんですかな? 愚見を言わせていただけるなら、百舌の体格で猫を狩るというのは難しいと思いますが」

「百舌自身が猫を狩ったとは限りませんよ! きっと交通事故とかで最初から損傷した死骸を運んできたんですよ!」


 先輩が口を開く前にぼくが返答した。「ですよね!」と先輩を見ると、「そうだな」とそっけない返事が返ってくる。

 これで謎は解けた。稀に見るスピード解決だった。

 鉄柵に刺さった不審な死骸は”百舌の早贄”であって、怪奇現象なんかでは決して無い。

 この結論には園長さんも納得したようで、にっこりと頷いて「腑に落ちました」と言った。


「お二人に頼んで正解でした。怖がっていた園児たちも安心するでしょう」

「動物の習性の勉強にもなると思うので、詳しく教えてあげてくださいね。ちっさな子ってそういうの好きですから!」

「ええ、ぜひとも。それで、謎解きの謝礼についてですが――」

「この傘でいい」


 園長さんがなにやらギッシリと詰まっていそうな封筒を取り出したところで、遮るように先輩が言った。

 びっくりした。報酬にがめつい先輩が傘一本で妥協するなんて。


「先輩、マジですか!? なんかスゴそうな封筒出てきたんですけど!?」

「報酬のために活動してるワケじゃあないっていつも言ってんのはお前のほうだろう。俺たち二人とも傘を持っていないんだ。傘をもらって帰ったほうが役に立つハズだ」

「……確かに、そうかも」


 帰りも先輩と相合傘か……。

 ふ、不本意だけど。不可抗力だし、仕方ないかな!

 ぼくは可能な限り残念そうな顔で了承した。


「お二人ともお足元の悪い中ご足労いただき、ありがとうございました。ではお気をつけて」


 保育園を出る。ぼくらを園長さんが見送った。

 高校生二人、ギチギチの相合傘で立ち去ろうとしたその時だった。

 先輩が立ち止まり、振り返らずに言った。


「園長さん、これで依頼は完全に解決した。そういうコトにしときますんで。これで十分でしょう」

「……?」

「これ以上なにかしようと思ってるなら、ここらでやめといたほうがいいですよ。何事も引き際が肝心なんで」

「先輩、なに言って――」

「帰るぞ」

「ちょ、待ってください!」


 不可解な言葉を残して早足で立ち去る先輩。保育園からかなり歩いたところで、先輩は周囲を見回すと言った。


「ついてこないな」

「先輩、急にどうしたんですか? 雨が止むまで待たせてもらっても良かったじゃないですか。それに園長さんに言ってたことも、どういうことか全然――」

「犯人は園長だ」

「は?」


 突然言い放たれた”犯人”という単語に理解が追いつかない。

 完全に思考が停止していたぼくに、先輩はさらに推理の雨を浴びせてくる。


「園長と話している時、お前はしきりに髪をイジっていたな」

「は、はい。雨で濡れちゃって髪型ボサボサになっちゃいましたし。乙女としてありえませんから」

「人間は通常、目の前の相手の仕草を無意識に多少なりとも真似マネてしまう習性がある。ミラーニューロンってヤツがあるからだ。普通なら、あれほど髪をイジくってたら園長も髪が気になるような仕草をしたハズだ。だが全くなかった。園長は共感能力に欠けている可能性がある」

「それって俗に言うサイコパスってヤツですか? でもそれだけで犯人呼ばわりは単なる言いがかりなんじゃ……」

「根拠はまだある。今回の依頼、出したのは園児の保護者たちと保育士だったな。園長は含まれていたのか?」

「い、いえ……」

「園長だけが”死骸”の調査依頼を出していない」

「単にぼくらのことを知らなかったとか?」

「『お二人の噂はかねがね』とか言ってただろ。知っていたはずだ。加えて、依頼を出していないにも関わらず来園する俺たちの対応をしたのは園長だ。依頼を出した保育士に任せなかったということは、現場の一番近くにいることで、それを探る人間から犯行を隠そうとする意図があったのだろう。『犯人は現場に帰ってくる』、自身の犯行が捜査されるとなったら誰だって気になるもんだからな」

「で、でも……園長さんがやったとして。どんな意図があって……」


 先輩は表情を変えずに断言する。


連続殺人鬼シリアルキラーが人を殺す前に小動物で練習するという事例は数多く報告されている。鉄柵に刺されていた猫の死骸、お前は事故死したモノだろうと推測したが。それにしては断面が綺麗過ぎる。間違いなく人間の手で解体・・されていた」

「そんな……それってつまり、園長さんがシリアルキラーだってこと、ですか……?」

「予備軍かもなって話だ」

「で、でも! わざわざ鉄柵に刺して人に見つかるようなリスクを犯すなんて!」

「快楽殺人者からすれば、リスクのない殺しの快楽ほど小さいものだ。わざわざ狩った対象を見せつける一見不可解な行動の裏には、自身の能力を世間に誇示したいという欲望が隠されている。ああいう儀式的な“見立て”の殺しってのもシリアルキラーの行動様式としては定番だな」

「っ……!」


 そこまで話してやっと理解できた。

 先輩が保育園からすぐに立ち去った理由。園長が危険人物だとわかったからだ。

 そして、最後に先輩が言ったことの意味が。


『これ以上なにかしようと思ってるなら、ここらでやめといたほうがいいですよ。何事も引き際が肝心なんで』


 あれは「人殺しの練習を動物でやっていることはもうバレているから、これ以上エスカレートしたら通報するぞ」と。

 先輩から園長への忠告だったんだ。


「ちょ、ちょっと先輩! どうして犯人がわかったのに放置したんですか! さっさと通報しちゃいましょうよ!」

「証拠がない。お前が言ったんだろ、これは根拠の乏しい推測に過ぎない。むしろ下手に刺激すれば何を仕出かすかわからない状況なんだ。犯行がバレているかもしれないと匂わせることで釘を刺す程度に留めておくほうが現実的だ」


 「おそらく――」先輩はさらに恐ろしい推測を口にした。


「あれ以上エスカレートしたら、次の犠牲者は園児だったろうからな」

「――」


 絶句した。それ以上何も言えなかった。

 やがて分かれ道に差し掛かる。ぼくと先輩の帰り道はここから別々だ。

 先輩は「お前が持ってろ」と言い、ぼくに傘を押し付けると雨に降られながら走り去る。呼び止める間もなく、雨模様の中に彼の背中は消えていった。



   ☆   ☆   ☆



 その後、園児たちの保護者や保育士から感謝状が届いた。

 ぼくらが訪れて以降、例の”串刺し死骸”の事件は二度と起こっていないらしい。

 そしてもう一つ。


「園長さんが、亡くなった……?」


 事故死だった。

 あの雨の日、雨漏りに気づいたらしい。後日、保育園の屋根を修理しようとして上にのぼり、そのまま足を滑らせて落下した。

 それが表向き・・・の死因。園児たちを過度に怖がらせないように、世の中には詳細な死因を公表しなかったのだ。

 だけど保育士さんからぼくへの手紙の中に、園長の本当の死因が詳しく書かれていた。

 曰く、屋根にのぼった園長は足を滑らせると、そのまま落下して……。


 鉄柵に突き刺さったまま、誰にも発見されず数十分生き続け、やがて保育士さんが駆けつけた時にやっと事切れたのだという。

 最期に一言「ヒサユキ」と言い遺して。


「うそ……」


 園長は、本当に事故死したのだろうか?

 もしかしたら、先輩に犯行がバレた彼は絶望して自殺したのかもしれない。

 あるいは、彼の所業と死因の不気味な一致から推測すると――。


「園長さんに串刺しにされた小動物たちの”呪い”――だったりして」


 こうして今回の”謎解き活動”は幕を閉じた。

 鉄柵は危険だということで、撤去されることになったらしい。もう二度とあの保育園で串刺し事件は起こらないだろう。

 本当に犯人は園長だったのか。だとしたら彼は何を考えてこんな結末をむかえたのか。

 結局「ヒサユキ」とは何者だったのか。

 それは今となってはわからない。彼はもういないし、全ては過去になった。

 ぼくは保育士さんからの手紙を握りつぶして、ひとりごちた。


「現実の世界こそ、人の想像フィクションよりもよほど荒唐無稽こうとうむけいなんだ」


 それは、いなくなったぼくのお父さんが遺した言葉。彼もまた”不可解な事件”でこの世を去った一人だった。

 それ以来、ぼくはこうやって世の中の不思議な事件や謎を追いかけている。

 不確かな噂話とか、村につたわる言い伝えとか、曖昧な目撃証言とか。

 そういう正体不明の謎を、ぼくは総じてこう呼んでいた。


 都市伝説フォークロアと。





 フォークロア(Folklore)

  1.古くから伝わる風習・風俗・伝承・口承。

  2.あるいはそれらを対象とした学問。民俗学。

  3.転じて正体不明な近現代の噂話、いわゆる”都市伝説”を指す。




   ΦOLKLOREフォークロア:第壱蒐

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