20話「大賢者は王女と手合わせの約束をする」

 夕食を再開させて暫くするとジェラードの隣の席ではアナスタシアが赤い果実を口にしながら、アーデルハイトとなにやら楽しそうに会話を繰り広げていた。


「つまり私はだ! 魔術師は嫌いだが、それは魔法の方が剣よりも上だと考えて主張して偉そうに言ってくる奴が嫌いなのだ!」


 そしてアーデルハイトはグラスに注がれた飲み物を飲んで勢い良く机に叩きつけるようにして置くと、気分が向上しているのかアナスタシアに向けて魔術師嫌いの所以らしきことを言っていた。


「そ、そうなんですか。私はまだアーデルハイトさん達が扱う闘気というものが何なのかはよく知りませんが、きっとそれは魔法と同等の力であると私は思いますね」


 彼女はフォークを右手に持ちながら真面目な雰囲気を醸し出して闘気についての事を口にすると、自分なりにその力は魔法と比べても大差の無いものだと考えているらしい。


「そうだろう! 我が永遠の友アナスタシアよ! やはりお前とは気が合うな! 何処ぞの陰湿で常に本を読みあさっているような頭でっかちとは大違いだ」


 アーデルハイトは彼女の放った言葉を聞いて焼いた獣の肉を口にしながら高い声を出して笑うと、そのまま咀嚼した肉を飲み込んだあとに特定の人物だと思われる事を愚痴気味に呟いていた。


「え、えーっとそれは一体誰のことを……?」


 アナスタシアは彼女が口にした人物のことが気になったのか恐る恐る訊ねる。

 

「ん、なんだ? 魔女なのにアナスタシアは知らないのか? 純血の魔術師のみしか住むことを許されない魔術師国家、通称【ガラヴェンタ】という国の名を。そして私が今言ったのはその国の現王女のことだ」


 するとアーデルハイトは先程自分が言った者のことをガラヴェンタという国に住む王女の事だと言うと再び骨付き肉を食べ始めて、ジェラードはその話を聞き流しているとフォークに生野菜を刺して一口食べてから魔術師国家という中々に因縁のある場所を脳内に思い浮かべた。


「ええぇっ!? そんな国があったのですかぁ!?」


 アナスタシアは初めてしったのだろうか魔術師のみが暮らす国に興味を抱いたのかはわからないが、表情を驚愕のものへと変えてから彼の方に視線を向けていた。


「顔が一々うるさいぞ。お前は小さい頃は家で本を読み漁っていたのだろう? ならば一度ぐらいは世界地図に目を通さなかったのか?」


 鬱陶しい視線を向けられてフォークを持つ手が止まると、ジェラードは渋々彼女と顔を合わせてから世界地図という言葉を出して問うた。


「見てませんよ! 私が見ていたのは童話の類であって、魔法に関したものは全てお母さんから聞いていましたからっ!」


 アナスタシアは若干強めの口調でそう言いながらナイフの先端を向けてくると、一体何に対してそんなにも興奮しているのだろうかと彼は面倒ながらも考えたが恐らく魔術師だけが暮らしているという国に単純な好奇心が働いているのだろうと予想した。


「ふむ……なるほど。つまりは世間知らずの娘ということか。……まあそのガラヴェンタには何れ行くことになるだろうから、その時にまた教えてやろう。今は食事が優先だ」


 考えを纏めたあとジェラードは頷いてから口を開くと旅の道中で立ち寄ることもあるだろうと言って再び視線を食器へと移してフォークを使用すると食事を再開させた。


「そ、そうですか……はぁ。あっ、そうでした。ずっと聞きたくてタイミングを逃して聞けなかったのですが、なぜアーデルハイトさんは私達があの鉱石店に居る事が分かったのですか?」


 小さく溜息を吐いてからアナスタシアが話題を変えると、それは鉱石店で自分達が騎士団に絡まれている所に颯爽と王女が現れたことが気になっている様子であった。


「んぐっ……それは実に簡単なことだ。お母様から聞いただけだからな! はははっ!」


 アーデルハイトは肉を食べ終えたらしく骨だになった棒を皿の上に置くと彼女に顔を向けて質問の答えを返していた。


「えっ? それはつまりどういう意味なのでしょうか……」


 アナスタシアはそれを聞いても謎が深まるばかりなのか首を傾げている。


「んんっ、すみませんねアナスタシアさん。娘は人に物事を説明する時に中身をだいぶ折ってから話す癖がありますので大抵は意味不明なのです。……ですがアーデルハイトが言っていることも事実なのですよ」


 喉を整えるように咳払いをしてから女王が声を出すと娘のことについて軽く話す。


「は、はぁ……?」


 彼女にとってそれは更に謎が深まるばかりなのか口を半開きにして目は丸くなっていた。


「えーっと……説明してもよろしいのでしょうか?」


 女王は事の事情を全て話すには彼の許可がいると考えたのか訊ねてくる。


「構わんぞ。別に隠すことのほどでもない」


 ジェラードは食事に集中するべく顔を向けることなく許可だけだした。


「分かりました。では一から説明するとですね? 私が部屋でいつも通りにお茶を堪能していると直接脳内にジェラード様の声が聞こえてきたのです。一瞬幻聴かとも思い無視しようとしましたが、だんだんと声がはっきりと聞こえるとそれはやはりジェラード様のものでした。そして話を聞くと何やら物騒な事に巻き込まれたようで私は直ぐに今動かせる者を遣わせた訳です」


 彼から許可を貰うと彼女は両手に持っていたフォークやナイフを置いてから改めて視線をアナスタシアへと向けて事情を話し始めるが、その話を聞きつつジェラードは確かに面倒な騎士達に絡まれた時に意思魔法を行使して女王に何とかするようにと丸投げていた事を思い起こした。


「それで私がジェラード様たちを助けに向かったという訳だっ!」


 女王が話し終えて直ぐに誇らしげ胸を張りながら席から立ち上がるアーデルハイト。


「おお……ワシが寝込んでいる間にそんな事があったとは……。しかしワシの娘ながらようやったぞ!」


 そんな彼女の隣では国王が呪いによって床に伏せている間に起こった一旦の出来事を知ると、同じく席から立ち上がって娘を褒めるように乱暴に頭を撫でて王女の髪をくしゃくしゃにしていた。


「ふっ、まあそういう事だアナスタシアよ」


 ジェラードは食事の手を止めていた彼女に意識を向ける。


「ほぇー……なんという裏事情でしょうか。ですけど謎は解決したのでモヤモヤが晴れた気がします!」


 アナスタシアは漸く腑に落ちたのか表情は晴れ晴れとしていてフォーク持つと徐に蒸した芋へと刺して美味しそうに頬張っていた。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 そして暫くすると机の上に並べられていた料理が全て無くなり、ジェラードの腹も中々に満たされて最後にグラスに注がれた琥珀色の酒のようなものを飲んで終いとした。


「さて、食事も終わったことですし部屋に戻りますかのう」


 全員が食事を終えてグラスの中身も空にすると国王が席から腰を上げようとする。


「あ、あのジェラード様! 少しよろしいでしょうか!」


 それよりも先にアーデルハイトが何処か神妙な面持ちで顔を彼へと向けてきた。


「ん、なんだ?」


 ジェラードは腹も膨れて体が満足したのか欠伸をしながら聞き返す。


「その、えっと……わ、わた、私と手合わせをして頂けないでしょうか!! お願いします!」


 彼女の口からは手合わせという言葉が飛び出すと同時に机に自らの額を当てる勢いで頭を下げていた。


「……なにっ!? よく考えてからものを言うのだアーデルハイトよ! 相手はかの王都の大賢者様で有らせられるのだぞ!」

「そうですよ! いきなりそんな無礼な事を言うだなんて……」


 王女の言葉に国王や女王は焦りの姿を見せつつ急いで撤回するように言うと、依然としてアーデルハイトは取り消すような言葉は口にせずに只管にジェラードの答えを待っているようであった。

 

「ふむ、アーデルハイトと手合わせか。……まあここに泊めてもらう宿代としては丁度いいかも知れんな。で、手合わせの日時はどうする?」


 そして彼は頭の中で王女と戦う事で何かメリットはあるのだろうと考えると自ずと答えは出て、その結果意外と有りなのかも知れないと思うと手合わせの件を了承した。


「あ”ぁ”ぁ”! ありがとうございます! えっと日時は……」


 アーデルハイトは戦うことが許された事で両手を上げながら歓喜の声を出すが、日時の方はまだ決まっていないようで眉間に皺を寄せながら考えている様子であった。

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