争いの終わらせ方(Bパート)
「キサマが巨人族の総大将か」
聞き覚えのある声だった。
巨人族の首領であるテンドウが顔を上げると、見知らぬヒト族の男が天幕の入り口に立っていた。
いや、ヒト族にしては体躯が大きい。
かといって巨人族にしては体躯が小さい。
ここに来るまでに幾人の巨人族を斬り殺してきたのだろうか。
手に持つ刀は曲がり、体中が返り血で赤黒く染まっていた。
「ひとりで来たのか」
「ああ。キサマの首をもらいにきた」
やはり聞き覚えのある声だった。
今から二十年ほど前。最後にその声を聞いたときのことを思い出す。
「父さん。俺たちのことを認めてくれないか」
「なにを言っているんだ、ラキド。よりにもよって巨人族の首領の息子が、ヒト族の女を連れてくるなど……頭がどうかしてしまったのか?」
ヒト族の女と並んで、頭を下げる
これが首領の息子でなかったとしても、テンドウはふたりの婚姻を認めることなどできなかっただろう。それほどに巨人族とヒト族の間の溝は深かった。
「父さんたちは……巨人族がどうとか、ヒト族がどうとか、そんなくだらないことでこれからも争い続けるつもりなのか?」
「……くだらないこと、か」
ラキドは知らないのだ。
親や兄弟、我が子をヒト族に殺された者達の気持ちを。
もちろん、ヒト族の方も同じ気持ちを抱えている者がたくさんいるだろう。
争う、とはそういうことだ。
首領の息子に生まれたがゆえに、特別な存在として育てられてきたがゆえに、他人の心の痛みに疎い。そう育ててしまったのはテンドウであり、もはや取り返すことはできない。
「こんなくだらない争いはもう止めるべきだ。俺たちの婚姻がその架け橋になる」
若者らしい『夢』と『希望』しか詰まっていない理想論。
そこには『現実』の入り込むスキマなど、小石ほども空いていないのだろう。
争いはくだらない。そんなことは誰だってわかっている。それでも争いが起こるのは、ヒト族も巨人族も等しく感情に動かされる生き物だからだ。
奪われたから奪う。奪うから奪われる。
殺されたから殺す。殺したから殺される。
繰り返される怨嗟の連鎖こそが争いだ。
争いの終わりは、どちらか一方が戦意を失うまで奪い合い、殺し合った先に訪れる。
この家を一歩出て、同じことを口にしてみろ。
お前の隣にいるヒト族の女は、お前が考えうる最悪をはるかに超える残忍な方法で殺されることになるぞ。
そう言いたい気持ちをグッと押さえて、テンドウは拳で床を打ちつけた。
足元が大きく揺れ、拳は床板を突き破った。
「今晩のうちにココを出ていけ」
「え?」
顔を上げたラキドは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
首領の息子である自分が、まさか追放されるようなことにはなるまいと高を括っていたか。
我が息子ながら、どこまでも情けないヤツだ。
「さもなくば、そこのヒト族を捨ててこい」
「そ、そんなこと――」
「できぬのならば、ふたりでココを出ていけ」
それ以外の選択肢は存在しないし、交渉の余地など一切ない。正確には、ふたりを匿える限界が今晩まで。
ラキドがこの地にヒト族の女を連れてきたことは既に同胞たちに知られている。
明日には事情を聞きに来る者もいるだろう。
そうなればヒト族の女の命はない。
父として、バカ息子にかけることができる最後の情け。かくして、ラキドはヒト族の女と共にこの地を出ていった。
「お前、両親は現在か?」
「……どういうつもりだ」
おおよそ命のやり取りをする場に相応しくない質問に、ヒト族の男が眉をひそめた。
テンドウ自身も口にしたことをすぐに後悔した。
もし、目の前のヒト族がラキドの息子だったとして、だからなんだというのか。
「自分たちは血が繋がっているのだから争うべきではない」などという理想論を口に出せるほど、テンドウは若くなかった。
「いや……気にするな」
そこからは巨人族とヒト族との殺し合い。
刀が弾け、蹴りが飛び交い、拳が交差する。
結末はすぐに訪れた。
テンドウの首元に、折れた剣の切先が当てられている。しかし、そこから剣が動かない。
ヒト族の男は鬼気迫る表情で、ただテンドウを見つめていた。
「どうした? ワシの首を獲りに来たのではなかったか」
「…………なぜだ。なぜ、手を抜いた!!」
息を荒くして激情に身を任せる姿に、再びラキドの姿が重なった。
テンドウはまったく手を抜いた覚えはない。だが、身に覚えはある。
かわいい我が子を追放し、二十年経って現れた孫を殺すことなど、どうして出来ようか。これもまた感情に動かされた結果だ。
「敵の首を獲るのに、理由が必要なのか?」
――争いの終わりは、どちらか一方の戦意が失われるまで叩きのめしたときにだけ訪れる。
巨人族の首領であるテンドウの首が獲られれば、士気は落ち込み戦意は失われるだろう。
それは争いが終わる、ということだ。
ラキドは自分たちが『架け橋になる』と言っていた。それは実現することはなかったけれど、そんな彼らの子がヒト族の刺客として現れ、争いに終止符を打つというのだ。
こんな皺だらけの首ひとつで、息子と孫の願いを叶えられるのなら安いもの。
テンドウは首元から一族の護り石を取り出して右の掌に乗せる。ギュッと握りしめたら、ひんやりとした薄水色の鉱石が掌の熱を奪った。
目をつむり、最期のときを待つ。
しかし、一向に刀が振り下ろされない。
訝しんだテンドウが再び目を開けたとき、ヒト族の男の姿は無かった。
【Bパート 了】
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