初恋、再会(Aパート)


「もしかして、菅原すがわら君?」


 同期の結婚式、その二次会で俺は運命の再会をした。


「え? おまえ、まさか蒼井あおいか? うっわあ、こんなところで会うとかマジか。え? 何年ぶりだっけ?」

「え? あ、高校卒業以来だから……8年、かな。ひさしぶりだね。私のこと覚えててくれたんだ」

「あ、あったり前だろ! 一緒のクラスだったのに忘れるわけねぇじゃん」

「そっか。そうだよね」


 もちろん、そんなことはない。


 卒業して8年だ。地元に残っている連中と違って、上京組みの俺には新しい人間関係がどんどん増えていく。必然的に新しい記憶が古い記憶を塗りつぶしていくわけで、高校の同級生など半分くらいしか覚えていない。それもほとんどは男子だ。


 それでも蒼井のことは忘れていなかった。

 いや忘れられるわけがない。彼女は俺の初恋の人なのだから。


 たしか地元の短大に進学したと聞いていたのだけど、いつの間に上京していたんだろう。


「菅原君は変わってないね」

「そうか? 蒼井は……綺麗になったな」

「え!?」


 しまった!

 急に何を言い出しているんだ俺は。


 だけど、これは本心だ。

 高校時代も可愛かったけど、今はもっと大人っぽく美人になった。

 透明感があってアカ抜けた都会の女性、といった感じだ。


 これがメイクアップの効果というやつだろうか……。


「いや、大人っぽくなったっていうか。ちょっと、背とか伸びたんじゃない?」

「変わってないよ。誰かほかの子と間違ってるんじゃないの」

「ない! それは絶対ないから!!」


 苦し紛れのフォローも失敗。

 蒼井の顔も、明後日の方を向いてしまった。


 いつもこうだ。ここぞ、というところで決められない。

 同期が結婚していく中でも、俺が独身街道を突き進んでいるのは、こういうところに理由があるのだろう。


 俺は静かにため息をついた。

 そこに蒼井は、不意打ちで俺の顔を覗き込んできたんだ。


「ねえ、菅原君。また、会えるかな?」

「ひぇ!? あ、ああ。もちろん」


 変な声を出しながら、俺は蒼井と連絡先を交換することに成功した。


『昨日はありがとう。またゆっくり話しようね』

『おう。俺も久しぶりに会えて嬉しかったよ』


 メッセージアプリで挨拶を交わす。

 ネーム欄に表示された【アオイ】の文字に思わず顔がニヤけた。


 それから。

 俺は蒼井とこまめに連絡を取って、休みの日にはデートに誘った。

 映画を見たり、食事をしたり、高校時代の思い出話をしたり。

 半年後、俺は蒼井に告白し、晴れて付き合うことになった。




『おい菅原、年末は帰ってくんのか?』

『決めてねぇ』

『同窓会やるから、帰って来いよ』


 高校時代の悪友、吉河よしかわからのメッセージに俺の指は止まった。


 同窓会ってのは、地元から飛び出したヤツに冷たい。

 俺がいない時間も、あいつらは同じ時間を過ごしていて、思い出を共有している。

 だから同窓会に行っても、俺だけ話についていけなくて疎外感を感じることになるんだ。


 ピコン。

 吉河から、新しいメッセージが届いた。


『蒼井も参加するぜ。おまえ、高校んとき蒼井のこと好きだったろ?』


 俺は目を大きく開いた。

 聞いていないぞ。蒼井が帰省するなんて話は、本人から一言も聞いていない。


 地元が一緒で、今は恋人同士なんだ。

 声を掛けてくれれば、一緒に帰ることも出来るのに……。


 いや、まだ付き合ったばかりだ。

 あまり面倒くさい男だと思われてもよくない。


 そんなことよりも、ちょっと楽しいことを思いついた。

 地元のヤツラは俺と蒼井が付き合っていることを知らない。


 それなら、同窓会の場で交際宣言をしたら、みんなどんな反応をするだろう。

 考えるだけでワクワクしてきた。


 そして、同窓会当日。

 地元では有名なパーティーホールの小さめな部屋で立食パーティー。


 開始30分も経っていないのに、地元組は一気飲みで顔を真っ赤にしていた。


「よお! 菅原、久しぶりだな」

「だな。吉河と会うのは2年ぶりか?」

「もうそんなだっけか。月日が経つのは早いねェ」


 わざとオッサンくさい会話をするしながら、透明なグラスに瓶ビールを注ぎ合った。


「あれ? もしかして菅原君? うっわあ、久しぶりじゃーん。たしか、東京の大学行ったんだっけ」


 背後から、酒やけしたハスキーな声で名前を呼ばれ、俺は振り返る。

 そこに立っていたのは、いかにも『田舎の美人』といったアカ抜けない姿の女性。

 しかし、その顔には確かに見覚えがある。


 彼女は

 もちろん俺の彼女である蒼井とはまるで別人。


 高校時代からそのまま田舎暮らしを続けていたら、きっとこうなっていただろう蒼井の姿がそこにあった。


 じゃあ。それなら。東京にいる蒼井アイツはいったい誰なんだ?




          【Aパート 了】

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