【ー記憶ー】90

「まぁな。 しかも、今日一日、仕事の合間をぬって望の様子を見に来ていたんだけど、日常的には問題ないようなんだよな。 普通の会話もちゃんと出来るしさ」

「会話は出来るんやなぁ。 ほな、覚えてへんのは人物だけなんか?」

「あ、いや……過去の記憶もなんじゃねぇのか? 少なくとも俺と出会ってからの記憶はねぇ訳だしさ。 あとは仕事の方なのかな? そこまでは仕事してみねぇと分からないんだけどさ」

「そうなんか」


 二人の間で会話が止まると、望の寝息だけが聞こえてくる。


「ほな、望の方もまだ寝とるみたいやし、俺、帰るな」

「そっか……また、明後日も来るんだろ?」

「ああ、まぁな」

「それは別に構わないんだけどさ。 お前も方も体には気を付けろよ。 望ばっかに構うのはいいんだけどさ、自分の体調の方も管理してくれねぇと困るしさ。 望がもし回復してお前がいなかったら困るだろ?」


 雄介は和也が気を使ってくれた言葉に微笑むと、


「お前に言われんでも分かっておるわぁ。 でも、ありがとうな。 ほな、また、明後日」


 そう手を掛けていたドアノブを開けて雄介は望の病室を後にする。


 病院から帰り途中の雄介。


 今日はいつもより家までの道のりが遠く感じる。


 いつもなら自分の隣には望がいたからなのかもしれない。


 確かに一人で歩いているより、もう一人誰かと一緒に歩いていた方が遠くても近くに感じるのだから。


 逆に一人で歩いていると近くても遠くに感じるものだ。

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