前のエピソード――【ー記憶ー】54

「あ、ああ……まぁな。　あ！　そうだ！　俺、風呂に入って来るなっ！」

　そう望は何かを誤魔化すように話を反らせると、リビングを出てお風呂場へと向かうのだ。

　雄介は望を見送った後すっかり冷めてしまった自分のコーヒーをテレビを見ながら啜る。

　だが聴こえて来たのはお風呂場からの水音だ。

　雄介はそこで一つため息を漏らす。

　こう恋人がお風呂に入っているのに妄想しない男はいないだろう。

　そういう風に妄想してしまう程、雄介の方も望に溺れてしまっているという事なのだから。

　いや恋人がいるのにここの所、望の事を抱いていないという想いがより妄想力を駆り立ててしまっているようだ。

　完全にご無沙汰気味の雄介。

　だが、やはり望も仕事をしていて忙しいのは十分承知している事なのだから望を抱く事を諦めてしまっていて妄想だけが暴走してしまっているのかもしれないという事だ。

　そうだ。　今こうして二人だけで一緒にいれられているだけでも十分幸せなのに、それ以上望んでしまったら幸せな事が逃げてしまうのかもしれない。　雄介の中で望と一緒に居られる事だけで満足しようとしているのであろう。　そうだ、これ以上、望んでしまうと何だかその幸せな時間が逃げて行ってしまいそうで雄介はそれ以上の事を望まないようにと妄想だけにおさめたようだ。

　雄介はコーヒーを飲み干すとキッチンへと向かう。　その途中リビングのドアの開閉音が聞こえて来る。

　どうやら望がお風呂から上がって来たようだ。

　その望はお風呂から上がって来ると、ソファへと座りテレビへと視線を向ける。

　雄介はコーヒーカップを洗い終えると、望がいるソファへと足を向けるのだ。　だが相変わらずの頭の拭き方にソファの後ろで足を止め望の首に巻いてあったタオルを取り上げると雄介は望の頭を拭き始める。

「まったくー、頭の拭き方、相変わらずなんやからな。　ちゃんと拭いてこなぁ、今度は望が風邪引く事になんで」