第24話 聖女への期待
どうやら聖女様は、少しお元気になられたらしい――。そんな噂が星神殿を巡り、帝都の町にまで広がるのに、一日とかからなかった。
アネリナがそれを知ったのは、指導に訪れたリチェルから聞かされたときだ。
「その素早さ。民の聖女への期待が窺えますね」
少々外が騒がしく聞こえていたのは、アネリナの気のせいではなかったようだ。
「ええ。星神殿を拠り所と思ってくださっている方は、まだ大勢いるのです」
神官として実感できる敬意を目の前にしたリチェルが喜ぶのも、理解できる。しかしアネリナは気がかりの方が大きかった。
「騒動に繋がらねばよいのですが」
「騒動?」
リチェルはきょとんとしている。喜びが勝って気付いていないらしい。
「今の星神殿は、彼らが求めているものを出せませんから」
災害の予見やその対処、あるいは現政権からの圧力の打破。どちらも叶わない。
「集った人々は、裏切られたと思うかもしれません」
「それは……確かに」
期待を抱いた分だけ、反発も大きくなる。人の心とはそういうものだ。
「大きな災害に見舞われないよう、祈るばかりです」
「……そうですね。一度離れた民心を取り戻すのは、ゼロから始めるよりも難しい」
「はい」
とはいえ、星神殿に限ってはそれ程ではないかもしれない。
代替わりをして、次代の聖女が星の導きを皆に示せばきっと大丈夫だ。アネリナ自身は無能な聖女と非難されることになるだろうが、問題ない。
(ヴィトラウシス様がいつ御子を授かるにしても、聖女としての役目が果たせるようになるまでは、また時間がかかるでしょう)
ヴィトラウシスも、急ぎたい気持ちと、務めのために子どもを望んでいる罪悪感とで、複雑な心境にいることだろう。
(心から愛する女性が現れて、星の導きを得られれば良いのですが。……ん?)
そこまで考えて、ふと、無視できない可能性に思い至った。
(襲撃者は、星と隔てられているようなことを言っていた。もしかしたら、出会って導きを得る相手だったとしても、分からないのでは?)
だとするならば大変だ。
(下手をしたら、ここで星の血脈が途絶えることさえあり得るのでは)
この大地に暮らす人間として、それは望ましくない。
「ともあれ今は、できることからやるしかありません。昨日の復習をしつつ、採寸を済ませてしまいましょう」
「お願いします」
昨日指導された、美しい姿勢を維持するよう心がけつつ、リチェルの採寸に身を任せる。
「ときに、建国祭とはどのような催しなのでしょう。実はわたくし参加したことがないのです」
「そうですね。皇族の皆様と大神官以上の星神官たちがパレードで町を巡り、聖火の前で星に祈りを捧げ、祝福を賜る。ユリア様が行うのはあくまで儀式だけですから、パレード自体は馬車の中にいれば大丈夫でしょう」
「ああ、そうか。『建国祭』ですものね」
星神殿の儀式というだけでなく、皇族にとっても重要な一日と言える。
星の導きによって生まれたステア帝国だ。本来ならばどちらも切り離せないものであるのだろうに。
現状の隔たりは、非常に深い。
(皇帝もいるのならば無茶はしない……とは、言い切れなくなりましたね)
「あの襲撃者はどうなりましたか?」
「確実に、輪廻の輪に返した、と聞いています」
「そうですか」
己の命を狙ってきた相手だ。その灯火が尽きたとして、安堵こそすれそれ以上の感想はない。
手を下したのはおそらくアッシュだろうから、間違いもないだろう。
「何か分かりましたか?」
当人から聞くことはできなかったが、肉体という物証は残っている。そこから読み解けることも少なくないはず。
例えば、種族や出身地。魔力の傾向を探ればあたりを付けられるかもしれない。
「人族であることだけは、分かりました。ですがそれ以上は……」
「残念です。が、相手の周到さを褒めるべきなのでしょうね」
夜襲を仕掛けてくるような相手だ。身元が分かるような品を携帯していないのは当然としても、もう少し、手掛かりになるようなものが掴めるのではと期待はした。落胆は否めない。
「前皇帝や星神殿――というか、星の導きを重視する在り方に、反発をしている組織に心当たりはありますか?」
(もし、わたくしならば)
俗世の権力のために皇帝を弑逆したとしても、星神殿は残す。自分の治世にも有用だからだ。
だが相手はむしろ、星神殿を失わせようとしているように感じられる。
「いいえ。わたしが星神殿に仕えて数十……んんっ」
年数を口にしかけて、リチェルは不自然な咳払いで誤魔化す。
「――仕えて長く経ちますが、そのような話は聞いたことがありません。
「そうですか」
相手がぼかしたところを突っ込むほど、アネリナの性格は悪くない。さらりと聞き流した。
そもそも、人族とは寿命の長さが違う精霊や獣人を、単純な年数だけで人と同じように換算するのは間違っている。
(寿命の長さに関わらず、体感する時間は同じ、とも聞きますし)
それでもリチェルが誤魔化したのは、指摘されていい気分ではないからだ。
「しかしあの口ぶりや行動。個人や、昨日今日できた組織とも思えません」
「十八年前もしかり、星の一族にとって危険な組織を予見できなかったのも、すでに星と隔てられていたからだと……?」
「かもしれません」
導きを受け取れる聖女がいてさえ、星の一族は負けた。
どうやら正体不明の相手に狙われ続けるのは、覚悟をするしかないようだ。
「今からでも調べるべきですね。表立ってはいませんが、今の皇宮にも我々の協賛者はいます。彼らに頼むことは可能でしょう」
「心強いことです。……無茶はしないでいただきたいですが」
「同感ですが、必要があればやるでしょう。貴女もそうではありませんか?」
「……ええ」
(ですが星神殿にとってそのときは、今でしょうか?)
アネリナは所詮偽者だ。星の一族の治世を取り戻すためだというなら、本当の意味での無茶をする必要はない。
(……それどころか)
もしアネリナが死に偽者だと気付けば、敵対者は安心するのではないだろうか。
ああやはり、星の一族は絶えている、と。
相手の警戒を解くという意味では、手段としてなしではない。何よりそうすれば、本物であるヴィトラウシスが一応の安全を得られる。
あまりに、悪辣な考え方だ。
だがどうしても、そんな不信感がアネリナの頭には過ってしまう。
(状況が変わって。……信用できていないから、ですね)
一日二日で信頼関係が生まれるはずもないのだから、仕方のないことだと言えるだろう。
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