第5話

 タネに加える穀物粉を、小麦だけでなくユリ根や芋から精製した粉を使って混ぜるとホロホロと崩れる食感が楽しめる。


コーラルはその意外な食感でアウインを驚かせてやろう と歯応えが名前由来の”砂のケーキ”を作っていた。


「すみません。これを焼いてもらえますか?」


見た目が幼いのと、王子の客分ということもあり、火を扱う工程は離宮の料理人に任せることになっている。


「分かりました。焼き上がりはルチルを通してお伝えします。」


「お願いしますね。」


コーラルは厨房入口に控えていたジェイドと共に自室に戻る。




 「コーラル様、使用人に敬語は使うものではありませんよ。」


「でも私は以前から誰に対してもこのままで…。誰かに言われて…誰だったのかしら…。」


ジェイドが訝しげにコーラルに近付く。


「…分かりません。」


「申し訳ありません。失言でした。」


ジェイドは更に口を開きかけて―止めた。


軍席にいる自分が女性を上手く慰められるとは思えない。


それでなくとも当初はきつい言葉を投げていたのだ。


「ジェイドの言うことは気にするな。いつも通り振る舞えばいい。」


「殿下!?」




通路を右に折れたところにあるコーラルの部屋の前にアウインがいた。


狼狽するジェイドを尻目に、アウインはコーラルに向かって手を差し出した。


「コーラルに話があって来たのだが、部屋にいないようだからここで待たせてもらったよ。…女性の部屋に勝手に入るわけにもいかないからね。」


「…呼んで下されば殿下の部屋へ参りましたのに。」


恐縮しながらもコーラルはアウインの手を取り、自室へ引き入れる。


入りざま、ジェイドに告げる。


「菓子は私の部屋へ持っていくように指示しておけ。それからジェイドは時間があれば、そこの角で待て。」


「―かしこまりました。」


ジェイドは一礼し、コーラルの部屋の扉を閉めると踵を返す。


 (アウイン様がここに来られたのは、何かを掴んだか確認の為だろう。)


ジェイドは周辺の人払いをして厨房に言付けを残し、部屋内の声が届かない距離で警護にあたった。






 「”あの方”て誰?」


目の前には先ほど退室した部屋にいたはずのスペサルディンが魔道士を待ち構えていた。


「”移”の力をお持ちでしたか。」


「対象物は自分のみで、目の届く範囲でしか移動出来ないけれどね。」


スペサルディンが肩をすくめると


「いえ、見事なものです。」


魔道士は心から称賛した。


移動の魔術は制御が難しいのだ。


「庭ではなんだから私の部屋へ行こう。ああ、別に兄上に告げたりはしないよ。個人的な興味だから。」


魔道士は観念すると、先に進むスペサルディンの後をついていった。




 「第3王子の元にやった少女のことです。」


「お前が買ってきた奴隷だよね。…死んだという話じゃなかった?」


第1王子の実質剛健な作りとは対照的な豪奢な部屋で、スペサルディンは長椅子に身を投げ出しながら問う。


「殺された可能性が高いですが、第3王子であればあの方の希少性に気付いて生かしていることも考えられるのです。」


「希少な人物をみすみす手放したってこと?」


すると口惜しそうに魔道士は拳を握りしめた。


「正体が知れたのは転移をかける直前だったのです…。あの方は全身に施したはずの束縛魔術を触媒無しで破り、私が用意していた転送魔術用の石を掴み、自ら転移魔術を使用して逃げたのです。」


スペサルディンは指を2本立てた。


「質問がまず2つ。暗示魔術は掛けられなかったということ?」


「いえ、掛かっていました。ただ強い抗魔体質だったために転送魔術発動直後まである程度自我を保てていたようです。…しかし彼女の意志を押さえつけ、ビリディン王子の命令を遂行することは出来たはずです。」


「じゃあ次。”触媒”て何?」


スペサルディンは魔術に触媒を使う方法など聞いたことがない。


「あの方の魔術は行使する際に触媒が必要となるのです。…結果としてその術式で南方の古代魔術であることに…彼女の正体に気付いたのですが。強い魔術の為、通常は霊樹や霊石と魔力を繋いで術の逆凪の盾となってもらうのです。…盾がないと術の反動が自分に跳ね返り、身体を切り刻むことになるのです。」


「へぇ…。そんな怖い魔術があるんだ。」


スペサルディンは少し考え疑問を口にした。


「今は廃れている魔術なんだろう? あの奴隷は何者?」


魔道士は推測ですが と付け加えた。


「50年前に滅ぼされたスフェーン神国の神職者の末裔かと。神職は本来高貴な身分でないと勤まりませんが、そうすると神殿より出ることはありませんから…母親の身分が低く市井に紛れていたか、匿われて生活していたところを奴隷商が目敏く見つけたのでしょう。」

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