【短編】大晦日の夜に元カノが「……帰りたくないっ!」と突然押しかけてきたのだが……

渡月鏡花

【前編】最初で最後の客人、それは元カノ

 ピンポーン。

 ピ、ピン、ピンポーン。


 ——うるさい。

 うう……今は何時だろうか。

 

 焦点の合わない視界はつけっぱなしになっていた部屋の明かりを拒絶した。


 ぼーっとする空っぽの頭で、手当たり次第に手を伸ばす。

 ガサガサと数回ほど空振りをしてから、やっと枕元から少し離れたスマホを手繰り寄せることができた。


「……21時21分?」

 

 てか、寒い。


 ベッドの毛布にくるまっていても、やはりオンボロマンションでは冬の寒さをしのぐことは難しいらしい。


 エアコンをつければ手っ取り早いがいかんせん金欠の大学生には贅沢な代物だ。


 しかしそんな節約魂を持っていても睡魔には負けてしまった。


 つけっぱなしになったままのテレビからは年末の特番が流れていた。

 

 そうだった。

 つまらないテレビ番組をみていたんだ。


 だからなのかもしれない。

 まるで空虚な子守唄を聞いているように、うとうとして眠ってしまった。


 いやそんなことよりも……今オレは何をしようとしたんだ。

 何か忘れていないか?


 ピ、ピ、ピンポーン。


 ああ、そうだ。

 先ほどからインターホンが鳴らされていたんだ。


 しかしこんな大晦日の夜に誰だというのか。

 ……いやこのインターホンの鳴らし方をオレは知っている。


 いっそのこと居留守ということにでもしてしまおうか。


 しかしそんな怠惰な思考を邪魔するように……いやそんな思考さえも見透かした嫌な音がさらにオレのことを追い詰めた。


 ——ピンポーン。


 はあ……仕方がない。

 モゾモゾとベッドから這い上がると冷気が一気に肌に触れた。


「……さむい」


 床に落ちているカーディガンを羽織って、玄関へと向かった。

 バタバタと狭い廊下を歩いて玄関を開ける。


 スーッとやけに冷たい外気が頬にあたった。

 そのおかげで完全に目が冴えた。


 いや、それだけではないだろう。


 目の前に立っているのが——元カノだから。


「おそいっ!ああ、さっむー」

「……レイ」

「お邪魔しまーす」

「お、おい!」


 レイはオレを押しのけるようにして、ズカズカと部屋に上がり込んだ。


 てか……話、聞いていないし。



「相変わらず、冴えない顔をしているのね」

「うっせ。余計なお世話だ」

「ふふ、まあいいわ。そんなところも好きよ」


 相変わらずなのはレイの方だろう。

 

 それが数ヶ月ぶりに会った元恋人に対する態度かよ。

 

 大学構内ですれ違ってもオレの存在なんて無視してモデル仲間と颯爽と歩いて通り過ぎて行ったくせに……。


 好奇心の強そうな大きなアーモンド色の瞳がオレから逸らされた。


 自分のペースで行動しておいて、それでいてレイのペースに合わせることができなかった時に相手を馬鹿にするような言動はなんとかならないものなのか。 


 などという言葉が喉から出てくるところだったが、今回は余計な口答えをする前になんとか飲み込むことができた。


「それで、いまさら元恋人の家になんのようだよ?」

「別に……少し近くに用事があったから寄っただけよ」

 

 いつの間にかロングコートを脱いで勝手にハンガーに掛けていた。


 ……っち、相変わらず自分勝手な女だ。

 見てくれだけは可愛いからその外見に騙されて、何を血迷ったか告白なんてものをしてしまった。


 やけにあっさりと『うん、いいよ』などと頬を朱色に染めて上目遣いで承諾されてしまったときは自分でも正直驚いた。


 なんせ木崎レイという女の子はいわゆるちょっとした有名人だからだ。

 なんでも読モをやっているらしい。


 正直、付き合うまではそんなこと全く知らなかった。


 しかし、こんなにもわがままで自分勝手な女だなんて知っていたら絶対に告白なんてしていなかっただろう。

 

 ほんと大学1年生の頃の何も知らない自分を呪いたいくらいだ。

 何が読モだ。

 読モだかなんだかの選考には是非とも中身の審査とやらも入れて欲しいものだ。


 今では一世一代の告白という今世紀最大級のイベントが、後悔というか……嫌な思い出に変わってしまったではないか。


 純情だった頃の想いを返して欲しいくらいだ。


「ああそうかよ。申し訳ないがオレはこれから年末年始の掃除して、そばを食べて寝なきゃならないから帰ってくれ」

「ふん、確かに相変わらず汚い部屋よね」

「余計なお世話だっ」

「ふふ、そんなに不貞腐れないでよ」

「あのな……ケンカ売りに来たのかよ」

「そんなわけないでしょ……のよ」

「はあ?」


 レイはなぜか歯切れ悪そうに言葉を濁した。


 意味がわからない。

 しかし、これ以上長居されてしまってはこちらのストレスが溜まるばかりだ。


「なんでもいいから帰ってくれ」

「いやよ」

「即答かよ」

「……帰りたくないっ!」

「いや、可愛く言っても認めないからなっ!?」

「っち。ええ、そうね……ひとりで寂しいヤマトのために大晦日くらい一緒にいてあげる!感謝なさいっ!」

「……」


 ビシッと、レイの青白くて細い人差し指が真っ直ぐにオレに向けられた。


 ……勘弁してくれ。

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