第8話 全体会合②
「なるほど…?」
目の前の男がこちらに小声で話しかけてくる。
「よぉ、俺は響、よろしく」
聞こえるかどうかぎりぎりの声量。正直耳を澄ましてないと聞こえない。俺にはそんなに小さな声でしゃべれる能力は無いな。
コクリと頷く。
「許君」
会長の声がしてビクリとする。目の前の筋肉質な男に注意がいっててそっちは意識していなかった。
「じゃあ、まず君の流儀について聞きたいんだが…良いかな?」
喉が焼けたような声でこちらに問いかけられる。
俺の流儀…おそらく、不殺のことだ。
「君は今まで人を殺したことが無いと聞いたが…それは、本当かな?」
「本当です」
会長の上目遣いな目が俺の目を鋭くとらえる。…手が心なしか冷たいな。呼吸の方法を忘れてるんじゃないかと思う感覚。ちらりと奏さんに目をやる。
奏さんはパイプ椅子に深く腰掛け足を組んでこちらを見ている。
「そうか…」
そうか…?何を了解したんだ。俺の流儀か?不殺のことを了解したのか。立会人の件からして…多分不殺の事を良くは思ってないだろう。ていうか、だからこそあんな回りくどいことを…。俺と康太さんを引き合わせた所から恐らくこいつの計画は始まっていたんだろう。
「そういえばね、康太君、彼とは少し仲良くしたようだが…あれは私の弟子でね…」
…
「良い弟子だったんだが…本人がどうしてもというのでね…ここに来る前に介錯してやったよ」
…!!
かいしゃく…介錯…殺した?いや、自決したのか?康太さん…?
「さて、君の流儀について聞きたいな」
康太さんが自分で腹を切って死んだ?そうか…そうか。そうか…やっぱり…そうなったか。なってほしくは無かった。本当にもう二度と会えなかったんだ。
…これか。これがこいつの目的だったのか。
「君は人を殺さない…それは…確固たる何かをもってしての行動なのかな?」
康太さんは死を望んだ。あの状態は…死んでるも同然だった。すべてを未来に差し出しておいて、差し出した分だけ廃棄され、時間だけが与えられたんだ…。
死
死を選んだ。茨木が言っていた意味。
「それは…」
茨木にも言った通りだ。
「確固たる流儀とか…そういうのは無いです、ただ殺したくなかったから殺してこなかっただけです…」
俺はやはり人を殺してきたのか?直接殺したくなかった。ただの俺のわがままだったのか?
「なるほどね…」
会長が少し手に頭を載せて考えるような動作を見せる。おそらく会長はこれを非難するだろう。そうか、立会人を仕掛けたのは…おれを非難するためか。直接的な避難か。茨木がやりたかったことをこいつもやろうとした。いや、やった。
俺のやってきたことは結局なんだったんだ…。
「これからも、それを続けるかね…?」
…
分からない。これからも続けるか?
…こいつ、これを問いたかったのか。あれを経験させて、そして敢えてこれを問いたかったのか。つまり、俺に確固たるものがあるかないか確かめたかったのか?だとしたら、もう終わりだ。俺に確固たるものは無い。だから、これから続けるかは…
「分かりません」
…
これからも続けるべきかどうか。そもそも特別意図したものじゃない。別に殺す必要も無かったからだ。俺は生命そのものが大切な訳じゃ…
…命は無価値か?
「うん、分かった、君良いね、あんまり見たことないタイプだ、奏君もひどいな、もっと早く会いたかったよ」
会長が大声で笑う。なんだ?さっきまでとはまるで別人みたいだ。一人の笑い声がやけに室内に響く。
奏さんが眉をひそめて会長のほうを見る。
奥のほうに座っていた、銀縁眼鏡をかけたわかわかしい黒スーツ姿の男がつられて少しだけ笑う。
この人も、会長も何に笑ったんだ?何か面白かっただろうか。人が一人死んでる。
「あの…康太さんが死んだのもあなたの思い通りですか?」
会長の顔がスッと戻る。
「う~む…それは計算外だったな、そうか、もう察しているか…じゃあバラしてしまおう、そっちのほうが話が早い」
…
「君の考えているだろう通り、ここ数日の勝負は私が全て仕組んだことだ、私は君に人が命を懸けて命を奪う所を見せたかったんだが…」
「ほぅ…なるほど…」
奏さんの声がする。その声は今までで聞いたことも無いほどに低く、沈み込んでいた。怒ってるのか?
「康太君が自決するのは予想外だった」
「自決じゃなくても…死んでたんじゃないですか」
「自決と勝負の上で死ぬのは違う、特に我々の世界ではな…」
どちらも死だ。結果は同じだ…。いや、茨木が言ってたことを指しているのか。最高の瞬間に自分が納得して死ぬことは人生の終着点としてこれ以上無い物か。
「で、でだ…君にはそのうえでこれからどうするか…それを是非とも考えてほしいんだ」
…
「これからも殺したく無いからと殺さないのか…相手を殺さなかったことで何が起きたか、そして真剣勝負において相手を殺さないとはどういうことか…良く考えてほしくてね」
考えてほしかった…?それだけで…?それだけで康太さんの命を使わせたのか?人生を全て捨てさせたのか?
「私の弟子にはこれ以上関わらないでくれ、三浦殿」
奏さんが暗い口調で言う。
「奏君、本来は君が教えるべきことだったんだよ」
「いや、そんなことはどうでも良い、とにかくこれ以上私の弟子に関わるな、許には許のリズムがあるし考え方だって違う」
「これだ、これだよ…奏君、君が許君をどう思ってるかは関与しないが許君が勝負を続けるうえでいずれ起こりうることだった…いや起こったことか、今後も同じような事があるだろう、だからそれを早いうちに教えておかねば今後もっと苦しむのは許君のほうだったんだぞ」
「そんな事は分かっている、こちらにはこちらのペースがあると言っているんだ」
奏さん…?奏さんの口調が厳しいものになっている。こんな奏さん今までで一度も見たことない。
「申し訳ないがこれ以上弟子をこちらへ留めたくない、許…ごめん先車戻ってて
奏さんがこちらに車のキーを投げて渡す。
「ヘイヘイ、そりゃないぜ…せっかく会えたんによ」
手の内にすっぽりと入った車のカギを眺める。俺はここで車に戻るべきか?だが…
「奏さん…」
しばらく、奏さんのほうを見る。ん?という表情でこちらを眺めている。
会長のほうに向きなおる。
「会長さん…康太さんは死ぬ必要あったんですか…?」
「死ぬ必要…?必要は別になかったんじゃないかな?」
「じゃあ、結局なんで彼は自害を選ぶ程に追い詰められたんですか?」
「…?追い詰められた…?君はそのように言うのか…」
康太さんは結局、なんのために死んだんだ。俺が殺したというのは、そうかもしれない。だが、別にあそこまで行く必要は無かった。俺が関わった段階からさらに誰かが背中を押さなきゃならないはずだ。そしてそれをやったのはたぶんこいつ。
話を聞いて気になった。俺が人を殺さないことに大した意味も意義も無い。だが、逆に人を殺すことにだけなぜそれが認められる?どのような意義が後ろにあろうが、この世には行動と結果だけが現象として表れているんだ。
「追い詰めるという表現は…まぁ、それでも良いか…彼は剣の道以外の全てを捨てた…君はそれを私がやらせたように考えているというわけだね?」
…
「まぁ、確かに背中を押したのは私だが……許君、君はなぜ生きているかね?」
「え?」
「君は生きようと思ったから生きているのか?それとも、何か他の目的があったから生きているのか?」
「…それは…ただ生きてるから…?」
「そうか…君自身はそう思っていても、もしかしたら自分の知りえない部分では誰かの影響で今日まで生き続けてきたのかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
…?
「つまり、私が言いたいのは、人の行動を…特に本人以外が分析してその背後にあるものを割り出すのはあくまで推察に過ぎないという話だ、だから君が今聞いていることに関しては不毛な話し合いしかできないよ許君…残念ながらね」
…
「そしてね…許君、康太くんは立派な大人だった…大人は自分の行動は責任をもって自分で決めるものだ…その行為の後ろに何があろうとその責任は自分自身に降りかかる、だから…彼のことを悲しむことは自由だが…そうやって哀れみを懸けて彼の自己決定権を否定するようなことはやめてくれないか」
…
「もしかして…君は…自分が康太君をおいつめたのかもしれないと思っているのかね?」
…
「…もし、仮に君がそう思っているのなら... まぁそうなのだろう」
「俺のせいで康太さんは死んだ…と」
「君がそう思うなら…で、それでだ…君はそれを受けてどうするかだ…」
会長が尻を滑らせ、深く座る。
どうする…
どうするべきか。
「君が人を殺そうと生かそうとそれは時として君の望まな結果につながるかもしれない、それを知った上で君はどうしたいか…」
俺が人を生かそうと、いずれ俺の知らない所で、俺のせいで死ぬかもしれない。人を殺さない縛り…だと?…俺は、今まで…果たして縛っていただろうか?
もしかして…俺が今まで当たっていた人間がみな俺より弱かった…?そう考えると…つまり…奏さん……?
奏さんのほうを見る。
こちらを不思議そうな顔で眺めているが、しばらくそのようにしていると少し目を細めて会長のほうを向いた。…いや、目をそらした?
「今のところは……まだ…」
「この場ではまだきついか…」
会長が残念そうにため息まじりの声で言う。
「…君のその流儀に理由があろうがなかろうが君に力さえあればそれは立派な思想になる…」
会長はこちらに前のめりになりながら続ける。
「ここはあらゆる流儀が剣の元で肯定される、まずはよく考えてみたらどうだ?それでもまだ、もし君がそれを大切に思うなら…君の心の中で絶対に曲げたくないのなら…」
…
「まぁ、貫き通して見給え」
そういって会長は会議室の扉を開けるよう促した。
奏さんのほうを見る。心配そうな顔でこちらを見ていたが、こちらも視線を向けていることに気づくとまた目をそらした。
…
「じゃあな、また会おうぜ弟よ」
確か…響といったか。
響きに会釈しながら扉を開け、下を見ながら閉める。
前を見る。
…は?
そこにはブレザーを来た茨木が腕を組んで壁にもたれかかっていた。
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