シン視点  1 ナツと出会って 紹介


就職から一年後。


中学校の同窓会の案内が届いた。


軽い気持ちで、女友達に「誰かいい人いたら紹介してほしい」と頼んだ。


まだ半年付き合った彼女との失恋の傷は、癒えていなかったが。


この友人がキューピットとなる。


全く期待していなかったけど手紙が来た。


「あの時、私に言ったことは本気ですか? 冗談ではないと思って一生懸命探しました。すると同じ会社の同期が、兵庫の方に同い年のいい子がいるよって教えてくれました。名前は長野ナツさんといいます。 その子に連絡すると紹介してほしいと言っていたので、シンにその子の住所と電話番号を知らせます」


PS:遊び人ではないとのことです。


もしいきなりは難しいと思うなら、まず私に手紙を送りなさい。


大丈夫だと思うなら、自分でやり取りしてください。


あとは自分で何とかしなさい。がんばんなさいっていう手紙だった。


僕は手紙を書いた。


自己紹介と仕事のことを書いて送った。


ナツからも手紙が届き、仕事内容とか趣味とかが書かれていた。


何度目か忘れたが、お互いに写真を送ろうということになった。


届いた写真はそんなに鮮明ではなかったが、きれいな印象の女の子が写っていた。


僕の写真を見た感想は、小さすぎてわからないだった。


一応かっこよく写った、写真だったんだけどな。


そんなこんなで電話をするようになったものの、どこかで冷めている自分がいた。


電話で話すこと自体は楽しいけれど、今はただそれだけの事だ。


当時の僕は、まだ失恋の痛手を引きずっており、恋愛に臆病になっていた。


このまま連絡が途絶えても、なんの傷も残らないと思っていた。


 しかし、「電話をください」というナツからの伝言を聞いた瞬間、心が跳ね上がるほど嬉しく思った。


失恋の痛手なんて、そんなこと忘れるくらいの恋が始まろうとしていた。


そしてそれから時間のある時に、電話するようになった。


ナツとの電話を楽しみにしている自分がいた。


 ある時、会おうという話しが出て、どこで会おうかという相談をしたら、彼女が名古屋に来てくれることになった。


彼女のいる同期に、デートの場所などを聞いた。


そして下見をして、その日を待った。


初めて会ったのは、名古屋駅の新幹線のホーム。


冬の寒い朝だった。


吐く息が白く、僕は両手に息を当てて少し温める。


どんな感じなんだろう?


とても楽しみだ。


でも緊張もしている。


僕はジーンズに、白いセーターを着て待っていた。


新幹線が止まり扉が開くと、一人の女性が降りてきた。


彼女かな。


他に、降りてくる人はいない。


新幹線が出発すると、ホームには僕と彼女の二人だけだった。


お互いに歩み寄った。


彼女は黒い色のコートを着ていた。


彼女は頭を下げながら「初めまして、長野ナツです」と言った。


 僕も頭を下げながら「初めまして、山川シンです。遠い所をありがとうございます」そう言った。


綺麗な女性だったが、正直、僕のタイプではなかった。


なぜ、こんな女性がわざわざ僕に会いに来たのだろう。


誘いはいくらでもあっただろうに。


そんな余計な疑問が頭をよぎった。


ホームから駐車場に行くのに階段がある。


やはり手をつないだ方がいいだろうな。 


ヒール履いてるし。


ちょっと恥ずかしかったけど手を差し伸べてみた。


自然に僕の手を握ってくれた。 


少しドキッとした。


階段を降りると、自然に手を離した。


もっと繋いでいたかったが、それは言えなかった。


僕が大事にしている車の助手席のドアを開けた。


「さあどうぞ」と声をかけた。


ナツは少し戸惑いながら「ありがとう」と言いコートを脱いで乗り込んだ。


コートを脱ぐとベージュ系のツーピースのスーツ。


エレガント&エクセレントだった。


 「さあ出発しますよ。 行きたいところはある?って聞いても、わからんやんなぁ。 取りあえずドライブしましょか」 


「はい」 


「ごめん。俺タバコ吸うけどいいかな?」


「はい。大丈夫ですよ」


「ありがとう」


街中を抜けて海に向かった。 


「あの送ってもらった写真と違って、すごく穏やかな感じがしますね」


「えーっ。そんなにきつい感じでしたか?」 


「うん。 雰囲気が写真と全然違いますね」


「そうなんですか」


「うん。だってメンチ切ってるんやから」 


「もう違いますよ!」


ナツは笑いながら否定した。 


 海に着いた時、「この車はスピンターンと言って、くるくる回せるんやけど、やってみる?」


ナツは頷いた。 


しかしうまくいかなかった。 


 うまくいかなかったし回るときにサイドブレーキを引くと、その時の車の挙動でナツがグッっていう何かこらえているような声を発したのでやめた。


「ごめん。うまくいかなかった。どこか痛かった?」 


「ううん、大丈夫です」


車を岸壁近くに止めて、海を覗き込んだ。


 スピード違反で捕まって家庭裁判所に送られた話とか、この場所で職質にあった話をした。


「すごい経験してますね」


「いやいや。全然すごくないよ。一般的な違反やし、職質もそれなりにされるしね」


「そうなんですか」


「うん」


「ナツさん。そろそろお昼だし、ご飯を食べに行きましょうか」


 「はい」


 同期に教えてもらった、大きなハンバーグのお店に行くことにした。


「大きくて、とてもおいしいハンバーグのお店があるんやけど、そこでいい? 」


「はい。お願いします」


「うん、おいしいと思うよ」


「楽しみです」


 気になったのは車に乗っていて左手を動かすと彼女が驚いてビクッとなることだった。


そのビクってなったことで、僕もビクってなっていた。


 僕が頭をかく時も、ビクッとなっていたし、煙草の灰を灰皿に落とすときも、ビクッとなっていた。


その日はずっと僕が手を動かすたびに、ビクッとなっていた。


怖い思い出? 


それとも単なる恐怖心?


「ナツさん。ビクッてなるけどなんでやろうね?」


「うん。それがわからないの。怖いわけでもないと思うけれど」


 「そうなんか。 でもあれやね、これからいろいろ一緒に遊んでるうちに消えたらいいね」


これからも一緒に遊ぶのかどうかわからんけど・・・。


「そうですね」 


夕方になり電車の時間が来たので駅に送って行った。


そしてホームで見送った。


手を振りバイバイって。


寮に帰ってから、ナツのことを考えていた。 


車に乗せたあとのナツは、意外と子供っぽかった。


表情やしぐさなど、まだ幼い感じがしていた。


でも遠く離れた僕の住む街まで出てくるという、行動力に僕は驚いていたのだ。


 楽しんでもらおうと思ってたけど、ビクッの印象が強すぎて楽しかったのかどうかよくわからなかった。


話の中で握力が、四十kgと言われて驚いた。


確かに手の大きさは僕とそんなに変わらなかったが。


もう一つは「私はお尻が安産型だから、子供たくさん産めるよ」って言われたこと。 


いきなり子作りを連想するようなことを言われて、ドキッとした。


この時はまだ、好きとかそんなことは、何も思っていなかった。


知り合いになっただけだ。


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