第2話 情報大敵

「手に取るように分かる……ですか。しかし、それでも難しいのではないですか?」


「そうよ、あなたがこの冊子を読み込んで、さて舞台上で完璧に『演技』をこなせると思う? 無理よね……それが『天才』と『凡人』の違いよ」


 支配人はぐうの音も出なかった。

 彼女が攻略本を片手に、記された手順を完璧にこなす度胸と技術があることを知っているからだ……、分かっていても再現できないことはたくさんある……。

 それができるだけで、既に凡人ではないのだ。


 天才の言葉に嫌味はなかった。


 事実をただ並べているだけである――ぐうの音も出なかったが、納得である。


 だからこそ彼女を主役にし、コロシアムを開いたのだから。


 集客が見込める看板である……、彼女には絶好調でいてもらわなくては。


「ラミア様であれば安心ですね……、

 くれぐれも、舞台上で死亡事故など、起こさないようにお願いします」


 舞台上で魔獣に殺されるなど、放送事故どころではない……ただの事故だ。


 一応、魔獣の暴走を止めるための安全装置は用意してあるが……、

 それをあてにされても困る、というのが支配人の本音だった。


 攻略本の内容を知り、手順を再現できる彼女こそが安全装置である……、彼女が機能しなくなると、一時的な足止めしかできない……。

 もしくは、攻略本の作成者である、『彼ら』を呼び戻すしか……。


「大丈夫よ。情報の信用度は高いから。今まで何度も何度も頼りにしてきたけど、間違った情報を貰ったことはないもの……『アイツら』は信用できる」


「その方々は、客席にいらっしゃるので?」


「さあ? いないでしょ……、病院じゃない?

 この攻略本のために、汗水流して命を懸けて戦ってきてくれたんだから。

 攻略本が届いたってことは、生きているってことなんでしょうけどね……、腕の一本や二本、なくなっていても驚かないわね」


 だとすると、呼び戻して戦わせることも難しいか……。


 支配人は魔獣の暴走、事故が起こらないように祈るしかなかった。

 それか観客席の中に、腕が立つダンジョン探索者がいれば――。


「きっと大丈夫よ、まあ、なんとかなるでしょ――」





 その後、やはりと言うべきか――、

『バトル・パフォーマー/ラミア』の死亡事故が報道された。


 原因は魔獣・フブキの、だったようだ。



 彼女が読み込んでいたであろう攻略本には、『フブキ/第二形態』についての記述はなかった――それもそのはずである。


 攻略本を作成するため、魔獣・フブキの情報を抜き取っていた青年たちは、を意識していた。


 殺してしまえば、その個体でしか機能しない情報に意味がなくなるからだ……、個体が変われば性格、癖も変わる……。


 また殺してしまえば、情報はリセットされる……、種としての情報は引き継げるが、攻略本は個体による性格と癖が重要なのだ。


 だから殺せない、殺してはいけない――だからこそ、穴があった。


 フブキはで『第二形態』へ移行する……、青年たちの仕事は完璧だったからこそ、間違っても殺さなかったゆえに、第二形態を発見することができなかった――。


 ラミアは舞台上で、予定通りにフブキを撃破した――喉元を引き裂き、殺したのだ。

 そして覚醒した……、フブキは第二形態となり、素早い動きでラミアを殺害。


 そして悲鳴が上がる前に、観客席の全員を――千人以上を、同時にだ。


 コロシアムの外にいた観客は死を免れたが、外に出てきたフブキに、『顔を覚えられた』かもしれない……、と怯え、今も家にこもっている者が大半だった。

 フブキは人間並みに知能が高いとも言われている……。


 現在、フブキは既に、ダンジョン内部へ戻っていると報道されても……、刻まれた恐怖はなかなか、消えてはくれなかった。





「ラミア様はしばらく意識があったみたいですよ……、意地でも、新曲は披露したかったみたいで……。

 踊れませんでしたが、頭だけになっても、最後まで歌い切りました――さすがプロですね」


「じゃあ、俺たちはプロ失格だな……、完璧な攻略本を作ることができなかった……」


「いえ、第二形態の存在など、知っていなければ見つけられませんよ……。まさか一度『殺す』ことが、条件とは思わないじゃないですか……。

 強い魔獣ゆえに、倒した者がいないとなれば、そんな奥の手、想像もできませんよ」


 運良く生き延びた支配人は、攻略本の作成者である青年に会いにきていた。

 彼らは病院で治療を受けていた……、

 腕は無事だが、足が骨折中らしく、完治するまではまだ時間がかかるらしい。


「……、一度は殺せた、ってことは、俺たちの攻略本は役に立ったってことだろ? ……本人が死んでいたら意味はないが……。

 だけどまあ、これ以上、被害が広がらないと見れば、『良かった』って言えるか……?」


「ええ、良かったのだと思います。……あなたたちの攻略本は、多くの人たちの手に渡すこともできるようになった、ということでもあります。

 ラミア様が独占していたみたいですが、彼女が亡くなった今、あの本の権利はあなた方にあります。譲っていただけませんか? ……今後、生まれる、子供たちのためにも」


「それは、いいけど、さ……」


「ありがとうございますっ!」


 ただし、と注意が必要だった。


 ラミアが死んだのは、『第二形態』という不測の事態だが、冷静に対処すれば避けられたかもしれないのだ……。なのになぜ、油断してしまったのかと言えば……『攻略本』である。


 これがあるから大丈夫――っ。

 ……あまりそう信じ過ぎても、腰を据えては身構えない。


 攻略本を見てもいいが、半分を信じ、参考程度にするように……。でないとラミアのように、攻略本を持ちながら、だからこそ死んだケースが増えていくだろう……。


 そもそも彼らは攻略本を作るために、攻略本を利用せずに戦っているのだ……、警戒し、準備を整え、フブキに挑んでいる……最小限の怪我で済んだのはそのおかげだろう。


 油断大敵。

 その油断を引き出すのは、『情報を持っている』という安心感だ。



 一歩先の情報があるからこそ、勢い良く足が出る。


 もしも、情報と違い、そこに足場がなければ? ……もちろん、落下する……。

 やり直しが利かない人生だ。その油断で死ぬのは、もったいないだろう?


 なにも持っていなければ、おそるおそる、足を出すのだから――。



「持っているそれを過信するなって伝えていくべきだな……、情報だけじゃない、自信も、見えているものも、聞こえているものも――全部だ。

 疑ってかかれ。

 最初から全てを信じ込むよりは、長生きできるんじゃないか?」






 ―― おわり ――

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