第3話
「だからさあ、俺はガンダムよりパトレイバーの方が好きなんだって」
「はぁッ? ボトムズの方が面白いだろ!!!」
週刊誌風に言えば、銀縁眼鏡を顔に食い込ませた白ブタと栄養のいき届いてないようなガリガリがアニメの話をしていた。
白ブタが須田。ガリガリが武藤。
僕も人のことを言えない。
あえて言えば12年もボケッと生きてきた横っ面を大根で叩きのめしたような顔をしたクソチビだろう。
僕はロボットアニメは苦手だ。というか戦争物全般が苦手で話題に半分もついていけない。
適当に相づちを打つ。
二時限目の休み時間が苦痛なほど長くなる。
すると罵声が飛んだ。
「うるせえぞオタク!!!」
声が大きくなっていたらしい。
同じクラスの小平が怒鳴った。
バスケ部でいつも体育館裏でガスパン吸ってるやつだ。
いつも頭が痛いらしいけどガスパンのせいに違いない。
僕たちが悪いわけじゃない。
すると少し太めの女子も僕らを非難に参戦する。
「おいおい、オタクくん気持ち悪いぞ~!」
自称「男っぽくてサバサバしてる女」。
だけど暴力的な小平越しに僕らを糾弾する姿は最高に女々しい。
暴力的な男を盾にして男子を糾弾するの。キミ、とても気持ち悪いよ。
でも口に出さない。
もし悪口で女子が泣きでもしたら担任の鈴木が飛んできてぶん殴られる。
弁解も言い訳すらも聞いてもらえない。
鈴木はただの口喧嘩を全女性への攻撃で差別だと思っているのだ。
要するに言い争いになったら必ず負けるゲームだ。
だから嫌味を我慢する。
それに友利だって本気で気持ち悪いって思っているわけじゃない。
ただ僕らをからかって笑いものにしたいだけなのだ。
つき合ってやる義理はない。
「あははは。ウケる」
ようやく絞り出したのは、このなんとも情けないセリフ。
格好悪い。
女子にここまで譲歩する意味がわからない。
彼女は僕に何も提供できないのに。
そう考えると友利のニキビまで嫌いになりそうだ。
「野村ぁ、もっと面白いこと言えよ~」
「あはははは……」
乾いた笑いが漏れ出た。
それを聞いてみんながどっと笑った。
小平は僕の机を蹴飛ばすと、「なめんなよ」と言って離れていった。
これを狙って友利が助け船を出した?
そんなわけがない。
面白いことを言うなんてできるわけがない。
僕一人のファインプレイだ!
ああ、胃が痛い。
「ああ、野村。そうだ! パソコンどうなった?」
須田が話題を変えた。
パソコン。
NECのPC-9801RAを親が買うらしい。
パソコンゲームもあるらしいから少し楽しみにしてる。
プログラミングってのもやってみたい。
「うん、親が買うらしいけど来るのは来月かな?」
「来たら俺にもゲームやらせてくれよ!」
「ゲームのために買うわけじゃないって。事務用だよ」
「で、でもさ、ほら……」
須田が急に小声になる。
「エッチなゲームとかもあるらしいじゃん」
「中坊が買えるわけねえだろ」
カツアゲで金を稼いで童貞を卒業できるのは不良と体育会系だけだ。
女の子、それも上級生に頼み込むなんて……想像もできない。
僕らが手にできるのはエッチな物品。要するにポルノくらいだろう。
「古本屋で中古のパソコンゲームあるらしいぞ」
「んなもん知らねえよ。なんなのお前……」
さかり倒したブタみたいに須田が鼻息を荒くした。
気持ち悪いぞ須田。
すると小平がゆっくり近づいてきた。
「須田危ない……」
とつぶやいた瞬間、小平が椅子を持ち上げ須田の頭を殴りつけた。
ガシャーンと音がして須田が倒れる。
「てめえ! 気持ち悪いんだよ! ぶっ殺してやる!!!」
「ひ、ひいいいいッ!」
ブタのような悲鳴だった。
小平は倒れた須田めがけて椅子で何度も殴りつける。
カパッと額が切れ粘った血が飛んだ。
次に小平は女子の机から筆箱を奪うと鉛筆片手に須田に襲いかかった。
鉛筆を何度も頭に突き刺す。
尖った先っぽが折れて皮膚に食い込んでいた。
とっさにかばった手にも鉛筆が突き刺さる。
「殺す! てめえだけは殺す!!!」
「やめろ!!!」
僕はとっさに小平を羽交い締めにした。
武藤はオロオロしてる。
クラスの体育会系も一緒に小平をとめる。
てめえが刺されたわけでもないのに女子が泣き出す。
冷静な女子が教師を呼びに行く。
そこまで騒ぎになっても武藤はただ突っ立っていた。
「ああああああああ……お母さんに怒られちゃう……」
武藤は震えながらガチガチ歯を鳴らしている。
まるで武藤が刺したみたいに。
一方、須田は泣いてなかった。
ただ呆然として頭の傷を手で押さえていた。
「ぶっ殺してやる!!! 家に火をつけてやる!!!」
その間も小平は叫んでいた。
須田がブタだったら、小平はサルだった。
ここまでキレる必要がどこにあったのだろうか?
ちょっとおかしいんじゃないか?
僕の頭の中で疑問が浮かんでは消えていく。
あまりにも長い時間が経った。
いや本当はたぶん数分の出来事だっただろう。
隣のクラスのジャージ姿の男性教師を伴って鈴木がやってくる。
男性教師は国語の森だ。
事件を聞いて真っ先に止めに入らず、男性教師と来たってことは僕らが怪我をしてもどうでもよかったに違いない。
単に力、この場合は筋力が不足していたからかもしれない。
泣きながら須田への罵声を浴びせる小平。
「ぶっ殺してやる! ぶっ殺してやる! ぶっ殺してやる!!!」
顔をくしゃくしゃにして涙をぽろぽろ流す小平。
泣くほどのことはされてない。
お前がおかしいだけだ。
だというのに鈴木は小平を抱きしめる。
「もう大丈夫よ。わたしがいるから」
須田の方の心配はしないのか。
抱きしめてやれよ。
と一瞬思ったがよく見ると須田は血まみれ。
服に血がつくのが嫌だったんだなと理解した。
「もうやめましょう。ほら、小平くんを虐めるのはやめましょう。野村くんも放してあげて」
このクソババア。
僕が虐めたみたいに言いやがった。
心が冷たく寒くなっていく。
須田の方は森が肩を貸して保健室に連れて行かれる。
どうせ警察に通報することはないだろう。
学校の責任を追及されるからな。
須田の親も内申点で恫喝して口封じするんだろう。
世の中はそういう風にできている。
僕は教師たちの背中をにらみつけた。
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