ex キリングドール

「「……ッ」」


 ディルバインの言葉に思わず黙り込む二人。

 そして一人だけ首を傾げていた柚子が篠原に問いかける。


「デザイナーチャイルド……篠原さん、何すかそれ。もしかしてこれも私位の歳だと知ってないとおかしいような話なんすかね……?」


「いや、普通に生きていて使うような単語じゃないとは思うから大丈夫だ」


 そう言って篠原は、話に着いて行けていない柚子に軽く解説する。


「簡単に纏めると、生まれてくる子供の遺伝子を操作して特定の条件の子供を狙って作る技術がある。その結果生まれてくるのがデザイナーチャイルドだ。デザイナーベビーだとか。ドナーベビーとも呼ばれるな」


「えっと、私よく分かんないんすけど……それあんまり良くない事なんじゃないっすか?」


「これに関しては色々な意見があるが、俺もあまり良い事だとは思えない。倫理的にも社会的にも問題は山積みだ」


「そして俺達の世界で問題になってる事ですらそれだ。ユイの場合は完全に真っ黒だろ」


 神崎は小さく溜息を吐いてから言う。


「武器に変化できるっていう人の範疇を超えたような遺伝子操作を行って、目的も兵器の生産みたいなもんだ。問題じゃねえ所を探す方が難しい……最悪だ、気分が悪い」


 断片的に得たこの情報だけでも、ユイのバックボーンはあまりにも黒く重い。

 そしてそういう背景があるからこそ、得なければならない情報がある。


「……とにかく教えろディルバイン。そのキリングドールっていうのは特別な処置をしなくても普通に生きていけるのか?」


「……真っ先に聞くのがそれか」


「敵として定めた時の情報はある程度把握している。そしてその背景にある事情についてはユイ個人の事とは別問題。俺達が戦うべき相手の話だ。それは後で纏めて話す。今俺達が聞いているのはあくまでユイという仲間の話だからな」


 抱えた仲間が特異な存在の【人間】だった以上、この手のパターンの最悪なケースを想定してしまう。

 だからそのケースを否定する為に。

 もしくは当てはまった場合にその最悪を回避する為にも、最低限その情報だけは把握しておく必要がある。


 当事者達が居ないなら自分達が代わりに。

 そして寧ろ当事者達が居ないからこそこのタイミングで。


「まあ良いだろう。その優先順位が正しいかどうかはともかく、知らなければならない情報なのは間違いないからね」


 そしてディルバインは一拍空けてから神崎の問いに答える。


「現状特に問題なく生活できているなら大丈夫だろうと僕は思うよ。契約前のキリングドールは基本的に投薬によって生かされている状態だが、人間との契約後は契約者の人間から生体エネルギーを吸収し増幅させ自身のエネルギーとする。だから契約者の彼が健在な内はなんの問題もないさ…………とは言ったがちょっと待て」


 ディルバインがふと何かに引っ掛かるようにそう言ってから、神崎に問い掛けてくる。


「キミ達はさっき杉浦に才能が無かったからユイが弱体化し自我を奪えなかったと言っていたね……その状態でユイは生命活動を維持できるのか?」


「ああ、普通にご飯一杯食べて超元気って感じみたいっすよ」


「……ああ、そうか。そりゃそうだ。キリングドールは人間だからね。納得だよ。また一つ学びを得た」


 ディルバインは笑みを浮かべて言う。


「とにかく、今の環境を維持できるのなら生命活動を維持するのに支障が出る事は無いと思うよ。まああくまで僕の推測でしかないけどね」


「推測って……なんかいい加減っすね」


「仕方ないだろう。キリングドールは僕が研究や管理をしている訳じゃない。他国で行われている倫理から外れた非人道的な研究だ。僕はプロリナに潜入しているスパイから得た情報を持っているだけに過ぎないからね。核心的な情報を与えられるような人間ではありたくはない」


「まあそれは……そうか」


「ああ、すまないね。だがそれでも多くの機密を知っている事には違いないが…………ああ、そういうある程度知っている側の人間だからこそ少々話題を変えたい」


「主導権を握ろうとするなよ…………本当に少々なんだうな?」


「ああ。寧ろ全く変わっていないと言っても過言ではない。それ程隣接した問題だよ……キリングドールの契約者。杉浦鉄平についてだ」


「杉浦の話?」


「ああ。彼の話だ。僕の個人的な感性で言わせて貰えば、キリングドール本人の事を案じるのと同じ位大切な事だと思うよ」


 そして考えを纏めるように一拍空けてからディルバインは言う。


「キリングドールが倫理的に、人道的に良くない部分の一つとして、契約者の精神を汚染させ実質的に乗っ取り塗りつぶす事にある。だがキミ達曰く才能が無かった彼は結果的に自我を奪われずに、塗りつぶされずに済んだという訳だが本当にそうか? そしてこれからは? 例えユイが善良だとしても彼の精神に甚大な悪影響を及ぼさない確証はあるのかい?」


「「……ッ」」


 ディルバインの言葉に息を呑んだ。

 柚子も同じ反応をしたのが息遣いで伝わって来る。


(そうだ……その辺どうなるんだ)


 先日、ユイが弱体化している理由に一つの仮説を当てた際、自分達はその答えに対しプラスの部分しか見えて居なかった。

 だが実際全く楽観できない事だという事実を叩き付けられたような気分になった。


「そ、それっていずれ杉浦さんがおかしくなるかもしれないって事っすか!?」


「もしくは既になっている……とかね」


「そんな事……」


 柚子の言葉が詰まる。

 そんな事は無いと否定しようとしたのだろう。


 だが、そもそも大前提として……この場に居る誰一人として、ユイの一件以前から杉浦鉄平の知人だった者がいないのだ。


 だが柚子は言う。


「……で、でも別に杉浦さんはウィザードになった後も普通に高校時代の友達とかとつるんでるらしいっすから。変わってたらその辺で……」


「いや、仮に現状些細な変化程度なのだとしたら、色々と経験して成長したという風に受け止められているのかもしれない」


 そう答えたのは篠原だ。

 ……表情も声音も重い。


 そして篠原は意を決したように言う。


「神崎、風間。此処からの話は此処に居る者と松戸以外には話すな。勿論杉浦とユイにもだ」


 そして神妙な面持ちで、そして重い声音で、まるで既に想定していたように落ち着いた様子で言葉を紡ぐ。

 先日、一人残って松戸とした話の事を。


 とても本人達には聞かせられないような話を。


 できればただの杞憂で終わってほしい。

 そんな重苦しい話を。


 ────


 次回から鉄平とユイの話に戻ります。

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