5 東京本部からの来訪者

 数日後。


 篠原から監査の話を聞いてから数日が経過したこの日がまさしく、東京本部から監査員が来る日となっていた。


「いよいよ今日だな」


「ええ。どんな人来るんですかね。というか監査ってどんな感じでやるんだろ。神崎さん分かります?」


「いや、そこまで具体的な話は分からねえよ俺も」


 朝、事務処理などを終えた後に人気の無い事を一応確認した自販機周辺でブラックコーヒーを飲みながら、神崎とそんな会話を交わす。


 神崎は鉄平と篠原以外で唯一今回の監査について把握している人間だ。

 そういう人間が身近に居てくれて助かる。

 流石に当日となれば自分一人で抱えているよりも誰かと少し位こういう会話をしておきたい。


 そして神崎は言う。


「まあ隠れて観察でもされるんじゃねえか? いや分かんねえけど、問題があるかもしれない一個人とその周囲に探りを入れる感じなんだ。これからお前達を監視するぞ、って堂々と出てくるような事はねえんじゃねえかな?」


「でも隠れてこそこそって言っても、敷地内じゃ無理があるんじゃないですか? 来た時点で応対するだろう篠原さんや杏さんだけに素性明かしてこそこそ動く感じだったら、俺達含めた他の職員からしたら相当な不審者ですよ」


「まあな。ただやり方はどうであれ肩の力は入れんな。いつも通りやってりゃ大丈夫だよお前らは」


 言いながら神崎は空になった缶をゴミ箱に放り投げる。

 そしてその行方を見てから一言。


「神崎さん」


「なんだよ」


「滅茶苦茶外れてますけど。肩に力入れないでいつも通りそっとやれば大丈夫ですよ神崎さん」


「……その妙に煽ってくるのお前の出身校の伝統芸能なの?」



 ……そんな気の抜けたやり取りが有ったその日の昼。



「悪いユイ、そっちの胡椒取って」


「了解じゃ。ほい」


「あざっす」


 鉄平は特に肩に力を入れる事も無く、リラックスしてラーメンに胡椒を掛ける。

 今現在、鉄平が把握している限りでは監査の人間が来ている様子は無い。

 もう既にどこかに隠れてこちらを観察しているのか、それとも。

 そんな事を少しだけ考えていると、ユイの手が止まる。


「あ、これワシやらかしたかもしれん」


 対面でカツカレーを食べるユイがハッとした表情を浮かべた。


「どうした?」


「ワシ今日の九時からの番組録画入れてないかもしれんのじゃ……」


「ああ録画予約入って無かったから入れといた」


「え、やった、ありがとうなのじゃ。ナイス鉄平。ワシのカツ一口食うか?」


「いらんいらん。こんな事でカツカレーの主役貰えねえって」


「待つのじゃ鉄平……カツカレーの主役ってカレーではないかの?」


「え、どうだろ……カツじゃね?」


「でも鉄平が食べてるチャーシュー麺の主役はチャーシューじゃなくて麺ではないか?」


「え、言われてみれば……いやでも……んん? どっちだ……これ主役どっちだ?」


「相変わらず平和な会話してるっすねぇ。あ、ちなみに私はカツとかチャーシューが主役だと思うっす。ほら、カレーとか麺が主役理論だとハンバーガーの……あれ、あのパンの部分名前なんだっけ?」


「バンズじゃないかの」


「そう、バンズ! で、その理論だとバンズが主役になっちゃうっすからね」


「いやこの議論にハンバーガー要れるの違うだろ。レギュレーション違反だ。あれば揃って一つじゃん。それお前大福の皮と中身どっちが主役とか言ってるのと同じだぞ」


「いやいや、ハンバーガーは中の具材が主役だし大福も中のあんこが絶対的な主役っすよ」


「いや絶対的って大福の皮めっちゃうまいじゃんよ」


「いやうまいっすけど! あ、ちなみにつぶあん派っすか? こしあん派っすか?」


「こしあん派」


「あ、私もっす。まあつぶあんも好きっすけど」


「まあ嫌いじゃねえわな」


「とりあえず食べ物は美味しく食べられたら細かい事はどうでも良いという結論でいいのかの?」


「「異議なし」」


 そんな普段通りの毒にも薬にもならない会話をしながら昼食を取っていた時だった。


 ……少し食堂内がざわついた。


「ん? なんすかね?」


 隣で日替わり定食を食べていた柚子がそう言ったのと同時に、騒めく出入口方向に視線を向けると、その先に見慣れない女性が立っていた。

 おそらくウィザードである事が分かるスーツ姿の、セミロングでスレンダーな同い年程の女性。


 その女性は手にしたスマホの画面と、こちら……というよりおそらくユイを交互に見てからやがてスマホを片付けると、こちらに歩み寄って来る。


「ん? なんじゃなんじゃ?」


 首を傾げるユイ。

 そして自分達の近くまで歩み寄ってきた彼女は、腕を組んでそして言う。


「あなたが剣のアンノウンね!」


「え、あ、そうじゃが……」


「私は赤坂伊月! 東京本部所属の一級ウィザードよ!」


 ばばーんという効果音が鳴りそうな勢いでそう名乗る赤坂と名乗るウィザード。


(こ、この人多分篠原さんが言ってた監査の人だよな……え、何? こんな感じなの?)


「ほ、ほう……態々東京から……え、これワシに用な感じか?」


「そう、その通り」


 そして彼女は不適な笑みを浮かべて意気揚々とユイに言う。


「アンタの本性を暴きに来た!」


(こんな堂々とした馬鹿みたいな感じに来るのか!? えぇ……)


 ……現状、ユイの事を信用していないウィザードが本部にどの程度要るのかは分からないが、きっとそういう派閥があるのだという事は理解できる。

 その中でこの人が選ばれたのだとしたら。


(ま、まだこの人の事は良く分からねえけど……人選ミスじゃねえかなぁ!?)


 本部のそういう派閥の肩を持つわけでは絶対に無いけど、内心苦笑いを浮かべながらそう思った。

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