4 壁
頑張って感情を表に出さないようにしながらも内心テンション上がりまくりの鉄平は、とにかく平常心を意識しながら挨拶をする。
「明日からお世話になります杉浦鉄平です! よろしくお願いします!」
「えぇ……鉄平テンション高ぁ……」
隣でユイがそう呟くが、これでも抑えた方だと自負している。
そしてユイも軽く溜息を吐いてから言う。
「ユイじゃ。よろしく頼む、風間さん」
「杉浦君にユイちゃん。ようこそ北陸第一支部へ」
そう言って笑みを浮かべる杏。
(天使かな?)
今此処でその笑顔を拝めた喜びを噛み締める鉄平から視線を反らし、杏は神崎に声を掛ける。
「マコっちゃんもお疲れ様。ごめんね、杉浦君の書類全般とか今みたいな案内役を全部やってもらって」
「いや、良いですよ別に。誰かがやらないといけない事なら、この位俺がやります」
「マコっちゃん……?」
えらく緊張感の無い呼び名かつ親し気な呼び名が飛び出てきて思わずそう呟くと、杏が答える。
「ああ、彼のフルネームがね、神崎誠って言うんだ。だから皆親しみを込めてマコっちゃんと呼んでるの」
「いやアンタしか呼んでないんですけどそれ! 正直恥ずかしいんで止めてくれませんか!?」
「つまりマコっちゃん……さんって事になるのかの?」
「ならねえならねえ! ほら影響受ける奴出て来た!」
「良いじゃん。広めて行こうよ」
「そうですよ、悪くないと思いますよマコっちゃん先輩」
「乗ったぁ!? お前そっちに乗るのか杉浦!?」
「すみません、そういうノリかと思って普通に調子乗りました神崎さん」
「よーし素直に謝れるのはいいぞ杉浦」
「よっ、優しいっすねマコっちゃん先輩!」
「風間お前そろそろ一回シバくぞ!」
「え、怖いよマコっちゃん」
「アンタの方じゃねえ!」
「なるほど、中々大変なポジションじゃの、マコ……神崎さんは」
「よしよーく抑えた。その調子で頼むわ」
そう言って軽く溜息を吐く神崎に杏は小さく笑みを浮かべた後、鉄平達に言う。
「さて、杉浦君にユイちゃん。難しい事は大体篠原さんが説明してくれていると思うし、これから分からない事が有ったら面倒見の良いマコっちゃんが色々教えてくれると思う。だから私から何か難しい事を言うつもりは無いよ。難しい話は苦手だしね。この通り難しい書類が山積みになってる位には……マコっちゃん後で助けて」
「分かったから泣き事は終わってから言ってください。話進まないから」
「やったー希望の光が見えた―! っしゃあ!」
テンション上げてガッツポーズする杏。
可愛い。なんか大人で美人な女性って感じの雰囲気からのこの滅茶苦茶なギャップが凄い良い。
……明らかに矢印が神崎に向いている事に目を瞑れば。
だけどその辺を認識できたからか、ある程度冷静さが戻ってきて改めて思う。
(にしてもこの人……支局長って感じの人じゃねぇ……)
今の所書類溜まってる事以外はポンコツ要素は見えてこないけど、なんというか言動から他にも色々とやらかしていそうな雰囲気が凄い。
だがそんな雰囲気を一応抑えて、やや強引だが再び真面目なトーンで彼女は言う。
「とにかく、私からは何も言えない。言えるのはお願い位かな」
そう言って一拍空けてから彼女は言う。
「悪くない未来を信じてこの選択を選んだ現場の皆を裏切らないで上げて欲しい。ただ、それだけ」
その声音は酷く重い。
これまでの軽さも相まってか、深く重く。
(というか……なんつーか、この人からは壁を感じる)
会ってすぐは馬鹿になっていた。だからそうした事がノイズとなって気付かなかった。
この人は篠原を始めとするあの現場に居たウィザードとは違う。
明るく見えて。軽く見えて……それでも感じる壁。
ユイに対する、警戒心。
それに気付いているのか否か、それは定かではないがユイは言う。
「そうならんように頑張るよワシは。鉄平もそうじゃが柚子達にも迷惑は掛けたくないからの」
そんなユイに続くように鉄平も言葉を紡ぐ。
「裏切るどころかより信頼を積み重ねられるように頑張りますよ」
この先、この組織の頭が張った壁をちゃんと壊せるように。
「……その言葉、信じるから」
杏がそう言ったところで場が静かになる。
それを頃合いと判断したのか神崎が口を開いた。
「アンタも仕事が山積みでしょう。そろそろ俺達は行きますよ」
「うん、じゃあまた」
「よーし、このまま今日挨拶に行ける所に行けるだけ行くぞ」
「了解です」
「了解じゃ」
「ところで私っていた方がいい?」
「流れで着いて来てたけど、非番なんだから帰って良いんじゃねえの?」
そういうやり取りをしながら鉄平達は退室しようとする。
しようとはしたが、杏の声が背後から聞こえる。
「あ、マコっちゃんマコっちゃん。ちょっといい? 一分、二分だけで良いから」
「……? まあ分かりました。わるいけど二人は部屋の外で待っててくれ。風間も気ぃ付けて帰れよ」
「はーい」
「じゃ、ワシらは外で待っておるのじゃ」
「失礼しました」
各々そんな返答を返して局長室から退室する。
そして退出してすぐにユイが胸元に手を添えて呟いた。
「……勝てねぇ……」
口調が崩れる位に、何らかのショックを受けているみたいだが、一体どうしたのだろうか?
そしてユイの言葉に反応して柚子は言う。
「お、もしかしてユイちゃん、お姉ちゃんの強さ分かっちゃったっすか?」
「あ、いや、そういう事ではなくて……えーっと、ワシの言葉は忘れて欲しいのじゃ」
「「……?」」
鉄平と柚子で軽く首を傾げた後、鉄平は問いかける。
「で、お前の姉ちゃんアレか。強さ云々って事はもしかしたら現場でのドンパチするのは凄いみたいな感じか?」
「なんというか全盛期のお姉ちゃんは間違いなく最強だったっすよ。去年まではウィザードの階級で最高ランクの特級でした。降格しちゃって今は一級っすけど」
「降格とかそんなのあるんだな。なんかやらかしたのか? 不祥事……いや、全盛期なんて言葉が出てくるって事は、まさか怪我でもして後遺症でも残ってんのか?」
「ご明察。ユイちゃんを巡った戦いに参加していないって事は……つまりそういう事っす」
「マジか……何が有ったんだ?」
「色々っすよ色々。とりあえず今はそういう事にしといて欲しいっす」
「? ……まあ良いけど」
別に確実に知らなければならない情報でも無い。
そこにあるのが安易に触れてはならない情報なら……今は触れないでおこうと、そう思った。
これから信頼を積み重ねていけば、きっとそういう事にも手が届く筈だから。
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