16 盛大な就活の終わり

 今現在表向きに公表されている情報として、異界管理局という組織は国の行政機関だ。

 それも魔術という10年前の段階では表向きに公表されていなかった力や、異世界から転移してくる危険物を取り扱う都合上、誰にでもなれる訳では無いと一般的に言われている。

 異界管理局に努める裏方の事務職ですらそんなエリート達で構成されているのだ。


 そして実際表立って行動するウィザードとなれば、最早どういう基準で選出されているのかすら定かではない本当に一握りの人間となる。

 そんな凄い職業に、勧誘されている。


 はたしてこんな状況だからといって、自分如きが成れるような職なのだろうか。


 その問いに篠原は答える。


「可能ですよ。少なくとも私や私の提案に頷いてくれた支局長はそう思ってる。それが全てです」


「えーっと……学歴とか職歴とか資格とか、要らないんですかね」


「そうですね。当然まともなルートから人材を入れようと思えば、それ相応の基準で厳格に審査しなければなりませんが……それはあくまで入り口の一つに過ぎません。そしてあなたは既にイレギュラーな形で入り口を潜り抜けて此処にいます」


「ま、まあ普通に生きてたらこんな話持ち掛けられないですからね」


「ええ。あなたは此処にいる時点でその先の基準を満たしている。既に大きな力を持ち……なにより我々が信用したいと思ったからこそ今がある訳ですから。そういう事なので、その辺は気にしなくて大丈夫です。最悪外部から咎める声が上がってきてもゴリ押しますよ」


「安心しかけたのに、最後で若干不安になったんですけど……」


 とは言いつつも、その辺は信頼しても良いだろう。

 そもそもその辺を疑うような相手なら、こうして悠長に会話などしていない。

 とにかく提案され、こちらが受け入れた。

 考えるべきなのはそういうシンプルな話だけだ。


「まあとにかく、うまく受け入れてくれるならお世話になりたいんで。まだ前向きに検討って段階ですけど、今後共よろしくお願いします」


「はい、こちらこそよろしくお願いします……って、何事も無ければ仲間に加わる相手にいつまでもこんな他人行儀な喋り方をするのもおかしいか。というか息苦しい」


 こちらの言葉に返答したのちに、口調が柔らかくなる篠原。


「いいだろう、これでも」


「俺は構いませんよ。今後俺の上司になるような人なんですから、好きにやって貰えれば」


「そうか。良かった……俺はね、最初にキミと口論をしていた時から今に至るまでのような丁寧な喋り方というかやり方は性に合わないんだ」


「そ、そうですか……」


(いや凄い合ってそうなんだけどな……)


 とはいえこれから上司になるであろう相手にそんな事は言えないが。

 言っちゃ悪いが……丁寧に頭を下げるのに慣れてそうだ。

 そして本人曰く性に合わないやり方から解放された篠原は、少し肩の力を抜いたように言う。


「さて、じゃあ今後の話をしようか」


「今後の話っていうと……俺がウィザードになる上でって話ですか?」


「ああ。まずはとにかくその怪我を日常生活を支障なく送れる位には治す事が先決だ。まあそう時間は掛からないだろうが」


「ワシの力が今も少しは流れておるからの。怪我の治りも多少は早くなる筈じゃ」


「へー心強いなそりゃ。まあそれでも流石に一、二日って訳にはいかなそうだけど」


「だが一週間も掛からないと俺達は見ている。ただそれだけの時間はあるんだ。その間に雇用契約を結んで……それから今はまだ言えない機密情報を始めとして、色々と勉強する時間を設けよう。完全な一般人からウィザードにポンと変わる杉浦さんには……いや、杉浦で良いか。とにかく、杉浦。キミには覚えるべき事が山のようにあるんだ」


「べ、勉強ですか」


「嫌いか?」


「まああんまり好きではないですね。普通に苦手です」


 そもそも現在フリーターなどやっている理由の一つがそれだ。

 根本的に勉学は得意では無く、モチベーションも高くない。


「……でも」


 好きか嫌いかなんて、言える立場じゃない。


「やりますよ俺は」


 苦手だろうが辛かろうが、やるのだ。

 折角目の前の道を善意で舗装して貰っているのだから、ユイの為にも……きっとこの状況に到達する為に、そしてこの先に進む為に頑張ってくれている人達の為にも。

 可能な限りの努力は積み重ねなければならない。


「良い返事だ。やっぱりちゃんと合格だよ」


 そう言ってゆっくりと篠原は立ち上がる。


「行くんですか?」


「ああ。今少し立て込んでて忙しいからな」


(……絶対俺達の事だよなそれ)


 そう考えて内心頭を下げる鉄平と、そしてユイに篠原は言う。


「それに起きたらすぐ人を呼ぶようにお願いしてあったんだ。あれだけの戦いで勝利を勝ち取った後なのに、碌に会話をする時間も無かっただろう。だとしたら今の俺は少々どころか結構邪魔な筈だ」


「いや、別に邪魔とかじゃ」


 そう言う鉄平の肩に篠原が手を置いた。

 すると脳内に篠原の声が流れ込んでくる。


『ユイさんと友好な関係を築いて、それを維持していくのもキミの大切な仕事だ。まだウィザードではない一般人のキミにこういうのは良くないかもしれないが、頼んだぞ』


 それだけを告げて、篠原はベッドから離れていく。


「それじゃあ俺はこれで。お大事に」


 そして篠原は部屋を出ていき、ユイと二人きりになったのだった。

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