9 これからの未来の話
「もう良いってどういう……」
その言葉の真意は読めない。
読めないが、分かる事が一つ。
「と、とにかく早く剣に戻れ剣に! その姿じゃ多分簡単な攻撃で──」
「まず自分の体の心配が先じゃろうが馬鹿か鉄平は!?」
ユイが声を張り上げて言う。
「自分が今どれだけ重い怪我を負っているか分かっておるのか!? ワシの力が無いと立っていられない程じゃぞ!?」
「こんなもんまだ軽傷だ! 俺はまだ……」
「……もうちょっと自分の体を大事にしてくれないか。ダメじゃよそれは……ダメなのじゃ」
向けられるのはとにかく純粋にこちらを心配するような言葉。
そしてそれは怪我の事だけに留まらない。
「それに……あやつらはまだ鉄平の事を被害者だと言ってくれているが、このまま戦い続ければこの先どうなるか分からんぞ」
「いやそんな事は今は別に──」
「良いわけ無いじゃろ」
そう言ったユイは軽くため息を吐いた後、小さく笑みを浮かべる。
「ワシの未来の事を考えてこういう戦い方を選んでくれた鉄平の未来を台無しにはできんよ。ここらで潮時じゃ」
そう言ってユイは、静かに鉄平の手を放した。
「ゆ、ユイ……おい、ユイ!」
「鉄平」
手を放して、一歩前に出て。それから振り返ったユイは笑みを浮かべて言う。
「色々とありがとうなのじゃ。ご飯とコーヒー、ご馳走さまでした」
「あ、おい!」
「さよなら」
そして、明るい笑みは静かに真剣な表情へと変わり……前へと。ポニーテールのウィザードの方へと向き直る。
「すまんな、少しばかり言葉を交わす猶予を貰ってしまって。問答無用で攻撃されても文句は言えなんだ」
「あ、いや……」
動揺を隠せないようにそんな声を漏らす彼女にユイは言う。
「そんな時間を貰った上で更にこんな事を言うのは厚かましいとは思うが、お主らに頼みが……いや、お願いがあります」
「……お願いっすか?」
困惑するように聞き返してくるポニーテールのウィザードにユイは……深々と頭を下げて言う。
「ワシの事はどうしようと構わん。お主らがワシを殺すのには正当性があるから。じゃが……鉄平は何も悪くない。ただワシを助けようと頑張っていただけの優しくて良い奴なだけなのじゃ」
まっすぐな意思が籠った……どこか泣きそうな、震えた声。
そんな声で、ユイは言葉を紡ぐ。
「じゃからワシを殺した後、鉄平の怪我の治療と……あと、この先の扱いが悪くならないようにしてほしい……あ、いや……してください。それだけはどうか……お願いします……お願いします」
首尾一貫として、鉄平の事を案ずる言葉を。
「馬鹿! 良い俺の事は! 今は自分の事考えてりゃ良いんだ!」
鉄平の言葉にユイは反応しない。
ただただ、その場で頭を下げ続けている。
(……駄目だ)
なんとか動こうとする。
(そういう事が言える奴を、こんな形で終らせる訳には……)
なんとか立ち上がって、ユイを抱えてでも逃げようと、そう考えた。
だが。
(くそ……ッ)
ユイの力の大部分を失った今、立ち上がる事すらできやしない。
何も。何もできない。
そして何の動きも見せないのは、ウィザード達も同じだった。
真正面に立つポニーテールのウィザードの表情からは露骨に困惑する表情が……いや、追い詰めている側なのに追い詰められているような、そんな全く余裕の無い表情が感じられた。
周囲の連中も、殆ど似たような形で。
とにかく、誰もそれ以上動けないまま、場に静寂が訪れた。
それを破ったのは、聞き覚えのある男の声だった。
「頭を上げてくれ」
包囲網を掻い潜るように、その男は現れた。
「篠原さん……」
「ご苦労風間。それに他の皆も良くやった。そんな皆に遅れて来た俺がこんな事を言うのは良くないかもしれないが……此処は俺に任せてくれないか」
篠原。
この一件で最初に言葉を交わしたウィザードの男が、ゆっくりと事の中心部へと歩を進めてきた。
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