第6話 竜王の真の番2

 ふん、とカヤがつまらなそうに鼻を鳴らす。


「行きましょう、罪人に付き合っている暇はないわ」


 その後ろ姿を見ながら、エリスティナは思う。

 ――ああ、この世界なんて、大っ嫌い、と。


 ■■■



 エリスティナは竜種が嫌いだ。

 本当に、心の底から大嫌いである。

 ……でも、まだ卵の竜種に罪はないということを知っていたりした。

 なぜこんなことを言うのかというと、エリスティナの目の前に、今、竜種の卵が転がっているからだ。

 良く澄んだ、琥珀色の殻をした、両の手に収まるサイズの卵。

 それは、鳥の卵だと思うには大きすぎたし、作り物だと思うにはあたたかすぎた。

 エリスティナの住むさびれた離宮の畑に落っこちていた卵は、エリスティナが端正込めて育てたキャベツの三つほどをだめにして転がっていた。


 見て見ぬふりはできなかった。

 なぜなら、竜種の卵はまだ生きていたからだ。

 丈夫な殻に守られて、小さく鼓動を打っている。

 しかし、どうしてここに卵があるのだろうか。

 そう思って、けれどエリスティナは卵に入ったわずかな染みに気が付いた。

 そして、ああ、と思う。


 最強種と呼ばれる竜種だが、ごくまれに何の力も持たない劣等個体という子供が産まれることがある。

 魔力も、腕力もなく、人型をとれない個体も多い。

 竜種は非常にプライドが高く、自分の子が劣等個体ということを認めないのだ。

 ではどうするか、といえば、劣等個体であるとわかった途端にどこかに捨てて、いなかったことにしてしまうのだ。

 貧乏ではあったが愛情深い母に育てられた記憶のあるエリスティナには、自分の子を捨てるという感覚が信じられない。

 けれど、この卵についた染みは、この子供が普通の卵と違うということを示していて――おそらく、劣等個体だということで捨てられてしまったのだろう、ということがわかった。


「…………」


 わかっている。子どもを育てる余裕なんてない。

 毎日の食事にも事欠く有様のエリスティナが、竜種の赤子を、それも劣等個体を育てられるとは思わない。

 それに、まがいなりにもエリスティナは竜王リーハの妻なのだ。

 関係のない赤子を育てて、不貞を疑われたらそれこそ命が危うい


「…………、」


 わかっている。わかっている、のだけれど。

 エリスティナは、キャベツの上から卵を抱き上げた。そうっと、壊れないように。

 抱き上げた卵はあたたかく、その中に確かに存在する命を感じた。

 エリスティナは卵に口付ける。


「きっと、生まれたときに誰もいないと、寂しいわね……」


 そんな言い訳をしてみたりして。

 エリスティナは、卵を拾った。エプロンのポケットに入れて、転げ落ちないように腰ひもを結わえる。

 冷たくなる前に見つけられてよかった。

 エリスティナはこの卵を育てることにした。エリスティナの、竜種よりずっと短い命の中で、たった一つの幼い子を育んだって許されるだろう。

 エリスティナは、卵を拾ったことを後悔なんてしなかった。

 この日から、この卵は――竜種の子は、エリスティナのすべてになった。


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