第3話 竜王の王宮

 王宮に入ると、すぐに謁見の間に通される。

 エリスティナは緊張しながらも、美しい所作でもって、竜王に礼をとった。


「お目にかかれて光栄です。竜王陛下。ハーバル伯爵家が娘、エリスティナが参上いたしました」

「人間貴族か、ふん、なるほど、代替品としてはまあまあのものを選んできたな、大臣」

「は、ありがたきお言葉です」


 エリスティナの言葉を丸々無視して大臣と話し始める竜王。たしか名前はリーハとかいうはずだ。

 でも、その名前を呼んではいけないことはこの国では子供だってわかる。

 竜種の名前を呼んでいいのはその番、あるいは同じ竜種だけなのだ。

 人間貴族如きが呼んで良い名前はありはしない。


 優雅なカーテシーをして、頭を下げて腰を折ったまま、エリスティナは待ち続けた。


(そろそろ顔を上げて良い、とか言ってくれないかしら)


 この体勢はひどく疲れるのだ。

 けれど、竜種は人間を家畜だと思っているので、そんな気遣いはされようもない。


「我の番はいつ見つかるのだ……」

「申し訳ありません、平民も人間貴族も、片っ端から探しているのですが……」

「平民にまで視野を広げねばならぬとは、なんのための人間貴族か」


(知らないわよ!)


 子は授かり物だ。

 番が生まれやすい理由もわからないくせに、番のよく生まれる血筋を掛け合わせて無理矢理に貴族にした、その上でこの国から出られないように監視をつけている竜種は、なんと傲慢なのだろう。

 そんな品種改良した牛のような言い方をしないでほしい。

 エリスティナは、不要品だと言われて2度と会えなくなった、まだ目も開いていなかった弟たちを思った。


 エリスティナは、もう一度、竜種なんて大嫌い、と思った。


「おい、そこの」

「はい、私でございますか?」

「お前以外に誰がいる。おい、大臣、この娘、頭がどうかしているんじゃないか」


 どうかしてるのはあんたよ!

 そう大声で叫んで、その見目だけはいい横っ面を引っ叩いてやりたい。

 いちいち大臣に話すな。そんなに大臣を信頼してるならその大臣とくっつきなさいよ!

 そんなことを思って、けれどそれを顔に出せばどんなお咎めが来るかわからない。

 エリスティナは奥歯を噛み締めながら、必死に笑顔を貼り付けた。


「申し訳ありません……」

「全く。大切なことを言うが、お前とは閨を共にしない」

「……は」

「二度言わねばわからぬか?お前と子作りをしないと言っている」

「……理由を、お聞きしても?」


 エリスティナは呆然と尋ねた。

 だって、子を作るために呼ばれたのでなければ、エリスティナは何のためにこんなところまでやってきたのか。

 エリスティナのそんな表情をどうとったのか、竜王はフン、と鼻を鳴らして、いまいましそうに言った。


「今回お前を娶ったのは、重鎮たちがそろそろ子を作れとうるさいからだ。しかし我はまだ番を見つけていない。だが体裁だけでも整えねば奴らは納得しないだろう」

「私を……隠れ蓑にすると?」

「フン、先ほどの言葉は訂正してやろう。まあまあ頭が回るようだ。そうだ。お前は形ばかり私の伴侶としてここにいてもらう。我の番が見つかるまでな」


 なんだそれは。

 エリスティナは思った。こんなにも、沢山の幸せをあきらめて、大好きな家族とも別れて来たのに、そんな空虚な場所にいなければならないのか。

 竜種は千年も生きるという。だから番が見つかるまで何百年でも待つと聞く。

 ……下手をすれば、エリスティナの命が終わるのが先かもしれない。


 エリスティナは泣きたい気持ちになった。

 姉たちもこんなことがあったのだろうか。この国の人間には嫌なことを拒否する権利もないのだ。

 エリスティナは……けれど、エリスティナは笑った。

 奥歯が砕けそうに、みしみしと鳴っている。

 力を込めて、笑顔を作る。


 エリスティナが拒否をすれば、きっとエリスティナは処断されるだろう。死ぬならまだましだ。

 けれど、その罰が家族に及ぶ可能性を考えるなら、エリスティナはこうする以外になかった。

 エリスティナは、深く、深く、頭を下げる。

 潤んだ目が、この男ーー竜王に、決して見られることのないように。


「謹んで、拝命いたします」


 エリスティナの地獄は、ここから始まった。


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