第13話 これが俺たちの青春だ!!

 思わず、送られてきた住所を何度か見返してしまった。それくらいに、


「豪邸だね……すごい……」


 圧倒されるくらいのたたずまいに、独り言のようにつぶやいたけれど、トモの反応はないままだ。

 自宅にピアノが入る防音室があると聞いていたから、けっこう広い家なのではないかと思っていたけれど、まさかこれほどまでとは。


 誤解は解けたみたいだけれど、トモはずっと顔を赤くして黙っている。そんなに勘違いしていたことが恥ずかしかったのだろうか。


 正直、なにをどう勘違いしていたのかわからない俺からしたら、「悪いのは俺なんだから気にしないでよ」としか言いようがなく、あのあとも何度か謝ったのだが、トモは「ごめん」と小さな声で言うと黙ってしまう。


「これは、一人だと敷居またげなかったかも。トモが一緒でよかったよ」

「ケイちゃん……」


 アマネさんから「言葉通り、手土産はいらないから。わたしが呼んだんだから気にせずきて」と言われているが、この家を前にすると不安になる。竹皮につつまれた高級ようかんくらいないと入れてもらえないのではないか。

 家にはアマネさんしかいない、というのは聞いていて、それがぎりぎり救いである。こんな豪邸の持ち主であるご両親に、手ぶらで来ましたとは言えない。

 呼び鈴を鳴らすと、「すぐ行くわ」とアマネさんの声がかえってきた。


「いらっしゃい、よく来てくれたわね」

「あの……お邪魔します」

「そっちが外靴用の靴箱で……まあ靴はそのままでいいわ。横がスリッパ用の靴箱だから、好きなものをはいて。素足でも構わないけど」

「……スリッパ用の靴箱?」


 玄関の広さ、綺麗さに戸惑っている最中で、さらに耳慣れない言葉が出てくる。取っ手をひくと、中には上品なブラウンのスリッパがサイズ別にいくつも並んでいた。


「……一応、はこうかな。トモは?」

「ありがとう、私もはく」


 二人しておそるおそるアマネさんについていくと、これまた広いリビングへ案内された。なんだろう、天井がとにかく高い。変な石とか飾ってあるし、大きな観葉植物もある。


「座って。飲み物出すわ。……希望はある?」


 お任せして、借りてきた猫の気分でソファーに座る。トモも横に座るが、心なしか距離があった。

 アマネさんが人数分のコーヒーをいれて戻ってきた。俺はそのままでは飲めないので、ミルクと砂糖を許されるギリギリまで入れた。トモも横で同じようにしていたが、アマネさんだけは真っ黒なままのコーヒーをすました顔で飲んでいる。


(この人、本当に大学生だったのか……)


 一段落したところで、アマネさんが本題にはいった。

 すっかり静かになってしまったトモだが、電車では「私、漫画のことあんまり詳しくないけど……力になれるかな……」とつぶやいていた。俺もプロの漫画家さんになにかアドバイスできるような知識も能力もない。ただ俺とトモが呼ばれたからには、なにか意味があるのだろう。


「二人には、わたしに青春を教えてほしいの」

「せっ青春……っ!?」

「編集の人から、言われているのよ。新作は青春ものを挑戦してほしいって。だけどわたし、そういう青春らしい経験ほとんどないからよくわからなくて苦戦してるわけ。これがわたしの一番の悩みで、そのせいで配信する時間もなくなってるの」


 なるほど、と一応は俺とトモが呼ばれた理由がわかる。


「それで主人公は高校生の予定だから、二人にそれらしい話を聞ければ、参考にできるかなって」

「漫画の取材がしたかったってこと?」

「それができたらよかったんだけど……トモの方はともかく、ケイもたいして青春らしい経験なんてないでしょ。高校生のくせに、配信くらいしかろくな趣味もないみたいで」

「ちょっと‼ 呼び出しといてそれは――っ」


 反論したかったけれど、事実だ。

 ほとんど灰色の学生生活で、青春にうえていた。やっとできた親友のトモとは、まだリアルでは距離感がつかめていない。


「私も……そんなに青春っぽいことは……家の手伝いも多いから、あんまり友達と遊ぶこともないし」

「そう、まあ想定範囲内ね」


 アマネさんが何度かうなずく。俺たちがろくな高校生活をおくっていないと思われていたようだった。非常に失礼である。


「もし二人が、わたしが漫画の参考にできるような青春をおくっていたならわざわざ呼び出す必要もなかったもの。通話で聞けばすむし」

「えっ、じゃあどうするつもりなの?」

「最低限、わたしのインスピレーションさえわけばいいから、二人で試しに青春っぽいことをやってみせてくれないかしら。指示は適当にだすから」

「……俺とトモで?」

「そう、ダメかしら?」


 アマネさんの青春系漫画の参考に、俺とトモでインスピレーションがわくような青春っぽいことを実際にやって見せろということらしい。


「俺とトモで青春っぽこと――やるよっ! あっ、でも……トモは、どうかな? 気乗りしないんじゃ……」


 青春、つまり友情ということだろう。高校生の青春と言えば、友人同士での思い出につきるはずだ。

 リアルでも、トモと親友らしいことしたいとずっと思っていたくらいだ。具体的にどんなことをするのかはわからないが、俺としては願ってもないような話である。

 ただトモの方はどうだろうか。

 誤解こそ解けたが、完全にテンションがさがっている。初歩的な説明不足という大失態を犯した俺にも、あきれているのではないだろうか。


(大丈夫かな……トモ、俺のことまだ親友だと思ってくれてるかな?)


「わっ私とケイで、青春の実演っ! それって、つまり私とケイが……っ」

「そうね。配信での二人と、この前のオフ会の二人を見れば、頼めるんじゃないかと踏んだんだけれど、どうかしら?」

「私っ、やります!」


 トモの顔が、パッと明るくなった。


「だって、青春ってそういうことだよね……私、そういう漫画けっこう読むし……憧れとかちょっとあったし……いいよねっ、ああいう甘酸っぱいの」

「甘酸っぱい?」


 どちらかというと俺は。暑苦しいみたいなイメージだった。そこはやはり、男女で多少イメージに違いがあるんだろうか。


(もしかすると、トモは俺に女子同士がするような友情を求めているのかな? ……どうしよう、できればトモの希望にも応えたいけど……俺は男子同士の友情が……いや、ダメだ! ここで自分のことしか考えるのなんて、そもそも全然友情なんかじゃない!)


「アマネさん! なんでも言ってください! 俺、トモとだったらどんな青春でも大歓迎ですっ!」


 せっかくトモがやる気を見せてくれているんだ。俺も全力で挑もう。最初からアマネさんの悩みを解決できるなら、できる限りのことはやるつもりだったのだ。


「ケイ、トモ、ありがとう。それじゃあさっそく頼んでいいかしら。……そうね、手をつないで、そこの通路を並んで歩いてくれる?」


 アマネさんが指さしたところには、リビングから続く廊下のような場所がある。俺の家にはないタイプのものだ。庶民の家には、こんな床面積を無駄づかいする空間なんてない。


(これだけ豪邸だと、家の中でも青春っぽいことができるのはすごいけど)


「アマネさん、手をつなぐって言いました? 肩を組むとかじゃなくて?」

「手よ。なにか問題でも?」

「えっ、だって……手は……」

「ケイっ! ほ、ほらっ、ちゃんと今きれいにしたからっ」


 トモは手提げからハンカチを取り出して、ぐいぐいと力強くぬぐった手をこちらに差し出してきた。


「えっ、いいの!? だって手をつなぐって……」


 男女でそう簡単に手をつないでいいものなのだろうか。いくら親友といっても手はつながないのではないか。最初にあったとき、握手ならした。でもつないだまま歩くのは、おかしい気がする。


(でも待って……、女子同士の友達だと手をつないで歩くのは普通なのかな? むしろ、女子だと肩を組むのはおかしい気がする)


「わかったよ。つなごうっ」


 さっきがんばろうと決めたばかりだ。俺はトモの――女子の友情に合わせることにする。俺にとっては、これは親友の握手だ。手をつないで歩くというより、握手したまま移動するようなものと思おう。


「緊張するね」


 トモの言葉に、俺は無言でうなずく。アマネさんが本格的なカメラを構えて待ちかまえる方へと向かって、二人で手をつないで歩く。

 どうってことないことなのに、なぜか心臓が高鳴った。


「ケイ、あごを前に出さないで。トモは手と足がそろっているから。もう一回」


 アマネさんの指摘が入ってやり直す。アマネさんは何枚も写真を撮っていたが、表情の変化がないのでうまくできているのかわからない。歩いている方としては、想像以上に気恥ずかしくて、そろそろ別の青春っぽいことを試したいのだけれど。


「……どう? 参考になりそう?」

「びみょうね」

「……やっぱこうさ、もっと熱い感じがいいんじゃない? 青春って、汗が飛び散る感じでさ」

「ケイちゃんっ! 二人で熱く汗をかくって……それはちょっと過激なんじゃないかな!? わっ、私はその……いろいろあって偶然にも準備は万端だけど、漫画の資料にされるのはさすがに抵抗があるかもなって……」


 俺の提案に、トモがやたらともじもじしている。


(そうだよね……トモはおしゃれしてきているし、汗をかくのはいやだよね。くっ、女子に対してなんて気づかいがないんだ俺はっ)


「ごめん、そうだよね。ばっと脱げればいいんだけど」

「脱ぐっ!? そ、それは……だから、できれば二人きりのときだけにしてもらえると……」

「えっ!? ああ、うん、それはもちろん。着替えるってなったら、俺はどっか行くから、アマネさんと二人で」

「アマネっちと二人!? ケイちゃんは私になにをさせようとしているの!?」


 運動しやすい服装に着替えてもらおうと思ったのだけれど、どうもトモは乗り気ではないようだった。

 他にもアマネさんの指示の元、ソファーに並んで座ったまま恋愛映画を観て俺の肩にトモが頭をのせたり、口でトモのシャツのボタンをあけさせられたり、テーブルに向かいあってお菓子を食べさせあったり――。


(いやっ本当にこれ青春なの!?)


 アマネさんの悩みを解決するためとはいえ、俺とトモの二人はとんでもないことをさせられているのではないのか。こんなこと、いくら仲がよくてもしないんじゃないか。



「アマネさんっ、ちょっと青春のセンスなさすぎるって! こんなの全然青春じゃないですよっ」

「あら、もっと過激なのが好みだった?」

「……ケイちゃん、私もう鼻血出そうなんだけど」

「ええっ、トモ大丈夫?」


 オフ会のカラオケでも鼻血を出して倒れていた。もしかしたら、もともと鼻の粘膜が弱いのかもしれない。


「これくらいにしましょうか。二人とも今日はありがとう」

「えっ、力になれたのかすごく不安なんだけど……」

「とりあえず、今日撮った写真見返しながら、なにか描けないか考えてみるわ」 

「うへへっ……予定とは違ったけど……楽しかったね」


 トモもうれしそうなのはよかった。

 でも俺としては正直、もっと男同士の友情としても通じるようなことをできれば――と思ったが、だいぶ疲れたし、アマネさんがもう十分だというなら、しょうがない。

 アマネさんの漫画が順調に進むことを願って、この日は解散となった。

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