第9話 とりあえず脱獄してみた
ゴツゴツして寝心地最悪なベッドに横になりながら、俺は天井に伸ばした自分の手を見つめる。人生で初めてスリって行為をしてみたけど、思ったよりも罪悪感も背徳感もなかった。なんていうか、スろうと思ったら勝手に体が動いたって感じだな。あのシルビアって女の子の動きは明らかに常軌を逸してた。目では見えてたけど体が全く反応できてなかったからね。それなのに俺が問題なくスれたのは、やっぱりこの世界の創造主から直接タレントを授かった賜物だと思う。流石は異世界特典のタレントといったところか。……まぁ、その才能を使って盗んだのは、成人もしてないような女子のブラなんだけどね。
とはいえ、目がすこぶる良くなって相手の物を盗めるってだけじゃ超絶チート能力とはならんよな。逆に’スリ’程度でここまで凄かったら’
「おいサク。昼飯だぞ」
そんなことを考えていたらニックが俺のご飯を持ってやってきた。あっ、ニックっていうのはあの女に色々と言われていた中年のおっさん騎士ね。これから長い付き合いになると思うから名前くらいは知っておかないと、と思って聞いといたんだ。
「はいはい……って、またその赤いスープかぁ。俺苦手なんだよねぇ」
牢屋に入ってきたお前を見て思わず愚痴る。最初はトマトスープか何かかと思って飲んだんだけど、全然違ったんだよね。古びたタイヤみたいな匂いがするやつ。まぁ、囚人食はスープとかびたパンって相場が決まってるし、囚人相手のスープのレパートリーが豊富なわけがないし、しょうがない事なんだけどさ。
「……ほら。俺の食事の残りだ」
「おっ、サンキュー。やっぱ肉食べないと力でねぇわ」
ニックがこっそり差し出してきた料理をありがたく頂戴する。いやー、嬉しいねぇ。こんな粗末な食事でも肉が入るだけで一変するんだよ。何の肉かは知らないけどさ。本当、ニックには感謝だ。なんかしらないけど、ここんとこずっとプラスアルファのおかずをくれるんだよねぇ。なんでだろう?
「囚人に美味いもん提供するのがここの見張りの役割なのか?」
「そんなわけないだろ。我々の役目は罪を犯してここに入った者が逃げ出さないよう監視する事だ。……ただまぁ、お前には借りがある」
「借り?」
「……少しだけスカッとした。シルビア団長は……あー……我々のような者達に少しばかり手厳しい物言いをするからな」
「あー、そういう事ね」
年下のエリート女子からいいように言われて色々と思うところがあったんだろうな。でも、家族を養う身として反抗する事なくただひたすら耐え続けてきた、と。そういうのは元の世界でも異世界でも変わらんのな。社会に出て働くっていうのはそういう事なんだって就活を通して少しだけ身に染みたわ。
「高慢な上司がませた下着を着用するような背伸び女子って知れてよかったか?」
「あぁ。シルビア団長は本当に人の血が通ってないんじゃないかと本気で思った事があったのだが、年相応の女の子だって分かってなんだかホッとした」
ニックが笑みを浮かべる。なるほどなぁ。想像だけど、あの女はいっつもあんな態度で部下に接してると思う。まぁ、それもしゃあないかな。力こそ正義、みたいな騎士団の中で、数少ないであろう女の身で頑張ってんだもんな。そりゃ必要以上に強く当たるわ。防衛策みたいかもんだろ。いたいた。俺の知り合いにもいた。
とはいえ、その態度のせいで部下にフラストレーションが貯まるところまでは頭が回ってないんだろうな。そこに気づける人なら、そもそも自分で感情をコントロールできるから、あんな風に部下に当たり散らしたりはしないはず。ってことは、やっぱりシルビア騎士団長はまだまだお子様って事だな。そんなお子様の挑発に乗った俺がキングお子様だって思ったやつはキングの名の下に処刑する。
「あれー? それは上司の悪口って事でいいのかなー?」
「なっ!? ち、ちがっ……!!」
「口止め料としておかずの増量を所望する」
「くっ!! 極悪人め!! 食べ終わった頃に食器を下げにくるからな!!」
そう吐き捨てて離れていくニックの背中をニヤニヤしながら見つめる。
それにしても……ちょっとばかし早計だったかな。なんだかんだいって、あの人はこの国が誇る騎士団の騎士団長。お偉いさんであることは間違いない。ニックから聞いたところによると、王都騎士団は十二の騎士団長とそれらを束ねるの総騎士団長で構成されているらしい。って事は総騎士団長が警視総監的なポジションで騎士団長は警視長官くらいか? なるほどなるほど。やべぇな、それ。刑事ドラマとかでしかよく知らないけど、警視長官って汚職を握り潰せるくらいの権力持ってんだろ。あれ? 俺握り潰される?
「……まぁ、悩んでもしょうがないか。もう過ぎた事だし」
気を取り直してニックが持ってきてくれた昼飯をさっさと食べ終え、いつも通りベッドでゴロゴロする事にする。そうすればやってきたニックが呆れたようにため息を吐きながら俺の食器を片付けてくれる。ニックまじオカン。
……って、思ってたんだけど何故か今日は全然食器を下げにこない。それどころか夕飯の時間になっても、誰も来る気配がなかった。いやいやちょっと待ってくれ。俺は騎士団の人が来てくれなきゃ何もできない哀れな囚人よ?
「あのー……晩飯まだなんすけどー?」
遠慮がちに声をかけてみる。俺の声が地下牢を虚しくこだました。いやいや、ひと昔前のRPGものの意味ない選択肢を選んだ時のコメントとかいいから。え? 看守さんすらいない感じ?
「ちょっとー? 誰かいませんかー? ニックー?」
この世界で一番仲良くなったやつの名前を読んでも反応無し。いつもだったら「うるせぇ!!」とか「囚人は静かにしてろ!!」とか罵声という名のコミュニケーションが図れるはずなのに。これは完全に騎士団の人が出払ってますね……非常に不味い状況ですぞ。
俺の知らないところで何らかのトラブルが起こったとみて間違いない。だって、囚人を見張る看守が一人もいないとか異常事態でしょ。とはいえ、牢屋外の人間から施しを受けなければ何もできない
「……あれを試してみるか」
手づまりを感じた俺は隠し持っていたフォークを取り出す。これを使って鍵穴をいじいじしてうまい具合に牢屋から出るって寸法だ。……我ながら場当たり的でやっつけ感が強い行動だとは思う。フォークを使って牢屋の鍵を開けられるなら、捕まってる奴らが軒並みここから逃げ出すだろ。中世ヨーロッパの時代感とはいえ、さすがに無謀すぎる気が……。
ガチャリ。
あ、開いたわ。中世ヨーロッパちょろいわ。
とまぁ、冗談はそれくらいにしてこれもタレントの力だと思う。'スリ'がピッキングスキルに秀でているかは俺もよくわからんが、なんとなくフォークを見た時にこれでこの牢屋の扉を開けられるなって思ったんだよね。こればっかりは説明できない。本能的にそう思ったとしか言えんわ。例えるなら、少し高めの段差が目の前にあって「あっ、これならなんとかよじ登れるわけ」って思う感覚に近い。
まぁ、開いてしまったのなら仕方ない。俺はキョロキョロと周りを見回しながら牢屋を抜け出し、地上へと向かった。
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