第7話 とりあえず女の子を助けてみた

「はぁぁぁ……」


 ムーンガルドの街の隅っこで三角座りをしてる俺。そりゃ、クソデカため息も出ますわ。必死に就活してたら歩道橋から滑って落ちて死んじゃって、訳の分からんピー(放送禁止女神)と時間の無駄以外の何物でもない問答をして、気づいたら知らん世界でイノシシの化け物に襲われて……挙句の果てには選んだ能力が'スリ'とか。


「この世界にはスリって言葉がないから、あのイカ神父はこの力がどんなものかわかってなかったけど……」


 残念ながら俺にはわかる。スリってあれだろ? 祭りとか人が集まるとこに出没するやつ。どうりで行き交う人がどこに金目の物を持ってるのかわかるはずだ。洞察力が上がってるとかじゃ断じてない。単にスリとしの才能がそれを教えてくれただけだ。


「こんな事なら剣士とか選んどきゃよかった……」


 後悔先に立たずってやつだろ? そうだな。出来る事ならやり直したい。あの女神との出会いを無かった事にしたい。


「それにしても……」


 俺は地べたに座ったまま道ゆく人に目を向ける。前世はブランド物とか全く興味なかったから、高い服を着てるとか全然分からなかったけど、今は違った。金持ちかそうでないかが一目でわかる。これが'スリ'の能力か。何の役にもたたねぇよ。

 そのまま何をするでもなくぼーっと街を眺めていたら、いつの間にか陽が落ちていた。街頭に明かりが灯ってはいるが、当然昼間に比べれば薄暗い。ようやく陰鬱な街の雰囲気に沿う時間帯になったわけだ。


「……腹減った」


 そういや、この世界に来てからなんも食ってねぇや。そら腹も空くわな。教会に戻ったらなんか食べ物でも恵んでもらえないかな。あそこには酒しかないか。空きっ腹にウイスキーはエチケット袋確定だろ。

 つーか、これからどうしよう。裸一貫レッツゴー異世界旅なんて初心者にはハードル高すぎんだろ。先立つもんがないと、このまま餓死までのウイニングランを全速力で決める事になる。そもそも金の稼ぎ方がわかんねぇよ。誰かタウンワーク持ってきて、ダッシュで。

 おーおー、いいおべべ着ちゃってまぁ。今まで見た中で一番高級だな。王都の上級貴族ってところか? あれは金持て余してますわぁ。魔王の出城がご近所さんのこんな街からとっととおさらばすりゃいいのに。上級貴族としてのプライドがそれを許さないってか? かーっ! いくら金持ってても死んだら意味ねぇぞー? なんなら、その懐に閉まってる財布を俺がもらってやろうかー? そうすりゃ金も無駄にならないし、俺も懐が潤うし、まさにウィンウィンの関係に…………。


「いやー……流石に出来ねぇわ」


 スリどころか万引きすらした事ねぇんだよ、俺は。たとえ金目のものがどこにあるのか瞬時にわかっても、相手の隙が嫌になるくらい見て取れても、すれ違い様に下着すら奪えるような不思議な感覚があったとしても、スる事なんて出来やしない。争いなんてテレビの中だけでしかない温室育ちの俺様を舐めるなよ。

 とはいえ、金でも現物でもいい。何かしら得るための行動を起こさんとまじでやばいぞ。一度目、歩道橋からのうっかり転落死、二度目、異世界に順応できずにぽっくり空腹死とか笑えん。


「ちょ、ちょっと! やめてください!!」


 今後について真剣に考えていた俺の耳に、叫び声にも似た女の声が聞こえた。顔を向けると、若い女が酒瓶を持ったおっさんに絡まれているところだった。この世界、おっさんの片手には酒瓶がデフォルトなん?


「お姉ちゃん可愛いねぇ。どう? おじさんといい事しない?」

「近づかないでください! 大声あげますよ!?」


 なんというテンプレ。まさか実際にこの目で見ることができるとは。リアルだったら絡まれた女性が汚物を見るような目で酔っ払いを一瞥して、受け答えもせずに早足でさっさと行っちゃうからね。むしろ、なんで丁寧に応対してんの? 大声上げる宣言する前に大声上げて助けを求めろよ。ちなみに女性は結構美人で、おっさんは適度にハゲ散らかってる。この展開でそのビジュアルはプロだね。


「もう魔王がそこまで迫ってきちゃってるからさぁ、生存本能に従って子作りしちゃった方がいいんじゃない? おじさん、手伝うよ」

「いやぁ! 離して!!」


 酔っ払いに手を掴まれ、必死に抵抗するお姉さん。パーソナルスペースに簡単に他人を入れすぎだよ。そこまで近づかれる前に、足元おぼつかないおっさんから逃げられただろ。

 前世の俺は確かにこんなシチュエーションに出くわしたことはない。だが、似たような状況はある。例えば、いじめの現場ではとかがそうだ。そういう時は決まって見て見ぬ振りをして来た。だってそうだろ? 下手に首を突っ込んで自分がターゲットにでもなったら目も当てられない。触らぬ神に祟りなし。俺はあのくそ女神を祟りたい。厄介ごとに関わらない事こそが平穏な生活を送るためのファストパスだ。……前の世界だったらな。


「おい、おっさん」


 だが、この世界の俺は違う。新生・北原颯空は困ってる人を見過ごせない。


「嫌がってんだろうが。とっととその薄汚ねぇ手を離せ」


 なぜなら、俺は大学院に行かなかった理由を思い出したからだ。野郎しかいねぇ地獄から抜け出すため。率直に言おう。女の子からチヤホヤされるためだ!! つーか、今のセリフめちゃかっこよくね? このシチュでヒーロー的なサムシングが現れたらほの字街道まっしぐらだろ! ……え? お姉さん? おっさんの注意が俺に向いた瞬間、お姉さんがボルトもびっくりな速度で走り去って行ったんだけど。その脚力をどうしてすぐに披露しなかったの?


「ああん!? なんだてめぇ!? やんのかおらぁ!?」

「あ、いや、そのぉ……」


 おいおいおいおい。逃げるのはなしでしょ。いや、いいんだよ? むしろ、酔っ払いのおっさんに絡まれたら脇目も振らずに逃げるのは最適解だよ? でも、もうちょい早くその判断に踏み切れなかったかな? 結果的にハゲ散らかったおっさんと異世界でくらい女にモテたかった哀れな男が二人っきりだよ? 需要が皆無でしょ?


「調子ぶっ来いてんじゃねぇぞこらぁぁぁ!!」

「ひぃぃぃぃぃ!!」


 酔っ払いのおっさんが酒瓶を振り上げて遅いかってきた!


▷たたかう

 逃げる

 逃げる

 逃げる


 いや、逃げるの選択肢多いな。俺の人生そのものじゃねぇか。うるせぇよ。つーか、これ死ぬだろ。テレビとかで酒瓶で殴られて生きてるのは割れやすい瓶を使ってるからであって、ちゃんと作られた酒瓶で頭を殴られようもんなら普通に致命傷だわ。残念、俺の冒険はここでおしまい。次回作は学園モノのハーレムラブコメでおなしゃす。

 ……いや、まだ慌てるような時間じゃないかもしれない。なんか知らんがおっさんの動きがよく見える。その酒瓶で俺のどこをどつこうとしてるのか、手に取るようにわかるぞ。これはあれか? タレントのおかげか? 相手の一挙手一投足を見定め、的確なタイミングで高価な品物を奪い取る。つまり、相手の些細な動きを極限まで取り込む眼を授かったわけだ。これは意外と使えるかもしれんな。やるじゃねぇか。これでチャラになったと思うなよ、くそ女神。

 だが、これなら問題ない。焦点が定まらない攻撃など、恐るるに足らん。


「っ!? な、なぜだ!? なぜ当たらん!?」


 酒瓶が振り下ろされる軌道を完璧に見切って避ける俺を見て、酔っ払いおっさんが驚愕に目を見開く。はっはっはー!! 残念ながら俺は女神の祝福を受けた……祝福? 呪怨の間違いだろ。いや、今はいい。とにかくなんやかんやあって他の有象無象とは異なるハイパーパワーをこの身に宿しているのさっ!!


「おらぁ!!」

「ぐへっ!!」


 俺の右拳が的確におっさんの頬を捉える。いける……いけるぞこれは!! 背景を彩るだけのモブ人生とはおさらばした!! 見えるぞ!! 私にも酔っ払いのおっさんが見える!! もう何も怖くない!! こっから世界を席巻する颯空くん最強伝説の幕開けじゃぁぁぁぁ!!


 がしゃん!!


 幕を開けたらそこは牢屋にでした。

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