第14話 ちびっ子先生というパターンが見せるギャップが与える感情の昂ぶりについて
翌日、部室に入ると、当然という雰囲気で輝が美空先輩に餌付けされていた。頭を撫でてもらいながらお菓子をせっせと口に運んでもらっている。俺だってそんなことされたことないのに。
「あ、こーくん。おつかれさまー。輝ちゃんが遊びに来たいって言うから中に入れてあげたの。でも外出用の服がこの間買ったのだけっていうのはよくないんじゃない?」
「あんまり外に出たがらないんで。ってそうじゃなくて。なんで餌付けしてるんですか、じゃなくてなんで輝がいるんですか?」
「だから遊びに来たいって言うから」
「一応ここ部外者立入禁止ですよ?」
大学の構内や図書館は誰でも入れることになっているけど、サークルの部室がある一般教養棟は当然学生や教授のような関係者以外は入れない。ときどき明らかに遊びに来ただけの奴を見ることがあるくらいにそのルールは守られていないけど。
「こーすけ、文句が多い! せっかく協力してあげるって言ってるのに」
「昨日言ってたの、マジだったのか」
聞いてなかったの、と言いたげな表情で輝が頬を膨らませている。昨日言っていた輝が動画に出てくれるという話は、美空先輩のことを考えていた俺に怒っていただけかと思っていた。まさか本気だったとは。
「協力って何のこと?」
「解説動画作るんでしょ? 僕もやる!」
「わぁ、手伝ってくれるんだね。私、やろうと思ったんだけどパソコンは全然わからなくて」
「僕もパソコンは全然わかんないよ。そういうのはこーすけにやらせればいいじゃん」
それが当然、と言わんばかりに輝は鼻を鳴らしながら平らな胸を張る。悲しいくらいに広がる平野部から目を逸らして、俺は首を振った。
「じゃあ何を手伝ってくれるんだよ」
「決まってるじゃん。解説者だよ」
「解説者って、本当に動画に出るって言うのか!?」
企みを含んだ微笑みを浮かべる輝を見る。正直冗談だと思っていたから驚かされた。美空先輩とは方向性は違うけど、輝も画面映えする顔であることは疑いない。サムネイルも迷うくらいにたくさん作れるだろう。
「でも喋れるのか?」
「こーすけってさ、僕のことなんだと思ってるの?」
輝はどこに隠し持っていたのか、俺の作りかけの原稿を印刷した紙を取り出す。
「まぁ、見ててよ」
輝は自慢げに原稿を見ながら読みあげ始める。流暢な読みあげは淀むことなく続いていく。中性的な声は聞きやすく、解説というよりは昨日見たテレビの内容を楽しく友達に語っているようだった。
「これはこれで需要ありそうだな」
「なんか言い方がひっかかるけど、まぁいいや。僕の魅力が伝わったってことでしょ」
「うんうん。輝ちゃんならすぐに人気者間違いなしだねぇ」
美空先輩は輝を抱きしめると頭を撫でる。
「あぁー!」
「何? 大きな声出して」
俺だってまだそんなことされたことないのに。いや、当初の予定ではもうそろそろあのくらいのことをやってもらう計画だったけど。
「なんでもない。とにかく輝が話すって言うなら録音スタジオとかでやらないとな」
「部屋で適当に撮っちゃダメなの?」
「いや、輝が出るならちゃんとしたところで撮らないとダメに決まってるだろ」
「あ、うん」
輝は乗り気じゃなくなったのか、小さな声で答えた。俺はスマホで近くの貸しスタジオがないか探してみる。ミキサーの使い方とかわからないからスタッフ付きのスタジオがいいな。
「うーん、それじゃあ、原稿と編集はこーくんで、出演は輝ちゃんだから、私は」
美空先輩は首をかしげて部室内を見回す。そうしたところで室内には俺と輝しかいないし、美空先輩の仕事はもう残っていない。おとなしく次のネタを作っていてくれればいいんだけど。
「じゃあ、輝ちゃんの動画用の服を買ってあげないとね!」
美空先輩は言うが早いか、輝の手をとって部室を飛び出していった。
「いや、まだ原稿できてないんで、収録はまだまだ先なんですけどー!」
俺の声は走り去っていった美空先輩には届かない。
「しかたないか。別に服は賞味期限があるわけでもないし」
一人残された部室で、原稿の続きに手をつける。昨日までは全然進まなかった原稿も輝が話すと考えると、スラスラと原稿が書き上がっていった。輝がどこでどんな風に話すのか。その姿がまぶたの裏に映っている。それをただ書き起こすだけだ。
あんなに悩んでもまったく進まなかった原稿は、2時間足らずで完成していた。後は収録するだけ。
「それにしても帰ってこなかったな。まぁ美空先輩の買い物が長いのは前もそうだったし」
美空先輩に部室を閉める連絡をして帰り支度を始めていると、美空先輩から返答があった。メッセージには写真が二枚ついている。
『白衣とスーツ。どっちが解説の先生っぽいかな?』
そこにはパーカーにブカブカで袖の余った白衣を着た輝とどうみても背伸びし過ぎて似合っていないスーツを着た輝の写真が添えられていた。
「悩む要素ないでしょ。白衣の方がかわいいと思います、っと」
メッセージの画面を閉じようとして、俺はこっそり輝の写真を保存してからスマホをポケットに放り込んだ。
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